『財務省と政治』(中公新書)などの著作をもつ日経新聞の記者によるここ30年の日本政治史。400ページ近い本文に、人名索引までついたボリューム満点の構成になっています。
 新聞記者が書く政治史というと、大物政治家の人間関係などを中心とした政局が中心で、記者だからこそつかめたネタがいろいろと紹介されているのかと思う人もいるかもしれませんが、この本はそういった内容ではありません。

 91年の宮沢内閣発足時に、三塚派が人事で冷遇されそうになってヤケ酒を飲みジャージー姿で咆哮する三塚博という番記者ならではなかなかすごい描写もありますが、それよりも近年の政治学の成果を取り入れながら、選挙制度改革や省庁再編といった政治制度の改革が現実の政治にいかなる影響を与えたのかを見ていこうという視点が強いです。
 それは参考文献に、大山礼子『日本の国会』、砂原庸介『分裂と統合の日本政治』、中北浩爾『自民党-「一強」の実像』、牧原出『権力移行』、待鳥聡史『首相制度の政治分析』、レイプハルト『民主主義対民主主義』などがあがっていることからも窺えると思います。

 目次は以下の通り。
序 「平成デモクラシー」とは
第1章 「強すぎる首相」の岐路
第2章 政治改革と小沢一郎
第3章 橋本行革の光と影
第4章 小泉純一郎の革命
第5章 ポスト小泉三代の迷走
第6章 民主党政権の実験と挫折
第7章 再登板・安倍晋三の執念

 まず「平成デモクラシー」ですが、これは政治学者で選挙制度改革などにも関わった佐々木毅の提唱した概念で、それまでの中選挙区制のもとでの与党と官僚が物事を決めていく仕組みを、「首相主導」、「内閣主導」の仕組みに転換させていく大きな流れになります。
 このために衆議院に小選挙区比例代表並立制が導入され、省庁再編によって首相の権力は増しました。
 
 これらの制度を活かして長期政権を築いているのが現在の安倍政権です。
 第1章では2017年の解散総選挙を中心に現在の安倍政権の姿を描き(なぜか最後に超党派による財政再建路線がプッシュされていますが)、第2章以降で過去から現在にいたるまでの日本政治の動きを描いています。  

 400ページ近い通史的な本を要約しても仕方がない思いますので、以降は個人的に印象に残ったポイントをあげていきたいと思います。

 まずは人事権も解散権も封じられた首相の弱さです。91年、海部首相は小選挙区比例代表並立制の導入などを柱とする政治改革法案が否決されたことに対し、解散によって事態を打開しようとしましたが、小沢一郎に引導を渡され、退陣せざるを得ませんでした(57-59p)。
 宮澤内閣でも人事は竹下派の主導で行われましたし、橋本首相も中曽根康弘の推す佐藤孝行の入閣を断りきれずに支持率を落とすこととなりました。

 しかし、一連の改革で首相の権力が増大したことと、小泉純一郎が派閥無視の人事、2005年の郵政解散といった蛮勇をふるったことによって、首相は人事権と解散権をかなり自由に行使できるようになりました。
 この2つの権力を積極的に活かしているのが現在の安倍政権と言えるでしょう。

 次に印象的なのが、上に立つ者が権力基盤を構成する複数の勢力の中でバランスをとる難しさです。
 国民的な人気を背景に船出した細川連立政権は、小沢一郎と武村正義の確執を押さえることができずに短期間で崩壊しましたし、同じように支持率の高かった橋本政権も加藤紘一幹事長らの「自社さ」路線と梶山静六官房長官の「保保連合」路線の対立が抜き差しならなくなり、梶山が官房長官を退いたことで政権が弱体化します。
 その点、現在の安倍政権は、菅官房長官と麻生財務大臣の間で対立があると言われながらも、今のところ両者が続投しているという点が強みになっているのでしょう。

 3点目は「小泉劇場」の面白さ。実際にリアルタイムで見てきましたし、小泉政権の内幕を語った本も何冊か読んで入るんですが、やはり小泉政権には独特の面白さがありますね。
 派閥の意向をまったく無視した閣僚人事に(副大臣・政務官では配慮している)、与党が関与できない所信表明演説での政策のぶちあげ、小沢鋭仁に「あなたはドン・キホーテだ」と揶揄されると「ドン・キホーテは好きなんですよ。〜「夢みのりがたく、敵あまたなれども、我は勇みて進まん」」と切り返す(212p)反射神経、「人に郵政法案が否決された時には解散までの手続きを分単位で決めていた(217p)という周到さなど、喧嘩師としての抜群の冴えがあります。

 そんな小泉純一郎の闘争において、著者が2005年の郵政解散以上に評価するのが03年の自民党総裁選です。
 03年の秋には自民党の総裁選が予定されており、04年には衆議院の任期満了が迫っていました。小泉首相の盟友でもあった山崎拓幹事長は、総裁選の前に衆院を解散し、その勝利の勢いでもって再選を目指すことを進言しました。衆院選で勝った総裁をすぐさま下ろすわけにはいかないので、これは合理的な戦略です。

 ところが、小泉首相はこれを拒否し、総裁選→内閣改造→解散総選挙というシナリオを描きました。しかも総裁選では郵政民営化を総選挙のマニフェストに書き込むことを明言したのです。総選挙に勝利するには「小泉人気」に頼らざるをえない、そんな自民党の状況を見きった上での戦略でした。
 結果、「小泉人気」に頼るしかないと腹をくくった青木参院幹事長と徹底抗戦を唱える野中広務の間で橋本派は分裂。藤井孝男を支持した野中は政界を去ることになります。

 そして、今までの自民党の意思決定の仕組みをぶっ壊しておきながら、それをほぼ郵政民営化のためにしか使わず、制度改革には無関心だったという点も小泉純一郎の特異な点といえるかもしれません。
 日本の政治は長らく内閣と与党という二元的な権力のあり方を特徴としていましたが、与党の力を強化された首相の権力を使って粉砕してみせたのが小泉首相でした。しかし、与党の事前審査制度などを廃止したかというとそうではなく、郵政民営化法案さえ通れば、あとのことはどうでも良かったのです。

 4点目はこの本の影の主役ともいえる松井孝治と民主党政権について。
 人名索引を見ると松井孝治の名前は14回登場しています。これは野中広務の10回や鳩山由紀夫の12回を上回っています(最多は小沢一郎の28回)。
 なぜ松井孝治なのか? それは松井が一貫して統治システムの改革に携わってきたからです。
 松井が統治システムの改革に携わるのは通産省の官房補佐の法令審査員だった96年から。橋本内閣の行政改革のアイディアの立案に携わり、とくに予算や人事、行政管理などの権限を官邸に集め、官邸のリーダーシップを強化することを狙いました(121-123p)。
 松井は行革会議の事務局に入り、橋本行革の推進役となりますが、野心的なプランの多くは族議員や官庁の抵抗によって後退させられました。
 限界を感じた松井は2001年の参院選に民主党から出馬し、当選することになります。

 松井は08年の福田内閣における国家公務員制度改革基本法案の与野党協議に民主党の代表として出席し、「内閣人事局」の設置を認めさせます。
 そして、09年の衆院選で民主党が勝利し政権交代が実現すると、かつて描いた一元的な政策決定の仕組みの構築を目指すのです。

 松井が構想したのが首相直轄のもとで予算編成の基本方針を決め、さらには外交や文化戦略まで取り扱おうとする「国家戦略局」の設置でした。
 「「個人商店」色の強かった小泉流に対し、舞台装置の「閣僚委員会」やスタッフ組織の「国家戦略局」の整備を掲げる民主党には、首相主導を組織化・制度化する意欲が鮮明」(269p)であり、小沢一郎幹事長の進めた政調会の廃止と合わせて、政策決定の内閣一元化が実現するはずでした。

 松井も官房副長官として官邸に入りますが、マニフェストに必要な巨額財源をどうするか、国家戦略局のスタッフをどうするか、菅直人国家戦略相と平野博文官房長官の調整をどうするか、などの問題で鳩山内閣は迷走し始めます。
 結局、内閣のスタッフではない小沢一郎幹事長に調整が任される始末で、「「小沢一元化」でしか収めようがない」(284-285p)状態でした。

 菅内閣のもとでの参院選敗北後、国家戦略室はセカンドオピニオンを具申するシンクタンク的存在に格下げとなり(295p)、野田内閣のもとでは政調会が復活。政策決定の仕組みは自民党のものに近づいていくことになります。
 この後、民主党は政権の座から降りることになるのですが、松井の構想した内閣人事局をつかってうまく睨みを効かせているのが現在の安倍政権の官邸を言えるでしょう。

 このように統治システムの改革が大きな課題となったのが平成の政治史であり、この本はそうした統治システムの改革と政局をうまく織り交ぜるかたちで叙述を進めています。
 小選挙区制に反対した小泉純一郎が誰よりも小選挙区制の持つ政党党首の力をうまく使いこなしたように、この統治システム改革の成果をうまく利用できた政権が長持ちし、それができなかった政権が短命に終わったのがここ30年の政治と言えるでしょう。
 経済政策や外交における対立などはあまり描かれていないので、そこは他の本で補う必要もあるかもしれませんが(外交なら宮城大蔵『現代日本外交史』(中公新書)が良い)、平成の政治の流れを面白く追える本に仕上がっていると思います。


平成デモクラシー史 (ちくま新書)
清水 真人
4480071199