副題は「変貌する英国モデル」、議院内閣制の一つのお手本とされるイギリスの議院内閣制に焦点をあて、そのメカニズムと近年になって噴出してきた問題点を分析しています。
 イギリス政治の機能不全を分析した本としては、去年、近藤康史『分解するイギリス』(ちくま新書)という非常に面白い本が出ましたが、あちらの本が「なぜBrexitが起きたのか?」という問題を中心にイギリス政治全体の仕組みの変調を図式的に描き出したのに対して、こちらは議院内閣制という政治制度の分析にこだわって、日本を含めて各国が採用している議院内閣制のこれからのあり方を検討する内容になっています。
 『分解するイギリス』に比べると、やや専門的で読者を選ぶかもしれませんが、こちらも読み応えのある内容となっています。

 目次は以下の通り。
第1章 議院内閣制とは何か
第2章 政府と政策運営―集権化は何をもたらしたか
第3章 政権党と首相の権力
第4章 二大政党制の空洞化と信頼の喪失
第5章 国家構造改革とは何か―政治不信への英国の回答
終章 政治不信の時代の議院内閣制―日本政治への含意

 まず英国(この本ではイギリスを「英国」と表記している)は議会主権の国だと言われます。  
 名誉革命によって議会は国王から政治の実権を奪い、貴族院の権限が徐々に剥奪されていったことによって、庶民院(下院)に政治の権力が集中するようになっています。
 また、英国には議会の立法活動を制約する高次の法(いわゆる憲法)が存在せず、議会は何者にも拘束されません。この点で、英国の議会は日本の国会と比べても強い権限を持っていると考えられます。
 
 英国の議院内閣制の本質を鋭く分析したのが19世紀に活躍した銀行家にしてジャーナリスストのウォルター・バジョットでした。
 バジョットは英国の国家構造が三権分立ではなく、「政府と議会の密接な結合、そのほとんど完全な融合」であるとし、その政府と議会の結節点が内閣だと捉えました(17p)。そして、このシステムを支えるのが政党組織と民衆のエリートに対する信頼なのです。

 議院内閣制を採用している国は多いですが、その中でも英国の仕組みはウェストミンスター・モデルとして知られています。
 オランダの政治学者レイプハルトは著書の『民主主義対民主主義』の中で、小選挙区制を採用し首相が大きな力を持つ多数代表型デモクラシーの典型が英国であるとして、それをウェストミンスター・モデルと名付け、比例代表制や権力の分立を特色とする合意型デモクラシー=コンセンサス・モデルと対比させました。
 
 ウェストミンスター・モデルの長所は「安定した政府の創出と責任の所在の明確さ」(27p)にあります。権力を一つの勢力に一定期間任せることによって、一貫性のある政策を推進できますし、失敗した時に責任を取らせることも容易です。
 一方、短所は、ルソーが「イギリスの人民は選挙のときだけ自由だ」と言ったことに代表されるように、総選挙と総選挙の間の期間に権力をうまくコントロールすることができないことです。総選挙と総選挙の間の期間は、政治エリートを信頼する他ないのです。

 現在の英国において、政治の中心は議会なのか、内閣なのか、首相なのかという議論があります。
 歴史的に見ると、決定の中心は議会→内閣へと移り、1960年代からは「首相主導型政治」論が登場してくるわけですが、単純に首相主導のスタイルが確立したかというと、そうも言えません。
 英国政府は、閣議などの「集合的決定」、「各省の自律性」、「首相の主導」という3つの異なる原理に依拠して動いており(43ー44p)、どの原理が強まるかは時と場合によるのです。

 1970年代まで、英国は「大きな政府」であり、財政などのマクロ的な問題は集権的に決定されていた一方で、それぞれの政策は業界や分野ごとのインサイダーによって決められていました。政策を主導したのは首相や内閣ではなく、むしろそれぞれの分野の関係者による政策ネットワークだったのです。

 こうした政治に挑戦したのがサッチャー首相です。サッチャーは閣議や公式の会議よりも大臣との二者協議や非公式な会議を多用し、政策顧問を重視しました。また官僚機構では政策決定に関わる分野と政策執行の分野を分離し、後者のエージェンシー化を進めました(この辺りの改革については笠京子『官僚制改革の条件』が詳しい)。
 このように首相主導型の政治を行ったサッチャーですが、組織上の変化は限定的だったといいます(66p)。組織を含めた大きな変化があったのは労働党のブレア政権です。

 ブレアは「首相はますます大企業のCEOや会長に似てきている」(67p)と述べましたが、実際にブレアはCEOのように振る舞うために、内閣府への集権化を行い、有権者に対するコミュニケーション戦略を強化し、首相直属の政策室を拡充し、公共サービスに数値目標を設定し各省の自律性を低下させました。
 しかし、ブレア政権にはブラウン財相というもう一人の中心人物がおり、その内実は二頭制というべきものでした。

 ブレア政権の集権化によって首相の指導力は強まりましたが、ブレア政権はイラク戦争にのめり込んでいったことをきっかけに支持を失いますし、後継のブラウン政権は権力の集まるようになった首相府内をコントロールすることができず、「官邸崩壊」的な状態を引き起こしました。
 ブレア政権で首席補佐官を務めたジョナサン・ポウウェルは「われわれは全てのレバーを引いたが、どれも機能しなかった……より重要なことは、大臣や官僚に指示することと、政策の結果を出すことは別物だということである」、「国家構造の理論家は議会における英国の首相の拘束されない権力について見解を述べているが、そこに辿り着くと、そうは感じられない」(87-88p)という言葉を残しています。ブレア政権はさまざまな課題に対処するために集権化を進めましたが、それは必ずしもうまく機能するわけではなかったのです。
 官僚制への不信と大臣のリーダーシップへの期待はキャメロン政権にもみられましたが、キャメロン政権でも政策的な失敗は相次ぎました。

 議院内閣制は議会が政府の生殺与奪を握るシステムであり、首相にとっては議会の支持、とくに政権党の支持が政権運営には欠かせません。
 93pに「政権党からの造反がみられた採決の割合」というグラフが載っていますが、これを見ると70年代と00年代以降で造反が増えていることがわかります。英国の首相(党首)は必ずしも自党を完全に掌握しているわけではないのです。

 第3章では、この問題に関して保守党、労働党のそれぞれの組織とその変遷をみていきます。
 保守党は伝統的に党首中心の政党だと言われており、党の院内院外にいずれにも首相の政策に拒否権を行使できる組織はありませんでした。一方で選挙区協会が造反議員を支持した場合、98年まで選挙区協会や議員を服従させることもできませんでした。
 しかし、EC・EUへの参加の問題やジェンダー問題や家族観などの社会問題が保守党の内部対立をもたらすようになると、98年の改革で候補者選定に関する中央の権限を強め、また党首に対する不信任制度を盛り込みました。

 労働党は院外組織が議会に代表を送り込むかたちで誕生した政党で、伝統的に院外の労働組合が大きな影響力を握っていました。
 そのため労働党の党首は党や労組から大きな制約を受ける存在であり、また党内の路線対立もあって、なかなか党をまとめることができませんでした。
 83年の総選挙で大敗したあと、キノック党首による労働党の党内改革が始まります。キノックは労組幹部や左派活動家の影響力を削ぐために党内の決定に「一人一票制」を導入し、各組織における幹部支配を切り崩そうとします。
 この改革の成果を活かして政権を奪取したのがブレアでしたが、「一人一票制」の導入はその後、「コービン党首選出時に議会労働党主流の悪夢となって立ち現れること」(129p)となりました。

 英国といえば二大政党制の国で、この二大政党制と政権交代が英国政治の強いリーダーシップと責任政治をつくり上げているとされていましが、近年ではその二大政党制の基盤が揺らいでいます。
 2010年の総選挙では保守党が第一党となったものの得票率は36.1%、過半数の議席をとれずに自民党との連立政権となりました。21世紀になって以降、保守・労働の二大政党の絶対得票率は2017年の総選挙を除き50%に達していないのです(150pの表4-2参照)。
 ではそれまで二大政党に入っていた票はどこに行ったのかというと、一つは第三極の自民党であり、反既成政党の右派の英国独立党であり、スコットランドではスコットランド国民党(SNP)です。

 小選挙区制を採用する英国では第三極の台頭は難しいのですが、SNPのような地域政党の場合、むしろ小選挙区が有利にはたらきます。2015年の総選挙でSNPは4.7%の得票率で56議席を獲得しており、労働党の伝統的な基盤を掘り崩しています。
 また、スコットランドやウェールズに置かれた議会や欧州議会選挙が小選挙区制ではないことも多党化の要因となりました。

 基本的に近年のイギリスの政治制度改革は首相に権力を集める形で展開されてきたのですが、必ずしも政府の中枢が全体をコントロール出来ていない状況で、「中心の不在」と言われる状況になっています。また、大臣が任期中に成果をあげようと積極的に動くことが政策の失敗をもたらしていると言われますし、首相に権限が集中することで熟議が足りない状態だといいます(187ー191p)。

 そんな中で著者は英国で行われれた一連の改革を「マディソン主義的改革」と名付け、注目しています。
 マディソン主義のマディソンとはアメリカ建国の父の1人のジェームズ・マディソンのことで、彼は民主主義において多数の支配よりも特定の勢力に権力を集中させないことを重視しました(待鳥聡史『代議制民主主義』(中公新書)で「マディソン的自由主義」として紹介された考え)。
 今までずっと「首相への集権化」という話が続いていたので、「それは逆の方向性ではないか?」と思われる人もいるでしょうが、英国では集権化と同時に、貴族院の改革や司法の強化といった権力分立的な国家構造改革も進んでいたのです。

 貴族院で世襲議員の排除が進んだ結果、貴族院がそれなりの民主的正当性を強め、影響力を強めているという指摘も面白いですが、やはり重要なのは司法の強化と「法典化された憲法」に近いものを導入しようという動きでしょう。
 英国では司法のトップである大法官は閣僚と貴族院議長を兼ねる役職で、司法の独立性は強いとはいえませんでした。
 ところが、ブレア政権の時に貴族院から独立した最高裁判所が設置され、大法官の役職が廃止されたことによって司法が独立し、その存在感を強めています。
 また、欧州人権条約にもとづいた1998年人権法の制定は、議会の立法を司法の場で制約することとなりました。
 このように英国は集権化を進める一方で、「マディソン主義的改革」を進めており、著者はこれを評価しています。

 終章では日本の政治についても触れられています。ここでも基本的には集権化の問題点を指摘しているのですが、最後に参議院の存在をあげ、「日本はそもそも議院内閣制なのであろうか」と問うています。
 比較的、否定的に捉えられがちな参議院について、マディソン主義的な観点からその存在を評価するスタンスです。

 やや長いまとめになってしまいましたが、それだけの内容の濃さがあります。政治制度を中心に語り、その文脈(歴史的事件とか社会構造の変化)についてはあまり語っていないので、英国の歴史についてあまり知らないとわかりにくい面もあるかと思いますが、議院内閣制という制度とその運用について学ぶ所の多い本です。
 また、議院内閣制だけではなく、民主主義そのものを改めて考えさせる内容にもなっていると思います。


議院内閣制―変貌する英国モデル (中公新書)
高安 健将
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