数々の著作を世に送り出してきた(新書だと『日本政治の対立軸』、『日本型ポピュリズム』、『ニクソンとキッシンジャー』(いずれも中公新書〕など)政治学者が平成の政治を振り返った本。内政だけでなく外交もとり上げていますし、また、自民党や民主党だけでなく。公明党や共産党、さらには幸福実現党にまで紙幅をとって分析しており、カバーしている範囲は広いです。

 ただし、平成の政治史をしっかりと把握したいのであれば、同じちくま新書の清水真人『平成デモクラシー史』をお薦めします。日経新聞の記者の書いたものですが、こちらのほうが政治学の最新の知見を盛り込みながら書かれています(外交面についてはそれほど書かれていないので、外交について知りたければ宮城大蔵『現代日本外交史』(中公新書)を読むといいです)。
 というわけで、「勉強」するための本としてはあまりお薦めできないのですが、読み物としての面白さはあります。それは、例えば大下英治を参考文献にもってきて政局を描いている部分だったり、幸福実現党の釈量子に自ら話しを聞きに行くフットワークだったりするのですが、個人的にポイントだと思ったのは社会運動への注目だと思います。
 以下では、そうした本書の特徴に注目しながら、面白かった部分を拾っていきます。

 目次は以下の通り。
序章 一九九〇年代における日本政治の転換
第1章 平成の自民党1―竹下登内閣から小泉純一郎内閣まで
第2章 日米構造協議と日本異質論
第3章 平成の自民党2―第一次安倍晋三内閣から麻生太郎内閣まで
第4章 平成の社会運動
第5章 原発推進と脱原発
第6章 民主党政権
第7章 創価学会と公明党
第8章 日本共産党
第9章 平成の自民党3―第二次安倍内閣以後
第10章 平成の日本外交
終章 民進党から立憲民主党へ

 第1章のはじめで、「「平成」は、リクルート事件で幕を開けた」(43p)とあるように、平成の政治は古いタイプの自民党政治の動揺から始まりました。この後、竹下派の分裂、細川非自民連立政権の誕生と、それまでの55年体制が崩壊し、政治は流動化していくことになります。
 ここで一般的な政治学者であれば、この流動化の制度的な要因を探ったり、あるいは、その背景にある人々の意識や価値観の変化を探ったりするのでしょうが、本書はその流動化をそのまま書き記しているのが1つの特徴と言えます。
 
 ただし、この流動化は昭和の終わりとともに始まったわけではなく、著者によれば、日本の政治は1975年に大きな転換点を迎えていたのです。
 著者によれば、75年には次のような転換があったといいます。1・防衛問題が周辺化・マージナル化した、2・日本労働組合総評議会(総評)の急進的労働運動が終焉した、3・ネオリベラリズムが登場し政策化されていった、4・新自由クラブを嚆矢としてポピュリズムが登場した、5・第二波のフェミニズムが定着・制度化した(リブが退場し、行政フェミニズムが女性政策をリードした)、の5つの転換です(19-20p)。
 ちなみに「ポピュリズム」に関しては、著者は「議会や政党を飛び越して有権者に直接アピールする手法」(47p)という意味に用いており、美濃部亮吉や土井たか子、日本新党もポピュリズムとして理解されており、一般よりも広い範囲で使われています。

 また、ネオリベラリズムに関しても、第2章を読むと著者がやや一般の見方とは違う見方をしていたことがわかります。ネオリベラリズムというと大企業を優遇し、非効率な中小零細を淘汰する考えのような印象ですが、著者は自営業や中小企業経営への新規参入が強かったことを指摘し、「そして自営業者や自営業主に転出したいと望んでいる層は、反組合、反福祉国家という「日本型」ネオリベラルの政治文化を濃厚に示し、日本における「小さな政府」の担い手となってきた」(84p)と述べています。
 「小さな政府」というと中曽根政権の行政改革あたりから日本でも目指されたような印象がありますが、著者によれば日本は一貫して「小さな政府」であったのです(それは、例えばGDPに対する政府支出の割合などからもわかる(84p))。

 第1章「平成の自民党1」と第3章「平成の自民党2」は、基本的に政治の流れを追ったもので、所々に著者ならではの着眼点や政局的な面白さはありますが、知っている人は知っている話なのでここでは割愛します。
 一方、社会運動を扱った第4章と第5章は類書にはあまりない部分と言えるでしょう。

 第4章では、まず日本会議がとり上げられています。
 日本会議の中心メンバーは60年代後半〜70年代の右翼的な学生運動・生長の家の出身者で、「下から」の運動を展開していきました(現在は生長の家とは袂を分かっている)。この日本会議については「日本会議国会議員懇談会」の理事に安倍晋三と麻生太郎がついており、特に安倍政権の閣僚にこの会に所属している議員が多かったことから、非常に大きな影響力があるとも言われていますが、著者は次のように述べています。

 筆者は、日本会議の影響力は、日本会議について書かれた著作においては過大に評価されているとの判断である。それは何よりも選挙における集票力の弱さによく現れている。
 2016年の参議院選挙で日本会議系宗教団体が総力を挙げて支援した山谷えり子(自民比例区)の得票数は、25万票であった。創価学会の集票力とは較べものにならない。自民党が創価学会を頼りにするはずである。(117p)

 さらに本書は在特会やそこで問題となったヘイトスピーチの問題、フジテレビでの嫌韓デモ、愛国女子など、ふつうの政治の本ではそれほどとり上げられない社会運動に関してもとり上げています。深い分析がなされているわけではありませんが、在特会の部分で安田浩一の著作を引きながら「政治活動がもたらす「祭りの熱狂」こそが、社会運動の非日常性の魅力にほかならない」(129p)と論じています。

 そして、その流れでSEALDsにも触れています。彼らの政治的考えに関しては著者はやや批判的ですが(「SEALDsの指導者たちの鼎談を読むと、その議論があまりに独断的で、図式的だという印象を受ける(140p))、彼らの運動と、彼らと連動したシニア左翼に、かつてとは違う「明るさ」を見ています。

 第5章では原発問題がとり上げられています。ここでは原発利権や六ケ所村の再処理施設の問題などにも触れられていて、興味深い話も載っているのですが(マスコミの電力中央研究所への天下りとか)、やはり中心は反原発運動でしょう。
 反原発運動は、原発の建設に反対するものから始まりますが、「反原発運動は単に脱原発を目指すだけでなく、運動としての民主主義のあり方(直接民主主義)や参加者のライフスタイルを問い、「オルタナティブ」な生き方を目指しものでもあった」(156p)のです。
 特に3.11後の反原発デモは、沖縄を除く日本において久々に大規模なデモを復活させたものでもあり、デモには女性の姿が目立ち、新しい社会運動のあり方を示しました。ただし、2011年の統一地方選挙で脱原発を訴えて勝利したのは世田谷区長の保坂展人くらいであり、環境運動が緑の党という政党に成長したドイツなどと比べると、そこが大きな違いとなっています。

 第6章は民主党政権をとり上げていますが、それほど目新しい論点はないです。それよりも本書の特徴は第7章で公明党、第8章で共産党を分析している点でしょう。
 公明党と共産党は「日本では珍しい組織政党」(199p)ですが、やはり、近年になって変革を迫られています。

 公明党はご存知のように創価学会を支持母体とした政党であり、創価学会の活動と公明党の選挙運動が結びついていることはよく知られています。この選挙活動は強い一体感を生むものとして創価学会の求心力を高めるものとなってきましたが(以前は「文化祭」もあったが現在は開店休業中(205p))、近年では選挙を主にに考える学会員も増えているようです。学会員の高齢化も進んでおり、以前のように活動的ではなくなっているようです。
 また、著者は、公明党は結党時よりもかなり世俗化しているとして、国会議員にキャリア官僚や外資系企業の社員、弁護士などの経歴をもつエリートが増えていることに注意を向け、下部組織との意思疎通に懸念を示しています。
 
 共産党も公明党と同じく、というよりもそれ以上に支持者の高齢化に直面しています。本書では『赤旗』の勧誘・配達・集金に悩む党員の姿が紹介されています。
 ただし、近年の共産党はSEALDsに接近するなど、若者や主婦などの「柔らかい支持」を得ようとしており、また、それにある程度成功しています。本書では、「あるジャーナリストは志位を、自民党の亀井静香と並んで今テレビの寵児と言えると評している」(236p)との声を紹介していますが、それはどうなのかな? と思いました。
 また、地方議員が強いのも共産党の特徴で、本書では市民相談に奔走する地方議員の姿も書かれています。
 組織政党でありながら、「柔らかい支持」の獲得を模索しているという点で、公明党と共産党は共通点を持つと著者は見ています。

 第9章では第2次以降の安倍政権がとり上げられていますが、ここもそれほど目新しい話はないです。菅官房長官を中心とする官邸の特命チーム体制中心の体制に触れ、「かくて自民党は利益誘導政治から(国家をめぐる)理念型政治に変わった」(259p)と論じていますが、今回の新型コロナウイルスへの対応などをみると、そういう印象は持ちにくいかもしれません。

 第10章は日本の外交を扱っています。ここも基本的には今まで語られてきたことがまとめられているわけですが、PKOの派遣に関して外務省が一貫して積極的だったこと、自衛隊への評価などが印象に残ります。
 また、著者は他の部分でも見られるように中国をかなり警戒しています。一方、日本版NSCについては権限が重層的になること、警察官僚の進出を警戒しています。

 終章では立憲民主党を中心とした現在の野党をとり上げています。最初にも述べたように幸福実現党までとり上げており、しかも著者自らが釈量子にインタビューをして、4ページにわたって記述しています。
 
 このように紹介してきましたが、ここでとり上げた部分は実は枝葉的な部分かもしれません。メインはあくまでも自民党の分裂から始まり、民主党政権の誕生で新しい時代の到来を予感させつつ、結局自民党政権に戻っていった政局の流れであり、このまとめでは割愛した部分です。
 ただ、このメインの部分に関していは、政治の本を読んできた人には目新しさはないですし、きちんと勉強したい人には、はじめに述べたように清水真人『平成デモクラシー史』をお薦めします。
 
 ただし、本書がつまらないかというとそうではなく、政局に対する著者の着眼点には面白さがありますし、紹介してきた社会運動の話などは類書にはない面白い部分です。特に新しい社会運動を描くことで、現在の政治の流動化と、その流動化した政治を動かすものを考えさせる構成となっています。論理的な部分やエビデンスは薄いので、何かをきちんと論じるのには不向きな本ですが、平成の政治を考える上でのヒントを探る本としては面白いのではないでしょうか。