中国を筆頭に目覚ましい経済成長がつづくアジア地域。この地域はグローバル・バリューチェーンという国境を超えた生産工程が発展している地域であり、EUのような組織はなくとも経済は緊密に結びついています。そして、以前のように日本を先頭にした他の国々が追随しているといった形では説明できなくなっています。
 そんなアジア経済の変化について分析したのがこの本。内容的には去年読んで面白かった猪俣哲史『グローバル・バリューチェーン』と被る部分がありますが、『グローバル・バリューチェーン』がマクロ的な分析に重きをおいていたのに対して、本書は、著者が伊藤忠でアパレル部門の仕事をしていたということもあり、よりミクロの動きがわかるようになっています。ビジネス関係の人には本書のほうがとっつきやすいと思います。
 なお、「アジア経済」と銘打っていますが、分析対象は、日本・中国・韓国・台湾・ASEANになっており、インドや中東地域などは含まれていません。

 目次は以下の通り。
第1章 「日本一極」の20世紀
第2章 アジアの21世紀はいかに形成されたか
第3章 グローバル・バリューチェーンの時代
第4章 なぜ日本は後退し、アジア諸国は躍進したか
第5章 もう一つのアジア経済
終章 アジアの時代を生き抜くために

 第1章では20世紀のアジア経済がデータを中心に語られていますが、そこから見えてくるのはタイトル通りの「日本一極」の姿です。
 11pの図表1-1a「主要国GDP推移の比較」、14pの図表1-2a「1人あたりGDP(名目)」をみると世界の中でも日本の経済成長は際立っています(ただし、名目では主要国トップとなった1人あたりGDPもPPP(購買力平価)ベースでみるとアメリカやドイツを下回っている(16p図表1-2b参照)。
 
 こうした日本一極の時代に唱えられたのが「雁行形態論」です。これは途上国における国内産業の盛衰を輸入ー国産ー輸出ー再輸入というプロセスで論じたもので、例えば、50年代の日本では労働集約的な繊維産業が主要な輸出品でした。それが人件費の上昇とともに、主要な輸出品は繊維から60年代には鉄鋼。そして70年代にはテレビへと変化していきます。一方、アジアNIEs諸国の主要輸出品は60年代が繊維、70年代は鉄鋼、それにつづく先進ASEANでは70年代になると繊維産業が輸出産業として発展してきます(27p図表1−5参照)。
 こうした発展はキャッチアップ型工業とも言われます。特にアジアでは1985年のプラザ合意によって円高が進んだことが、日本企業によるアジアへの海外直接投資(FDI)に拍車をかけ、労働集約的な産業はアジアの他の国々へと移っていきました。

 そして、90年代以降、アジアで、そして世界で大きな存在感を見せ始めたのが中国です。中国は人口や軍事力からいって大国でしたが、経済的には1990年の時点でGDPが日本の1/9しかなく、今からは考えられないほど小さな存在でした。
 しかし、1978年の改革開放政策の採用、そして92年の南巡講話などをきっかけとして、中国は巨大な工業国に成長していきます。

 こうしたアジア経済の発展は、1993年の世界銀行の『東アジアの奇跡』という報告書でもとり上げられました。このレポートの作成と刊行には日本が資金援助をしたそうですが、政府の輸出振興策を評価し、輸出志向型工業化の重要性を訴えている点が特徴でした。
 この「東アジアの奇跡」はクルーグマンによって否定され、97年にはアジア経済危機が起きますが、そこでアジアの経済成長は終わったわけではなく、21世紀に入ると中国を筆頭にアジア経済はますますその存在感を増しています。

 21世紀になると、アジアは他地域よりも高い経済成長を示すようになり(55p図表2−1参照)、1980年に14%だった地域別GDP比率は2017年には27%になりました(56p図表2−2参照、なおここでは冒頭にあげたアジアの範囲から台湾が抜けている)。
 ただし、その経済発展の水準が一様でないのもアジアの特徴で、一人あたりのGDP(名目)で見ても、5万7000ドルを超えるシンガポールから1257ドルと「低所得」のカテゴリーを少しだけ上回るミャンマーまでまちまちです(58p図表2−3参照)。
 
 アジア経済のポイントの1つは輸出をベースとした「外向き」である点で、全世界の輸出に占めるアジアの割合は1990年の約18%から2017年には約31%にまで拡大しています。輸出先に関しては90年の段階では北米向けがトップでしたが、17年にはアジア向けがトップとなっています。日本のアジア向け輸出も90年の21.8%から17年には40.1%にまで拡大しています(68−69p図表2−6参照)。
 品目では電子機器・機械類が増えているのが特徴で、中国の輸出品のトップは92年には衣類・靴製品約23%でしたが、16年には電子機器・機械類43%となっていますし、ベトナムでも00年に26%でトップだった原油は、16年には電子機器・機械類38%となっています(72p)。
 FDIに関しても、以前はコスト削減のための「垂直型直接投資」がさかんでしたが、ホンダのスーパーカブなどはバイク需要の高い東南アジアのニーズに対応するために、企画などに関してもタイで行われています。

 こうしたアジアの貿易と投資の活性化を支えたのがWTOとFTAやEPAです。
 WTOに関しては、01年に中国が、92年に台湾が、04年にカンボジアが。07年にベトナムが、13年にラオスが加盟し、本書が設定するアジアのすべてが加盟しました。
 FTAも急増していますが、FTAに関しては、その製品の一定程度がその国で生産されなければならないという原産地規則という実務上やっかいな問題も存在します。このための書類を揃えるコストもばかにならないわけですが、日本の企業に関する分析ではそのコスト以上の便益を得ているそうです(90p)。
 著者は、欧州などとは違って制度が先行するのではなく、民間企業が先行し、それを制度的な枠組みが後押ししたのがアジアの特徴だと考えています。
 
 この民間企業が主導し、アジアの新しい潮流となっているのが第3章で取り上げられているグローバル・バリューチェーンです。
 現在、商品の生産工程は分割され、その分割された工程は国境を超えて展開しつつあります。例えば、衣服でいえば、A「製品企画・デザイン」→B「生地などの生産・調達」→C「縫製・組み立て」→D「マーケティング・流通」という4つの工程があります。一時はこのすべてが日本国内で行われていましたが、現在ではA,Dは日本、Bは中国、Cはベトナムといった具合かたちでグローバル・バリューチェーンが構成されています。
 こうした国際分業は以前から見られましたが、ネットが普及していない90年代前半までは細かい部分は実際に出張を繰り返して打ち合わせをするしかなく、時間とお金の両面でのコストがかかっていました。ところがICTの発達はそうした壁を取り払ったのです。
 
 こうした生産工程の分割(フラグメンテーション)が進むと、特定の工程が同じ場所に集積するアグロメレーションと呼ばれる現象も起きます。例えば、21世紀になると労働集約的な縫製の工程はベトナムに集積するようになりました。
 ある国に関して、特定の産業が強いといった見方は意味を成さないようになってきており、どの工程や機能が集積しているかがポイントになってきます。例えばベトナムではスマートフォンやプリンターなどの電子機器の輸出が大きく伸びていますが、ベトナムにあるのは基本的には労働集約的な組み立ての工程です。
 このためアジアでは欧州、北米に比べて中間財の貿易がさかんになっています(112p図表3−2参照)。
 以前は統合型だった生産形態も市場型に変化する産業も出てきました。例えば、自転車産業は、以前は各部品のすり合わせが重要でしたが、部品のインターフェイスが共通化されることで、変速機のシマノのような基幹サプライヤーの部品を組み合わせて生産が可能になりました。
 
 こうした中で、アジアでは各工程の高度化も進んでいます。縫製というと比較的熟練を必要としない工程のように思われますが、経験が物を言う暗黙知の領域の部分も多く、生産スピードに労働者の能力が大きく関わってきます。ベトナムでは00年代初頭、1人あたり1日4枚程度だったアウトプットは10年頃には20枚を超えるレベルに上がったといいます。
 ただし、そうは言っても縫製の付加価値は低く、工程の中で高い付加価値を上げるのは「製品企画・デザイン」、「マーケティング・流通」の部分です。生産フローの最初と最後の付加価値が高く、途中の付加価値が低いことをグラフから「スマイル・カーブ」と呼びます(128p図表3−6参照)。
 「中所得国の罠」という言葉がありますが、これはアジアの後発諸国がなかなか最初と最後の工程に進出できていないことから説明できるかもしれません。

 日本に関しては、アジアにおいて最初と最後の工程を握っていたので安泰と言いたいところなのですが、そうも言えなくなってきたというのが第4章の分析になります。
 その理由の1つが産業が「擦り合わせ(インテグラル)」型から「組み合わせ(モジュラー)」型へと変化してきたことです。例えば、80年代に登場したノートパソコンは当初インテグラル型の製品でした。限られたスペースに多くの部品を互いに干渉することなく詰め込むには高い技術が必要だったのです。ところがインテルのCPUが登場し、そのインターフェイスが標準化されると、ノートパソコンはモジュラー型の製品となり、台湾企業が市場を席巻していきます。
 これはブラウン管テレビから液晶テレビの変化の中でも起きたことですし、自動車に関しても電気自動車に関してはモジュラー型の要素がかなり強くなります(中国の電気自動車メーカーBYDはもともと電池メーカー)。

 この変化によって日本企業の立ち位置も変わりつつあります。以前はiPhoneなどでも日本製の基幹部品を中心に中国で組み立てるといった性格が強かったのですが、近年では有機ELディスプレイなどの基幹部品も中国製となりつつあります。
 R&D支出のGDP比や知識集約的なサービスに従事する労働者比率、海外からの知的財産権等の使用料の支払いなどから算出されるグローバル・イノベーション指数では、日本はアジアにおいてシンガポール、韓国、香港、中国につぐ第5位であり(07年の時点では日本はアジアの1位(150−151p)、日本を追い越すような動きが見られます。日本一極の時代は終わり、アジアは多極化の時代を迎えたと言えるでしょう。
 対外FDIを見ても、日本、韓国、台湾などに加え、タイ、中国がネット(差し引き)の投資国となっており、20世紀とは状況が一変しました。ちなみにこの本では日本の対内投資の極端な少なさ(対外投資に比べて対内投資が少ない)も指摘されています(161−162p)。

 最後の第5章ではインフォーマル経済についてとり上げています。インフォーマル経済というのは、例えば、東南アジアの都市で見られる露天商などの経済活動です。この正規に登録されていない事業所以外で働くインフォーマル雇用の割合(農業従事者を除く)は、日本では12.0%ですが、韓国では23.3%、中国で47.7%、インドネシアで62.7%、カンボジアで67.3%といった具合になっています(168p図表5−1参照)。

 インフォーマル経済というと露天商、行商、ゴミ拾いなどだけを思い浮かべるかもしれませんが、例えばベトナムではインフォーマルに操業するアパレル企業というのもあり、フォーマルな企業は輸出、インフォーマル企業は国内向けと行った具合の棲み分けが行われていることもあり、海外向けの製品の縫製のみを行うフォーマル企業に対して、インフォーマル企業はデザインや企画(コピー製品も多いですが)なども行っているケースもあります。
 一方、タイでは人件費の高騰で競争力を失ったアパレル産業がミャンマーとの国境沿いのメーソートという地域に集積し、国境を超えて働きにくるミャンマー人(多くは許可証なし)を雇用しているケースもあり、こちらも多くはインフォーマルな存在です。
 このようにインフォーマル経済には、ベトナムのようにそこからステップアップできるかもしれない可能性と、タイのメーソートに見られるような、いわゆる「底辺への競争」的な側面もあります。
 また、本章の最後では米中貿易摩擦の影響に関しても、簡単にではありますがとり上げられています。

 終章では日本の今後についての提言がなされています。「選ぶ日本」から「選ばれる日本」へ、ということや、多様性の確保といったことはその通りでしょう。そして、その中で興味深いのは一国の持つ生産的知識の多様性とその能力の遍在性(あるいは希少性)に注目した経済複雑性指標で、日本は現在でも世界のトップだということです。日本には多様性がないとされる中で、生産的知識は世界トップの多様性があるというのは興味深いです。

 このように本書は世紀をまたいだアジアのダイナミックな変化がよく分かる1冊となっています。40代以上だと、日本企業がコスト削減のために移転した先としてのアジアの印象が強い人もいるかも知れませんが、本書を読むと21世紀になってからそのアジアが大きく変貌していることがわかると思います。
 また、冒頭でも述べたように著者に商社勤務の経験があることもプラスに働いていて、ビジネスの人にもわかりやすい語り口になっていると思いますし、読みやすい1冊に仕上がっています。