坂井豊貴『ミクロ経済学入門の入門』につづく、岩波新書の経済学「入門の入門」シリーズの第二弾(第三弾以降があるのかはしりませんけど)は、現代の経済学に必須となっている数学の入門書です。
 ただし、実際の数学の入門書というよりは、経済学ではどのような数学が必要になり、どんな問題でどんな数式が使われているのかを紹介する予告編のようなものです。「はじめに」で著者は本書を「読者が経済数学に入門する気になる勧誘広告」みたいなものだと述べていますが(i~ii p)、まさにその通りの内容だと思います。

 ただ、数学が特異なら中学生でも十分に理解可能と書いてありますが、やはり微分が何なのかということくらいはわかっていないと厳しいのではないでしょうか。
 ちなみに評者は高校時代文系で、数学は社会人になってから高校レベルの数学をおさらいした程度なので、数学的な説明の良し悪しに関しては評価できなことをご承知おきください。

 目次は以下の通り。
第1章 経済学と数学―なぜ数学を学ぶのか
第2章 一次関数―市場を数式で表現する
第3章 二次関数―満腹と疲労
第4章 関数の微分「この瞬間の、この感じ」
第5章 関数の最大化―山の頂で考える
第6章 多変数関数の最適化―ケーキとコーヒーの黄金比
第7章 マクロ経済学と差分方程式―富める国、貧しい国
第8章 動的計画法―失業者は関数方程式を解く

 現在の経済学はその中心を実証分析に移しつつあります。実際に観察されたデータを用いて経済モデルの妥当性を検証するスタイルです。マルクス経済学が力を持っていた時代には「経済学に数学は不要である」といった教員もいたそうですが(6p)、現在ではそういった教員はほぼいなくなっています。

 はじめに経済学に数学を導入しようとしたのは1838年に『数学的原理』を発表したクールノーでしたが、その真価は理解されないままに終わりました。ところが、そのクールノーの友人の子であるレオン・ワルラスがクールノーの考えを受け継ぎ、一般均衡理論の原型を完成させます。そして、サミュエルソンが数学を組み込んだ新古典派の経済学を打ち立てたことによって、経済学のほぼすべての分野で数学が使われるようになっていくのです。

 まず、第2章で取り上げられているのが需要関数と供給関数です。わかりやすくいうと需要と供給のグラフの描き方です。
 需要関数と供給関数自体は非常に単純なので、ここはすらすらと理解できると思います。加えてこの本では価格を縦軸に取るという、普通の数学のグラフとは縦軸と横軸のとり方が違うことにも注意を促しています(中学や高校で教えていると、グラフに引っ張られるのか「需要が増えると価格が下る」という考えてしまう生徒もいますね)。

 第3章では、便益関数と費用関数を2次関数を使って説明しています。ここは非常に丁寧でわかりやすいです。
 「一番好きなパンにいくらの金額を出せるか?」という問から、「1個目には?」「2個目には?」という形で話を進めていきます。当然ながら、3個、4個となるにつれ出しても良いと思える金額は減っていくでしょう。6個、7個となれば逆に満足感が下がるという局面も考えられます。この変化を表すのが2次関数で表される便益関数です。

 企業の生産についても、同じ設備で行われる限りだんだんと労働力を投入しても生産が伸びなくなってきます(一定の面積の畑に労働力を投入する場合を考えるとわかりやすい。1人から2人に増えれば大きな伸びが期待できるが、20人が21人に増えてもほとんど生産は伸びないかもしれない)。
 つまり、生産量を伸ばそうとすると、だんだんと大きな費用がかかるようになってくるのです。この費用関数も2次関数で表されます。
   
 第4章では、微分を使って限界便益や限界費用を考えています。「微分」と聞いただけで身構える人もいるかもしれませんが、「微分は接線の傾き」くらいの漠然としたイメージがあれば十分についてこれる内容です。
 便益関数における「この瞬間、この感じ」、つまり、1個目のパンを食べている時の満足感、あるいは3個目のパンを食べている時の満足感というものが微分によってわかるというのです。

 さらにここから「限界」というややわかりにくい概念を説明しています。経済学に出てくる「限界」は「もうこれ以上無理」という限界ではなく、「これ以上細かく分けることができない」という意味です。この本では「0に近いけど限りなく0に近い」という存在をデルタ・イプシロン論法を使って説明しています(59p)。このあたりから数学的な説明は難しくなってきますね。

 限界便益や限界費用を考えると、いくつ消費し幾つ生産するかということが見えてきます。もし、パンが100円であれば、限界便益が100円になるまでパンを買えばいいのです。
 そして、この限界便益のグラフを描けば、それがそのまま需要曲線になり、限界費用のグラフを描けば、それがそのまま供給曲線になるのです。

 第5章では関数における極大点と最大点、それを求めるための一階の条件と二階の条件について説明しています。ここからはやや数学的に難しくなってきます。二階の条件のところで出てくるテイラー展開は正直わからないです。
 個人的にはこのあたりから経済学的な事象と数学のつながりが見えにくくなりました。

 第6章では効用関数からラグランジュの未定乗数決定法へと進みます、ラグランジュの未定乗数法は「世界中の経済学科生を遍く苦しめる地獄の使者のような扱われ方をしています」(103p)とのことですが、やはり式の展開を見ただけでは何をしようとしているのかよくわからないですね。
 さらにこの章では簡単な一般均衡のモデルへと進んでいきます。

 第7章では、マクロ経済学の成長に関するソロー・モデルとその計算に必要な差分方程式を説明し、さらにソロー・モデルの後継というべき最適成長理論とそれに必要なポントリャーギンの最大値原理、オイラー方程式などを説明しています。
 つづく第8章で自発的失業の理論と、そこで使われるベルマン方程式を紹介しています。

 後半は自分の頭ではきちんと説明することができないため駆け足となりましたが、以上が本書の内容です。
 個人的な感想を言わせてもらうと、第4章までは面白いが、第5章以降は難しいというものです。
 数学的なセンスが有る人であれば、式を見ればその式が何を意味しているのかがわかるのでしょうが、センスのない者にとっては具体的な数値が入らないとなかなかその式の意味するところが見えてきません。
 ちょうど、機械に詳しい人は歯車やピストンを見ればその機械がどのように動くのかがわかるのに対して、素人は実際に機械を動かしてみないとそれがどのように動くのかわからないのと同じようなものです。
 そういった意味では第3章のような説明が第5章以降でも可能であれば欲しかったです。

 ただ、経済学を学ぶにあたって、なぜ数学が重要なのか、どういった数学が必要なのかということは十分に教えてくれますし、前半を読むだけでも経済学のモデルをよりクリアーな形で理解できるようになると思います。
 後半が理解できなくても読む価値は十分にあります。


経済数学入門の入門 (岩波新書)
田中 久稔
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