去年の「2018年の新書」のエントリーからここまで51冊の新書を読んだようです。
 今年の前半は中公の歴史ものレベルが非常に高く、上半期は2017年に引き続いて「中公一強か?」と思いましたが、下半期は岩波が巻き返した印象です。特に岩波の9月のラインナップは見事でした。ちくまは夏くらいまでは良かったけど秋以降のランナップは今ひとつピンとこずで(見返してみたら去年も同じようなことを書いていた)、他だとNHK出版新書の企画がなかなか面白かったと思います。

 まずはベスト5とそれに続く5冊を紹介します。

小塚荘一郎『AIの時代と法』(岩波新書)



 今年のベスト。「第4次産業革命」とか「ソサエティ5.0」などの言葉が飛び交い、AIや情報技術の発展によって世界の姿が一変するようにも言われますが、そう言われると「そんなことはないだろ」と言い返したくなる人も多いと思います。
 自分も世界が一変するとは思いませんが、本書を読むと「法」とそれが想定する社会のあり方が変容を迫られていくことがわかります。「法」という固定された観点から見ることで、今起きている、そしてこれから起こる変化をかえってわかりやすく捉えることができるのです。
 AIの時代の特徴を、「モノ(の取引)からサービス(の取引)へ」、「財物からデータへ」、「法/契約からコードへ」という3つの変化に見ながら、それが法と社会にもたらす変化を検討する本書はまさにタイムリーな本だと思います。





曽我謙悟『日本の地方政府』(中公新書)



 日本の地方政府(地方自治体)について、制度と国や地域社会の関係などから明らかにしようとした本になります。
 このような政治制度やその実態を明らかにしようとする本だと、事例(地方自治をめぐるさまざまなトピック)や歴史(地方自治の起源、地方分権改革がもたらした変化など)を中心に論じるのがオーソドックスなやり方だと思いますが、この本ではデータと制度、さらにその制度から予想される帰結とそこからのズレを中心に論述を進めていきます。
 やや議論の進め方に面食らう人もいるかもしれませんがその議論の密度は高く、今までの地方自治体に関するイメージを覆すものも多いです。また、積極的な改革を提言する本ではありませんが、分析の中で浮き上がってきた問題点の把握を通じて、今後の日本の地方制度を考えていく方向性を教えてくれる内容にもなっています。




梶谷懐・高口康太『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)



 キャッシュレス社会にシェアエコノミーに信用スコアと、猛烈な勢いでハイテクが普及しつつある中国。その姿はこれからのテクノロジー社会を予見させるようでありつつ、同時に多数の監視カメラや政府によるネット検閲などもあって近未来のディストピアを予見させるようでもあります。本書は、そんな中国社会をどのように考えればよいのか? という問いに向き合ったものです。
 本書は現在の中国の状況を教えてくれるとともに、中国で進行していることが中国という特殊な政治体制にのみ当てはまるものではなく、日本をはじめとする他の国々でもあり得るものだということを明らかにしています。と同時に、終章でとり上げられている新疆ウイグル自治区はまさに情報技術が暴走してしまっているケースでもあり、中国の実情を知るためだけではなく、今後の情報化社会を考えていく上でも重要な本でしょう。




石原俊『硫黄島』(中公新書)



 沖縄に関して、よく「日本で唯一地上戦が行われた」と言われます。もちろん、少し考えてみればこの本の舞台となる硫黄島も内地なのでこの表現は誤りなのですが、硫黄島の場合はそこに住民がいなかった印象があるので、スルーされてしまうのでしょう。
 しかし、硫黄島にも住民はいましたし、そこには社会がありました。硫黄島に住民がいなかったという印象は、戦後、住民が帰島を許されずに軍事基地化したことから、いつの間にか出来上がったものなのかもしれません。
 この本は、戦前の硫黄島社会を再現しつつ、実は住民の一部も巻き込まれていた地上戦、戦後の「難民化」、そして硫黄島への帰島が政府によって封じられていくまでを、元島民の証言や史料から描き出しています。
 今まで歴史の盲点となっていた部分に光を当てた貴重な仕事であり、非常に読み応えがあります。平岡昭利『アホウドリを追った日本人』(岩波新書)が面白かった人には前半部分を中心に面白く読めるでしょうし、戦後補償の問題などに興味がある人にとっては後半の内容は必読と言うべきものでしょう。




大木毅『独ソ戦』(岩波新書) 9点



 独ソ戦こそが第2次世界対戦の帰趨を決めたという考えは広く共有されつつありますが、同時に独ソ戦に関してはよく「歴史のif」が語られます。例えば、「ドイツが冬季の作戦にもっと慎重だったら…」とか「ヒトラーが作戦に介入しなければ…」といったような事が言われ、「第二次世界大戦においてドイツの勝った世界」という想像を刺激されるのです。
 ところが、本書を読むと、ドイツにとって対ソ戦はヒトラーのきまぐれではなく必然であることがわかりますし、ドイツ敗北の理由も、ヒトラーの介入や冬の厳しさといった部分ではなく、もっと根本的なところにあることが見えてきます。
 作戦次元の解説も行いながら、「通常戦争」「収奪戦争」「世界観戦争」という3つの性格の重なりとして独ソ戦全体の姿を描き出し、「質のドイツ軍」VS「量のソ連軍」といった形で理解されがちな独ソ戦のイメージを塗り替え、さらには独ソ戦で行われた蛮行の背景を説明することにも成功しています。





 次点は通史の傑作ともいうべき小笠原弘幸『オスマン帝国』(中公新書)、良質の経済学エッセイでもあり行動経済学の入門書としても機能する大竹文雄『行動経済学の使い方』(岩波新書)、移民受け入れにかじを切った日本の現状と問題点を明らかにしたまさにタイムリーな本である望月優大『ふたつの日本』(講談社現代新書)、新書とは思えない緻密な議論で日本の教育における格差の問題を示した松岡亮二『教育格差』(ちくま新書)、歴代最長政権となった安倍政権を支える自公連立を分析した中北浩爾『自公政権とは何か』(ちくま新書)といったところになります。


 『応仁の乱』のヒット以降、どこも歴史ものには力を入れている印象ですが、やはりこの分野では中公の強さを感じます。坂井孝一『承久の乱』、元木泰雄『源頼朝』といった本も『応仁の乱』以前から企画は進行していたようで今までの積み重ねが為せる業でしょう。ちなみに個人的には内藤一成『三条実美』が企画としても内容としても面白かったと思います。
 あと、もはや新書の範疇を超えたボリュームと読み応えだったのが小熊英二『日本社会のしくみ』。600ページ超えで、しかも中身が「日本的雇用の形成と展開」ともいうべきマニアックな内容でした。別のフォーマットで出すべきではないかという声もあるでしょうが新書だからこそこのような本が広く流通したという面もあるわけで、何でもありの新書の可能性を感じさせてくれた本だったと言えるかもしれません(これは松岡亮二『教育格差』にも言える)。

 この他にも面白そうだと思いつつも手が回らなかったものもいくつかありますが、少なくとも来年も週1冊くらいのペースを守りつつ、新書を読んでいきたいと思っています。