先日とり上げた多湖淳『戦争とは何か』にも書かれていたように国家間の戦争は減少傾向にあります。しかし、その代わりに大きな犠牲者を生み出しているのが内戦です。現代の戦争の95%以上が内戦だと言われています(i p)。 
 そんな内戦の実態と和平調停のポイント、国連の働きなどについて書かれているのがこの本です。著者はNHKのディレクターからカナダの大学院に進み、国連のアフガニスタン支援ミッションで働いた後に日本の大学の教員になったという異色の経歴の持ち主で、現場に足を運び、紛争の当事者にインタビューを重ねるなどジャーナリスト的な手法が生きてきます。
 一方、明解な理論を押し立てていた『戦争とは何か』を読んだあとということもあって、理論的な面からの整理はやや弱いようにも思えました。

 目次は以下の通り。
第1章 凄惨な内戦の実態
第2章 内戦とは何か―データと理論
第3章 交渉のテーブルにつくべきは誰か
第4章 周辺国の責任、グローバル国家の役割
第5章 国連に紛争解決の力はあるか
第6章 日本だからできること

 第1章では内戦の実態を伝えるために南スーダンの事例が紹介されています。
 2011年にスーダンから独立を果たした南スーダンでしたが、13年にキール大統領とマチャール副大統領の対立が内戦に発展、15年に和平合意が結ばれたものの、16年には再びキール派とマチャール派が武力衝突を起こし内戦へと発展しました。その後、18年に再び和平合意がなされ、19年に著者は南スーダンに足を運んでいます。
 南スーダンの内戦は市民を巻き込んだ形で行われ、多くの人が家を終われ避難生活を余儀なくされました。この章では現地の人の声、政府の要人へのインタビュー、ジュバ大学の様子、日本企業が中心に行っているナイル川の架橋工事などが紹介されています。

 第2章では内戦をデータと理論から分析しようとしています。
 ウプサラ戦争データでは、戦争を、(1)国家間の戦争、(2)純粋な内戦、(3)国際化した内戦(内戦をきっかけに始まり外国が軍事介入)、(4)植民地からの独立戦争の4つに分類しています。
 21世紀に入ってから、(4)は姿を消しており、(1)も減少しています。しかし、(2)と(3)は減っておらず、2014〜16年には3年連続で戦争による死者数が10万人を超えました(30p図2−1参照)。これは(3)であるシリア内戦の影響が大きいです。

 本書では内戦に対する和平調停に関して、「紛争予防」、「和平交渉」、「平和構築」の3つの局面に分けて考えようとしています。現在国連ではこれらの3つの局面に対して切れ目なく支援をしていこうと考えていますが、紛争予防の取り組みはやはりなかなか難しいようです。
 2011年のアラブの春に端を発するイエメン紛争では、30年以上独裁者として君臨してきたサーレハ大統領の後継体制をめぐって、国連特使が間に入る形で国民対話が行われました。しかし、ハーディ大統領が強引に6つの地域による連邦制を導入しようとしたことでホーシー派(フーシ派)が反発、軍事衝突に発展します。ホーシー派をイランの代理勢力と見たサウジアラビアが紛争に介入すると、イエメンは国際化した内戦の舞台となってしまいました。紛争予防は失敗したのです。

 内戦の和平調停というのは難しいもので、ステファン・ステッドマンの研究によると、1900〜89年の間に起きた軍事紛争のうち、和平交渉によって終わった内戦は15%で、残りの85%は一方的な軍事勝利で終わっているそうです(53p)。これにはコミットメントの問題などが関わっています(和平に応じて武装解除したら、そのあと殲滅されるのではないか? と考えて和平に応じない、など)。
 国際社会としては、武器の禁輸などを行って双方に一方的勝利が難しいと思わせること、和平後に当事者の安全確保や選挙の監視などを行うことで、和平を促すことはできますが、効果は状況によりけりです。
 著者はステッドマンの考えを受け入れながら、和平交渉のおける「包摂性」を重要なポイントとしてあげています。一方、表向きは国連に和平交渉を期待しつつ、裏では特定のグループに軍事援助を与えたりする大国や周辺国もあるとして、これを「国連の濫用」として批判しています。

 第3章では誰が和平交渉のテーブルにつくべきかという問題を検討しています。一般的に和平交渉の参加者が少ないほうが交渉自体はスピーディーに進むはずですが、当然、参加できなかった勢力は不満を持ち、出来上がった和平案は反発を受ける可能性が高くなります。
 南スーダンではマチャール派以外にも反政府勢力はいましたが、東アフリカの地域以降であるIGADはキール大統領とマチャール副大統領に当事者を絞り込む形で和平交渉を仲介しました。
 しかし、先述したように2015年にまとまった和平は短期間で崩壊し、多くの難民が発生しました。そこで、17年に再開された和平交渉ではその他の勢力や、市民団体や女性団体の代表なども招き、新たな枠組みづくりが目指されました。最終的にはマチャール派を支援するスーダン、キール派を支援するウガンダが強調して和平交渉に介入することで和平が進展しますが、著者はさまざまな団体が和平交渉に携わったことを評価しています。

 次のアフガニスタンの事例がとり上げられていますが、これはタリバンという最大勢力を国家建設の過程から除外したことがその後の混乱を生んだということで、失敗事例として位置づけられています。
 2001年のアメリカによるアフガニスタン攻撃後、03年に新憲法が採択され、04年にカルザイ大統領が選出された頃までは、アフガニスタンの国家建設はうまくいくと思われていましたが、05年頃からタリバンが巻き返し、08年には国土の7割をタリバンが支配するに状況になってしまいました。
 タリバン兵の復帰を手助けするプログラムはあったのですが、米軍や多国籍軍が参加しなかったこと、生活困難からタリバンに戻る兵士が相次いだこと、タリバン幹部に対する国連の制裁が解除されなかったことなどから、なかなかうまくいきませんでした(104−105p)。

 こうした状況に対して著者は新たな和解プログラムを提案するなど動きます。あくまでもタリバンの兵士や中堅幹部までの対話を想定するアメリカと、タリバン指導部との対話も必要だと考える国連の間で考えに違いがありましたが、アメリカもタリバン指導部との対話の必要性を認識するようになり、交渉が始まります。
 しかし、タリバン側の自爆テロなどにより和平交渉は暗転し、ようやくアメリカとタリバンの直接交渉にゴーサインを出したトランプ大統領により交渉は大きく進展しますが、それでもいまだに交渉はまとまっていません。誰がどのような形で和平交渉に参加し、それを進めていくのかというのはやはり難しい問題です。

 第4章ではグローバルな大国や周辺国の責任について考えています。
 最初にとり上げられているのがシリア内戦です。シリア内戦は、アラブの春の流れで始まった平和的な反政府デモ→アサド政権の弾圧→反政府側の武力抵抗→各国の介入という形でエスカレートしてしまいました。
 2012年にはアナン前国連事務総長が特使に任命され、停戦交渉を続けましたが、アサド大統領が暫定政権のメンバーに入るかどうかで折り合えず、交渉は失敗します。シリアの反体制武装勢力の背後にはシリアからイランの影響を排除したいサウジアラビアなどがおり、折り合うことが難しかったのです。
 14年からは新たな特使となったデミツラ氏がシリア政府や反体制武装グループだけでなく、市民団体などとも会合を行って和平の機運を醸成しようとしますが、今度はイスラム国(ISIS)が台頭し、15年からはロシアがアサド政権側に立って本格的な介入を始めます。
 結局、ロシアとイランの支援を受けたアサド政権が息を吹き返し、トルコがロシアやイランとの対話に応じたことで16年12月に停戦合意がなされます。その後も国連の介入はあまりうまくいっておらず、アサド政権が完全な勝利を目指す形で攻勢を強める中、和平の道は見えていません。

 次にイラクのケースがとり上げられていますが、ここでもアメリカが戦争終結後にバース党の解体を行ったことが治安の不安定化につながったと考えられます。フセイン大統領を支えていたバース党の追放は、イラクにおいて少数派だったスンニ派の追放につながり、シーア派主導の政権に対してスンニ派が不満を溜め込むこととなったのです。
 しかも、アメリカは当初国連の力を借りない形で国家建設を行おうとしたことで、アメリカと国連の関係は悪化しました。結局、イラクでの反米武装勢力による攻撃と、アナン事務総長の「もし仮に米国が、憲法の制定や選挙の実施まで占領を続けるのならば、二年も三年も四年も占領を続けなければならないかもしれません。本当に米国はそんなに長く占領を続ける気があるのですか」(160p)との指摘もあり、アメリカは暫定政権の樹立に動き出しますが、暫定政府が樹立され、新しい憲法や選挙が実施されてもイラクの情勢は安定しませんでした。
 
 その後、オバマ政権が増派を行い、さらにスンニ派との大規模な和解プログラムを実施すると、イラクの治安は劇的に回復しますが、その後再び、シーア派とスンニ派の対立が再燃し、イスラム国の台頭を許すことになります。
 著者はシリアとイラクの事例を通じて、グローバルな大国や周辺国が国連に政治的な役割を与えずに、その正統性だけを利用とする姿勢を「国連の濫用」だと批判しています。ただし、同時にグローバルな大国や周辺国の助けがなければ国連の調停がいかに無力であるかも指摘しています。

 第5章では、紛争解決に関する国連の果たしてきた役割を改めて振り返っています。
 トーマス・ウェスによれば、国連には、国家の集合体、事務総長をトップとする組織、国連の活動に協力するNGOや専門家など、という3つの部分があるといいます。国連の役割やその失敗を考える場合には、1つ目の部分と2つ目3つ目の部分を分けて考えることも必要です。
 紛争に有効に対処できていないケースもありますが、冷戦終結後のPKO活動の増加を見ると、やはり国連の役割は大きいと言えます。

 この章では、カンボジア、東ティモール、シエラレオネ、コロンビアという国連が和平交渉や国家建設に携わった事例をとり上げています。ここではシエラレオネのケースが興味深いです。
 シエラレオネの反政府組織のRUF(革命統一戦線)は「タリバンよりも残虐」(200p)と呼ばれた組織ですが(映画『ブラッド・ダイヤモンド』を見た人はよく分かると思います)、和平交渉はこのRUFを交えて行われました。そして兵士のDDR(武装解除)が進んだ結果、RUFの指導者サンコーが再び反乱を起こそうとしたとき、サンコーと行動をともにしようとした兵士はほとんどいませんでした。平和構築の成功例と言えるでしょう。

 また、近年のPKOでは文民保護がミッションの1つとなっています。当然、一般市民の命は守られるべきですが、本来は調停などを行うはずのPKOが武力行使を強いられることになるという問題点もあります。著者はこの文民保護のミッションにやや疑問を感じているようです。

 第6章では日本の役割が論じられています。日本の活動というと、どうしても自衛隊と9条の絡みで論じられることが多いですが、JICAの活動など、国際的に評価されている活動は他にもあります。特に知名度はないですが、フィリピンのミンダナオ和平に関しては、JICAの理事長だった緒方貞子のリーダーシップもあり、日本は大きな役割を果たしています。
 著者は、日本は紛争にかかわる政治勢力間の対話を促進する「グローバル・ファシリテーター」の役割を果たしていくべきだと考えています。

 このように盛りだくさんの本ですが、もう少し理論に基づいて整理してあったほうが読みやすかったのではないかと思います。和平交渉における包摂性というのが本書の1つのキーワードだと思うのですが、それならば第3章と第4章に分割して紹介されているアフガニスタンとイラクの例を、ともに和平交渉と国家建設から主要な敵対勢力を排除したことが(アフガニスタンではタリバン、イラクではバース党)その後の混乱につながったケースとしてまとめても良かったのではないでしょうか。
 その上で、どこまで包摂するのか? ということを検討しても良かったでしょう。今から振り返ればタリバンは包摂すべきでしたが、では、シリア紛争におけるイスラム国はどうでしょうか? そのあたりを議論しても面白かったと思います。

 ただ、近年の国連の和平活動に関してかなり網羅的に紹介しており、それをまとめて知ることができるという点は便利ですし、和平交渉の一線で活躍してきた国連の特使などへのインタビューも豊富で、実際の和平交渉の現場を感じ取ることのできる本になっています。