副題は「雇用、経済成長から治安まで、日本は変わるか」。文末が「か」という疑問で終わっているのがこの本の性格を示していて、「移民が来ると社会はこうなる」と断言するのではなく、さまざまな研究を紹介しながらその影響を検討するような形になっています。
 移民がもたらす経済的な影響を分析した本としてはジョージ・ボージャス『移民の政治経済学』がありますが、本書はそのボージャスの研究も紹介しつつ、それとは違った結論を導き出している研究も紹介し、より慎重な検討を行っています。
 もっと白黒をつけてほしいという感想を持つ人もいるかもしれませんが、個人的にはこれくらい慎重であったほうがこういった大きな問題を考える上では役に立つと思いますし、原理から演繹するのではなく実証を重視するという近年の経済学の流れにも沿っていると感じました。

 目次は以下の通り。
序章 移民と日本の現在
第1章 雇用環境が悪化するのか
第2章 経済成長の救世主なのか
第3章 人手不足を救い、女性活躍を促進するのか
第4章 住宅・税・社会保障が崩壊するのか
第5章 イノベーションの起爆剤になるのか
第6章 治安が悪化し、社会不安を招くのか
終章 どんな社会を望むのか

 まず、本書では移民を「海外から来て、長期的に住んでいる人」(vi p)程度に緩やかに捉えています。
 日本における移民の数は国連の統計によると約250万人。かなりの数に見えますが、人口に占める割合でいうと2%でドイツの15.7%やイギリスの14.1%に比べるとずいぶん低いです。またお隣の韓国は2.3%です(1−2p)。
 厚生労働省の「外国人雇用状況」によると、2018年の外国人労働者の数は146万人。08年の48.6万人から約3倍になっています(2p)。そして、2018年の出入国管理法の改正により、外国人労働者はさらに増えると考えられています。

 こうした移民の増加が何をもたらすのか? 第1章ではまず雇用環境への影響を分析しています。
 経済学では移民を市民に対して代替的な存在と見るか、補完的な存在と見るかで考えが分かれます。移民が市民と同じ仕事をするならば市民の雇用環境は悪化するでしょうし、家事サービスや介護などの市民があまりやらない仕事をしてくれれば、市民の生産性が伸びて、市民の給与が上る可能性があります。
 
 では、実際のところどうなのか? 1979〜85年にかけてキューバ移民について分析した研究では移民の流入は影響がないとしています。しかし、ボージャスは労働者の分類に基づいた分析を行い、学歴や職歴が移民と似た労働者で比較すると、移民は同じ区分の市民の給与を引き下げると主張しました。
 しかし、これには反論もあります。オッタビアーノとピエリの研究によれば、移民は元からいた移民の賃金を引き下げるものの、市民の賃金に関しては引き上げると言います。移民と市民は別の仕事につくのです(つまり補完的な関係)。
 ただし、難しいのが移民の格下げ問題と呼ばれるものです。移民は言葉の問題などもあって本来の学歴よりも賃金の低い仕事につくことが多く、移民の技能労働者が市民の単純労働者と競合するケースもあるのです(30p図表1-4参照)。
 移民が市民の雇用状況に与える影響はこのようにはっきりしない部分も多いのですが、「移民によって雇用環境が悪化する市民層がいそうなことは確かだ」(43p)と著者は述べています。

 第2章は移民によって経済成長が起こるのかということが検討されています。 
 まず、労働者が国境を超えて移動するようになると経済は1.7〜2.5倍に成長すると考えられています。これは途上国の労働者が設備の整った先進国で働くようになれば生産性が上がるからです。しかし、この試算は途上国から数十億人が移動するような仮定のもとでのものであり、現実的ではないですし、ここまで人口構成が変われば途上国の非効率なしくみが先進国に持ち込まれる可能性もあります。

 間接的な効果としてな、移民が増えると貿易が増えるというものがあります。これは移民のネットワークが取引を円滑にし、貿易を促進するからです。
 データでもアメリカにいる移民と彼らの出身国との貿易には正の関係があるといいます(54p)。ただし、影響は輸出よりも輸入のほうが大きいそうです。また、移民と知的財産貿易にも関係があると考えられ、アメリカにいる移民が増えるとアメリカの知的財産収入が増えるとの研究があり、この傾向は日本に関する研究でも確認されています(59-61p)。

 さらに海外から直接投資に関しても移民の数と関係があると言われています。日本においても移民が増えると移民のネットワーク効果で海外からの直接投資が増えるという研究があります。ただし、短期的には移民が増えると直接投資が減るという傾向もあります。これは移民が増えればお金(投資)が必要なくなるからだと考えられます。
 しかし、長期的には直接投資を増やす効果があると考えられ、技能労働者を受け入れると直接投資が増える傾向があります(逆に非技能労働者は直接投資を減らす(64-68p))。また、海外からの観光客にも直接投資を増やす効果があると言われています。
 
 第3章では具体的な職種(看護師と建設労働者)に絞って移民の影響を分析しています。
 看護師は多くの先進国で不足気味で、日本でもインドネシア、フィリピン、ベトナムから看護師候補者を受け入れています(ただし試験の合格率は2018年で17.7%と低い(82p))。
 アメリカの研究によれば、移民の看護師を受け入れると市民の看護師は減る傾向にあります。長期的データを用いた研究によると、移民の看護師が増えると、特に45〜54歳の市民看護師が辞める傾向があり、移民看護師への依存が高い州ほど看護師資格試験を受験する市民の数を減少させています(80-81p)。賃金が下がったわけではないのですが、コミュニケーションがとりずらいなど、職場環境が悪化したと考える人が増えたのかもしれません。

 建設労働者も日本では不足が叫ばれています。ノルウェーでの研究では、移民の建設労働者を受け入れた場合、配管や電気設備などの免許などが必要な職種では賃金は低下しませんが、塗装や大工などの免許などが必要のない分野では賃金の伸びを抑制するはたらきがあります(86p図表3-2参照)。また、建設業から退出してしまう人も多く、辞めた人の36%は生活保護などの公的福祉給付金を受けていました(87p)。一方、消費者にとっては建設サービスの価格が低下するという恩恵があります。
 日本でも建設業で働く外国人は急速に増えており、影響が出ることも考えられます。

 移民は女性の社会進出を後押しする可能性もあります。アメリカの研究では1980〜2000年までに流入した単純労働者の移民は賃金の高い女性が働く時間を週あたり20分増やしたといいます(92p)。移民が家事労働などをしてくれるからです。
 ただし、だからといって仕事をしていなかった女性が働くようになるわけではなく、あくまでも恩恵を受けるのは賃金水準の高い一部の女性です(ちなみにここでは働く女性が増えると高卒男子の賃金が低下し、大卒男子との格差が拡大するというアセモグルの研究も紹介している(95-96p))。
 
 第4章では、移民が生活や住宅、税、社会保障にどのような影響を与えるかが分析されています。
 移民が来ると安く買い物ができるようになって購買力が上がるという研究があります。しかし、その内実を見てみると得する人と損する人がいて、損する人は「高校を卒業していない市民」となっています(104p)。高学歴の技能労働者は家事代行サービスの価格低下などによって恩恵を受けますが、低学歴の単純労働者は移民による賃金低下がサービス価格の低下以上に響いてきます。「国全体では恩恵があっても、そのために社会的弱者が犠牲になる」(107p)のです。

 住宅に関しては、移民が増えればその分需要が増えるので住宅価格は上がるのではないかと考えられます。80〜90年代のアメリカでは都市人口の1%に相当する移民が流入すると家賃や住宅価格がだいたい1%押し上げられるという研究がありますし(113p)、外国人観光客が増えた倶知安町などは地価が上昇しています。
 一方、移民の流入が住宅価格を下げるとの研究もあります。イギリスの2003〜10年までのデータによると、地域人口の1%に相当する移民が流入すると住宅価格が1.7%下がるそうです(117p)。これは、移民が増えると所得の高い市民がその地域から出ていくからだと考えられます。高所得の市民と低所得の移民が入れ替わるわけです。
 一見矛盾する現象ですが、答えとしては「狭い範囲では下がり、広範囲では上がる」ということになります。このため、所得による住み分けが加速する可能性もあります。

 税と社会保障に関しては、移民は税をあまり払わず福祉の給付を受けることも多いためにマイナス要因だと考えられることもあります。しかし、イギリスの分析では、移民は社会保障を受けない傾向にあり財政的に貢献するとの結果が出ています。ただし移民によっても違いがあり、中東欧地域以外のEUからきた移民の財政的な貢献は大きいですが、EU以外から来た移民の貢献の度合いは低いです(125p図表4−4参照)。一方、アメリカでは移民の財政的貢献が低いとの分析も出ています。この背景にはやってくる移民の能力が影響を与えている可能性もあります(アメリカにやってくるメキシコからの移民はイギリスにやってくるポーランドからの移民よりも学歴や技能が劣っているのかもしれない)。
 日本に関する研究では、日本が日本人並みの生産性を持つ移民を毎年20万人ずつ受け入れれば、2070年に必要な消費税を36.41%から32.37%に抑えられるというものがありますが(132p図表4−5参照)、これはかなり多くの仮定を置いたものです。
 
 第5章がイノベーションとの関係について。これにも2つの影響が考えられています。
 1つは単純労働者が流入することで技術革新が停滞するという考えです。これは賃金の低い労働者が増えることで機械の導入などが遅れるからです。実際、アメリカの88〜93年にかけての分析では低技能労働者が増えると、工場で追加される技術が減るそうです(139p)。
 日本でも外国人の単純労働者の増加は技術革新を遅らせるかもしれません。ただし、それがそうした産業で働く日本人の雇用を守る可能性もあります(移民が来なければ海外に移転してしまうかもしれない)。

 一方、高技能労働者は技術革新を促進すると考えられています。アメリカでは工学博士に占める移民の割合は47%であり、特許出願者の25%が移民です(143p)。
 しかし、移民が市民の研究ポストを奪っているとの指摘もあります。また、留学生を分析すると自費で来た留学生よりも、奨学金などを得て来た留学生のほうが知識の生産に寄与しているといいます。またSTEM(科学、技術、工学、数学)の分野に関しては移民によって市民の雇用にしわ寄せが来ているということをうかがわせる研究もあります(147−149p)。
 高技能の移民は短期的には発明などを増加させると考えられます。ただし、長期的に見ると当該分野から市民を締め出しているのかもしれません。大まかに言うと移民と市民は補完的なのですが、細かい分野でいうとそうとは言えないケースもあります。ソ連が崩壊すると、ソ連の数学者の多くがアメリカに渡りましたが、それによってアメリカの数学者(微分方程式の分野)の生産性が引き下げられたという研究もあります(154−155p)。

 移民については出身国を選別するべきだという議論もあります。外交官には外交特権があり、駐車違反をしても罰金を支払わなくて済むのですが、基本的に低腐敗国出身の外交官は駐車違反をあまりせず(日本はゼロ)、高腐敗国出身の外交官ほど駐車違反をする研究があります(レイモンド・フィスマン+エドワード・ミゲル『悪い奴ほど合理的』第4章参照)。これをみると腐敗度の高い国からの移民が増えれば、さまざまな問題が起こるような気もします。ただし、これは外交官という短期的に滞在する人の振る舞いで、長期的に暮せば変わってくるのかもしれません。
 また、どのような移民を求めるかでおのずから移民の出身国は決まってくるとも考えられます。例えば、サービス業の人手不足を解消したいのであれば、やってくるのは所得格差が大きく単純労働者の賃金が低い途上国からの移民ということになるでしょう。なお、同じ学歴ならば貧しい国出身より豊かな国出身の移民が成功するという傾向があるそうです(163p)。

 第6章では移民が治安や社会にどのような影響を与えるのかが検討されています。
 パットナムは民族的に多様性が高い地域に住む人ほど人を信じない傾向があるとの研究を発表し、衝撃を与えました。民族的な多様性は短期的には「社会的孤立」を生み、社会関係資本を損なう可能性があるのです(パットナムは長期的には変わる可能性も指摘している)。
 ただし、この研究に対しては、ヒスパニックや黒人が白人よりも他人への信頼が薄いことから起こっている現象に過ぎないというアバスカルとバルタサーリの反論もあります。また、経済的な満足度が他人への信頼に結びついている面もあり、民族多様性がそのまま他人への信頼の有無に直結しているわけではないというのです。

 移民が犯罪を増やすとの議論もありますが、イギリスでの研究では凶悪犯罪を増やすことはないとされています。イギリスでは90年代後半から00年代前半にかけてアフガニスタン、イラク、ソマリアなどからの難民が増えました(第一波)。さらに04年から東欧からの移民が増えました(第二波)。分析では第一波は窃盗犯罪を少し増やしましたが、第二波では逆に減りました。これは就業機会の差が影響したのではないかと考えられています。
 アメリカでの研究においても移民と犯罪の増加は関係ないという研究がほとんどですし、外国人が増えると犯罪が増えるという確たる証拠はありません。また、不法移民を追い出すか(ムチ)、不法移民に法的地位を与えるか(アメ)という2つの政策では、アメのほうが犯罪率を引き下げる効果があります。
 また、移民が伝染病を持ち込むことに関しては、あまり心配する必要はないようです。

 移民政策への賛否に関しては、高技能労働者は移民に賛成し、低技能労働者は移民に反対する傾向があります(本書で示された損得と一致する)。また、高技能労働者が多い国ほど移民に賛成する傾向が強く、多文化共同体が好ましいと考える人ほど移民に賛成します。
 ただし、日本では「日本社会の一員になるために、日本語の支援などを積極的に支援すべき」と考える同化主義的な考えを持つ人が移民の受け入れに積極的です(200−201p)。日本では移民の日本語能力や文化の受け入れが世論に大きな影響を与えるかもしれません。

 終章では、現在の日本の状況を踏まえて、変化を望まない「現状維持」、移民を受け入れる「多文化共生」、AI・ロボット社会を推進する「技術革新」という3つのシナリオを提示しています。優劣はつけていませんが、著者自身は自らのアメリカでの経験から移民の受け入れにある程度楽観的な考えを示しつつ、次のように述べています。
 
 言葉は良くないが、誰が受益者となり、誰が被害者となるのか。こういった陰鬱で繊細な問題にも目を背けることなく、しっかりと考えていく必要が出てくる。もし、率先して変化を推進するのであれば、私たちはこうした可能性を受け入れる覚悟が必要なのだ。政治家がよく口にするWin-Win(ウィン・ウィン)となることはあまりない。(214p)

 比較的短い本にも関わらず長々と書いてしまいましたが、それだけ問題は複雑だということです(実際、ここで紹介した研究には言及できなかったいろいろな但し書きがある)。そして、本書はその白黒つけにくさを誠実に紹介している本と言えるでしょう。
 エビデンスが出ればおのずから取るべき政策は決まってくるという風潮もありますが、移民問題くらい大きな問題になると簡単に答えは出ません。それでも、やはりエビデンスの積み重ねは有用であり、それを踏まえた議論が必要だということを教えてくれる本ですね。