先月刊行された友原章典『移民の経済学』(中公新書)はなかなか面白い本でしたが、2ヶ月連続で同じレーベルから同じく移民をテーマとして刊行された本書もまた面白い!
 データをもとにして移民を受け入れたときの経済や社会への影響を分析している点は同じですが、『移民の経済学』が主に海外の経済学者による研究を中心に検討しているのに対して、本書では「移民と日本社会」というタイトルに沿う形で、移民が日本社会に与える影響をさまざまな角度から検討しています。
 そして、本書はこの「さまざまな角度」の充実ぶりが素晴らしいです。大量の先行研究に目を通しており、移民をめぐるさまざまな実態と論点を知ることができます。また、最後に出てくる「移民問題」というわかりやすい看板の下で、社会の本質的な問題が隠されているのではないかという視点も良いと思います。

 目次は以下の通り。
序章 移住という現象を見る
第1章 日本における移民
第2章 移民の受け入れの経済的影響
第3章 移民受け入れの社会的影響
第4章 あるべき統合像の模索
第5章 移民受け入れの長期的影響
終章 移民問題から社会問題へ

 移民問題を扱うときに、まず問題となるのが「移民」の定義ですが、本書では「生まれた国から一時的なものも含め、他の国に移り住んだ人」(4p)としています。ただし、日本の統計でこの人数を確定させようとすると、日本で把握されているのは本人および親の国籍だけなので、「外国生まれ」の人を正確にはカウントできません。おおよその推計として人口の1.2〜2.0%が本書の定義する移民にあたるとしています(10p)。
 また、是川夕の推計によると、現状程度の増加が続いた場合、両親のいずれかが外国籍である人(とその子孫)までを含んだ移民的バックグラウンドを持つ人は、2065年には12.0%まで増加すると推計しています(11p)。

 移民が起こる要因としては、送り出し国での貧困や差別、紛争などのプッシュ要因と、受入国の雇用の機会、政治の安定などのプル要因があると言われていますが、それ以外にも移民の社会的ネットワークの存在も大きいといいます。一定の規模の移民社会ができあがると、その国の出身者は移住しやすくなっていくのです。
 さらに、国際結婚や日本の技能実習生制度などでは仲介業者が介在しているケースもあります。こういった業者も移民を行き先を左右することがあります。

 日本では長年、単純労働で働く外国人労働者を受け入れを拒否していましたが、バブル景気のころから受け入れの需要は高まり、1980年代後半以降、日系ブラジル人・ペルー人の受け入れ窓口となった定住者資格制度、技能実習制度の前身となる「研修」の在留資格などが創設されます。
 日本では、小井土彰宏と上林千恵子の表現によれば「技能実習制度、留学生政策など、個々の政策が、異なる領域でそれぞれに由来する「政策的正統性」を根拠に形成された結果、「移民政策の断片化(fragmentation)が構造的に進行し続け」」(29p)ることとなりました。
 
 一方、専門職に関しては受け入れが進められてきましたが、塚崎裕子によれば「日本の「専門職」移民に付与される在留資格は、一般には専門職とみなされない職務を含む、きわめて日本的なもの」(32−33p)となっています。
 例えば、専門職移民を雇っている企業のうち、37.7%が販売・営業職であり、19.0%が生産・製造、専門職としてイメージしやすい研究関係18.4%やシステム開発・設計の18.0%を上回っています(33p)。また、2018年に就職した留学生の勤め先としては、従業員50人未満の企業が36.9%と最も多く、五十嵐泰正の表現を借りれば「日本の企業で働く専門職移民の多くが、「「イノベーションをもたらす」即戦力」というよりも、「日本企業のマスに近い人材」であり、「定着思考の強いホワイトカラー職の外国人」である」(34p)のです。

 2012年に導入された高度人材ポイント制度に関しても、大石奈々の指摘によれば「すでに日本に滞在している移民の定住化政策としての機能を果たしている」(37p)状況です。
 日本の専門職移民は受け入れは企業主導で行われており、どのような人をどれだけ受け入れるのかという点も企業のニーズによって左右されているのが現状です。
 留学生も名目的には「高度人材獲得」のための国家戦略として打ち出されましたが、留学生の専攻分野は社会科学34.5%と人文科学24.0%で工学17.0%を上回っています。これはイノベーションの担い手としては少しずれますが、日本の企業が求めるのが国内外をつなぐブリッジ人材だと考えると納得の行くデータです。また、留学生の中には就労のほうがメインの「出稼ぎ型」もいると考えられますが、留学生の年齢別のアルバイト率は日本人学生を下回っています(43p)。

 日本では単純労働移民を原則的に受け入れていないので、そうした仕事についている外国人は「サイドドア」と呼ばれる他の目的で作られた制度を使っているか、あるいは「バックドア」と呼ばれる不法移民になります。
 サイドドアの代表例が日系人の定住者資格制度と技能実習生です。日系人は三世までは日本に滞在する資格がることになっており、失業しても日本に滞在できます。ただし、リーマンショック後、政府は支援金を提供し、帰国を促す政策をとりました。また、2018年の出入国管理法の改正で四世まで受け入れが広げられましたが、年齢は18〜30歳、家族の帯同は認めず、滞在年数の上限は5年と、一時的な労働力のみとして受け入れる形になっています。
 リーマンショック時には技能実習生よりも日系人が先に解雇される傾向がありましたが、これは実習生の方が相対的に賃金が低く、転職ができないために雇用の継続が期待できるからだと考えられます。

 技能実習生制度に関しては今までも多くの問題点が指摘されてきました(例えば、望月優大『ふたつの日本』(講談社現代新書)など)。大きな問題点は雇用先を移動する権利を持たないことで、低待遇に留め置かれる大きな要因となっています。ただし、技能実習生の受け入れの有無にかかわらず労働基準監督署が監督指導を行った企業の法令の違反率はあまり変わらないということで、残業代の不払いや長時間労働は日本の労働者にも共通する問題とも言えます(57p)。
 「バックドア」である不法就労者はリーマンショック以後減少し、近年は微増となっていまう(60p図1−8参照)。現在不法就労者数は1万人ほどです。
 
 近年では介護や看護の分野で外国人労働者の受け入れが行われています。日本はEPAによってインドネシア、フィリピン、ベトナムの3カ国からこれらの人材を受け入れていますが、看護師試験の合格者数は日本語の問題もあって低迷しています。介護福祉士試験の合格者は健闘していますが(64p図1−9参照)、合格者の1/3はすでに帰国しています(65p)。これらの人々は医療の一環として介護を捉える母国の考えと、雑用や日常的介助まで含む日本の介護の考えの違いにギャップを感じているケースが多いと考えられます。
 また、ケア労働の担い手として無視できないのが結婚移民です。80年代から農家の男性が外国人の妻を迎えるケースが目立ち始めましたが、2006年まで、この日本国籍の男性と外国籍の女性の結婚は増加傾向にありました(70p図1−11参照)。これらの人々もケアの担い手となっていると考えられます。
 難民に関しては受け入れ数が非常に少なく問題視されています。これは日本が難民条約における難民の定義を厳密に適用しているせいでもあります。また、難民認定申請者に対する経済的な支援も限定的です。

 では、移民の増加はどのような経済的な影響をもたらすのか? これについて答えようとしているのが第2章です。ただし、友原章典『移民の経済学』と被る部分もあるので、ここでは日本について影響だけをとり上げます。
 『移民の経済学』でも書かれていたように、移民が国内労働者の労働条件を悪化させるかどうかは、両者が代替関係になるのか。補完関係になるのかがポイントです。移民の就く仕事が日本人と被るかどうかがポイントになるのです。
 しかし、2015年のデータではどの雇用形態どの職業でも移民のシェアは非常に小さく、今あるデータから傾向を読み取ることは難しくなっています。
 
 ただし、特に女性に顕著ですが生産工程で働く移民は多いです。しかも、ラテンアメリカ出身者で見た場合、出身国でブルーカラーに就いていたのは4.9%であるのに対して、日本でブルーカラーに就いているのは83.2%になります。その他の地域でも欧米諸国以外からの移民はブルーカラーに就く割合が高く、彼らがもともと持っている技能とは関係なく職種が決まっているとも言えます(99p表2−1参照)。
 
 日本の労働市場に対する影響に関する研究はまだ少ないですが、中村二朗らの研究によると賃金への影響は少なく、影響がある場合は賃金を高める、一方女性に対しては退出を促す効果があるとのことです。また、小崎敏男の研究では、移民労働者比率が10%増加すると、実質賃金が0.35%増加し、雇用が約1%削減される。女性の就業率は約1.2%低下するとの試算(男性は影響なし)を行っています(102−103p)。
 これは雇用を、長期で賃金の高い第一次雇用と、短期で賃金の低い第二次雇用に分けた場合、移民が参入するのは第二次雇用で、そこで同じく第二次雇用が多い女性とバッティングしているからだと考えられます。
 リーマンショック時においては、日系人がまっさきに解雇され、女性や高齢者などの非正規雇用に置き換えられるという現象も起きました、女性や高齢者の第二次雇用の労働市場への参入が移民の労働条件を悪化させることもあるのです。

 移民の受け入れは経済成長の起爆剤としても期待されています。
 まず、技術革新を促進するか? という点ですが、ここでも高技能移民が技術革新を促進するという影響と、低技能移民が技術革新を遅らせる(低賃金で人が雇えるので機械の導入などが遅れる)という影響の2つが考えられます。後者に関しては、外国人比率が増加した地域で労働集約的で技能水準の低い企業の操業継続率が高いという研究がありますが(112p)、前者に関しては実証的な研究は進んでいません。

 社会保障への影響に関しては、まず、人口減少を止めるには年75万人の受け入れが必要になります。人口減少が止められなくても、年20万人、あるいは10万人の受け入れでも現役世代の社会保障負担は軽くなります(114p)。ただし、移民の出生率の高さは、イスラム諸国出身者を除いて世代を経るごとに小さくなり、受入国と変わらない水準になっていくそうです。実際、日本でもフィリピン籍とベトナム籍を除くと出生率は日本人を下回っています(117p)。
 
 第3章では社会への影響を見ていますが、まずは「移民は犯罪を増加させるのかという問題が取り上げられています。
 序章でとり上げられている2017年の調査では69%の人が移民が増えると犯罪が増える(そう思うとややそう思うの合計)と考えているわけですが(21p図P−6参照)、データからは移民が増えると犯罪が増えるという関係は支持されません。
 外国人受刑者を対象にした調査によると、外国人受刑者が日本人受刑者に比べて検挙のリスクを低く見積もっているそうですが、だからといってそれが犯罪を誘発しているというようなデータはありません。
 日本人の持つ不安に関しては、例えば窃盗団が詰まった時、外国籍であれば「○○人窃盗団」と報道される一方、日本人だと「重機窃盗団」のように窃盗の対象となったものが使われるといったことが船山和泉によって指摘されています(142p)。

 移民が直接犯罪に手を染めなくても、移民の増加が地域のつながりを希薄化し犯罪が増えるという議論もあります(この場合、犯罪をするのは移民とは限らない)。ただし、アメリカにおける研究ではこの傾向は否定されていて、むしろ減少させるという報告もあります。これは移民の流入が地域を活性化させるからだと考えられます。

 よく「外国人はゴミ出しのルールを守らない」といった声があがりますが、日本人全員がゴミ出しのルールを守っているわけではありません。移民の問題行動だけではなく、ルールからの逸脱を抑制する地域の力「集合的効力感」の問題と捉えたほうがよいのかもしれません。切手を貼った手紙をわざと落として、それが投函されるかどうかを調べる研究では、民族的多様性の高い地域の方が手紙が投函される率が低く信頼や協力が薄いことがうかがえますが、一方、移民が一定の規模、あるいは一定の時間が経てば投函率は変わらないとの研究もあります(152−154p)。
 移民が少ない日本では欧米のような大規模な調査は難しいですが、日系ブラジル人社会へのフィールドワークなどからは、問題解決の回路しては「人材派遣業者」と「日本語学校」があること、自治会活動への巻き込みがトラブル防止の鍵になること、また、公営住宅のほうがルールの共有がしやすいことなどが明らかになっています。

 また、本書では移民が被害を受けるケースも検討しています。ヘイトクライムによって移民が暴力を受けたりするケースです。
 日本でもヘイトスピーチが問題になっていますが、アメリカではトランプ大統領がムスリムに対する否定的なツイートをすると、否定的なツイート、さらにヘイトクライムも増加するという研究や、ヒスパニックに対する差別的ツイートが、アリゾナにおける不法移民の厳格に取り締まる法律の制定によって増加したと行った研究もあります(170−171p)。

 移民をある程度受け入れるとして、「ではどのような社会を目指すべきなのか?」という問題を取り扱っているのが第4章です。
 1つの方向性として多文化主義があります。複数文化を承認し、教育でも多言語教育や多文化教育を進めるのです。カナダやオーストラリア、イギリス、オランダ、スウェーデンなどで採用されました。ちなみにキムリッカの多文化主義指標だと日本のスコアは0です(このスコアはデンマークと同じ(181p表4−1参照))。
 しかし、この多文化主義は90年代以降弱まりを見せています。多文化主義は居住の分離を進め、結果として移民を貧困に追いやるとの批判が出てきたのです。また、多文化主義を反転させてマジョリティの文化を強く主張する動きも出てきました(このあたりは水島治郎『反転する福祉国家』を参照)。
 
 代わって打ち出されたのが「市民的統合」です。これは移民に対して語学教育や市民教育を行うことで、その国の価値観を身に着けてもらい、市民社会に溶け込んでもらおうとするものです。
 ただし、多文化主義が完全に否定されているわけではなく、オランダやイギリスでは多文化主義と市民的統合の政策が同時に進められています。一方、デンマークやドイツは市民的統合が強く多文化主義は弱いです(191p図4−4参照)。
 この2つの政策の優劣ですが、例えば、英語という移住前から慣れ親しみやすい言語を使用しているイギリスと、移住前に接する機会があまりないドイツ語を使用しているドイツを比較するのは難しく、簡単に結論を出すことはできません。

 また、一口に外国人の受け入れと言っても、入国許可、永住許可、国籍付与という3つのゲートがあります。この永住許可を持った人を「デニズン」と呼ぶこともあります。
 202−203pの表4−2に各国の永住権取得と国籍取得の条件が書かれていますが、これを見ると、日本は永住権取得に必要な年数が10年とやや長いですが、語学能力などを求めていないのが特徴です(ドイツだと年数は5年だが、語学能力と市民統合のコースと試験を受ける必要がある)。また、国籍取得については二重国籍を認めていないこともあって日本は厳しいと言えるでしょう。
 永住権と国籍取得の差ですが、日本では永住権の保有者に選挙権・被選挙権が認められていなこともあって政治の分野では差が大きいです。また、国籍取得の効果ですが、欧米の研究では国籍取得によって移民の雇用状況が改善する効果が確認されています。特にこの効果はヨーロッパのEU圏外出身者、低学歴者などに大きく、社会的統合の促進も期待できるとの研究もあります(209−211p)。

 第5章では移民受け入れの長期的な影響を検討しています。移民が定住すれば第2世代が誕生します。一般的に移民第2世代は第1世代よりも統合が容易だと考えられます。しかし、ネイティブと比べると移民第2世代は成績下位層になりやすいですし(ただしアメリカとオーストラリアをのぞく、221p図5−2参照)、ドイツ、スウェーデン、イギリスでは第1世代よりも高等教育を受ける率が低く(223p図5−3参照)、失業率もネイティブに比べて高くなっています(224p図5−4参照)。
 この背景として、二極化した労働市場と人種差別、反学校サブカルチャーがあります。先進国ではブルーカラーの職が減っており、移民の第2世代が安定した職につくのが難しくなっています。そうした中で、人種差別などもあり、移民第2世代は反学校的、逸脱的な文化に染まりやすいのです。

 では、第2世代はどのようによい学歴や職を獲得できるのか? 1つは親の力や受入国の制度によってであり、もう1つはエスニック・コミュニティの力によってです。エスニック・コミュニティといってもピンとこない人もいるでしょうが、例えば、在日コリアンは高い学歴があっても大企業への就職などが困難だったため、エスニック・コミュニティ内の相互扶助によって地位達成を遂げました(240p)。一方、90年代以降の移民ではこうしたエスニック・コミュニティを通じた地位達成はあまり観察されないようです。
 学歴に関しては、高校の在学率を見ると母親が中国籍、フィリピン籍の場合、日本国籍よりも低いものの85%以上ですが、ブラジル籍は80%を割り込んでいます(237p表5−2参照)。大学進学に関しては韓国・朝鮮籍、中国籍は日本国籍とほぼ同じですが、フィリピン籍、ブラジル籍ではかなり低い状態にとどまるとのことです。
 また、学校に関しては「すべての子どもを平等に取り扱う」という日本の学校の原則が、異なる文化を持つ者を逸脱者としてしまう点も指摘されています(243p)。

 終章では今までの知見をまとめていますが、1つのポイントは日本が用意する制度によってどんな移民が来るか(あるいは来ないか)が決まってくることです。例えば、移民と地域社会の関わりが近隣トラブルを減らしますが、移民を短期的/フレキシブルな雇用に当てはめるような制度では地域社会との関わりは生まれにくいでしょう。政治的権利の付与や国籍に関しても、そこに高い壁を置くことは1つの考えですが、国籍付与や政治参加は移民を社会に統合させる機能も持っています。
 また、「移民問題」の裏には日本人も直面している問題があります。地方の人手不足、介護人材の不足、地方における結婚相手の不足、移民によってこれらの問題は一時的に糊塗されるかもしれませんが、根本的な問題は残り続けます。リーマン・ショック時には日系ブラジル人の問題がクローズアップされましたが、その裏には日本人にも関係する非正規雇用の生活保障の問題があったのです。

 それほど厚い本ではないのにまとめを長々と書いてしまいましたが、これでも欧米を対象とした分析の部分はけっこう省いており、興味深い内容が詰まった本です。とにかく、移民問題をめぐるさまざまな先行研究が紹介されており、今までに気づきにくかった論点も知ることができます。 
 著者のオリジナリティがないといった意見もあるかもしれませんが、これだけの内容と論点の提示を新書という媒体で成し遂げた著者の仕事ぶりは文句なしに素晴らしいと思います。