過去に技能実習生をとり上げた優れたルポというと、安田浩一『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社新書)が思い出されますが、同書が出たのが2010年。あれから10年経っているわけです。
 技能実習生制度に関しては多少改善がはかられているものの、失踪者が絶えないなど、相変わらずさまざまな問題が報じられています。それにもかかわらず技能実習生の数は増え続けています。その原因の最大のものは日本における労働力不足というプル要因ですが、本書はプッシュ要因にも注目しています。この10年で実習生の送り出し国のトップは中国からベトナムに変わりましたが、著者はそのベトナムで取材することによって日本を目指す若者が絶えない要因を明らかにしています。
 そして同時に、制度のはらむ問題や、実際にトラブルに見舞われた実習生、「ひどい」としか言いようのない管理団体の実態を明らかにしています。さらに鳴り物出入りで始まったにもかかわらず、特定技能が伸びない理由についても探っています。
 技能実習制度のみならず、今後の外国人労働者の問題を考える上でも非常に有益な内容になっている言えるでしょう。

 目次は以下の通り。
序章 ベトナム人技能実習生になりたい
第1章 なぜ、借金をしてまで日本を目指すのか
第2章 なぜ、派遣費用に一〇〇万円もかかるのか
第3章 なぜ、失踪せざるを得ない状況が生まれるのか
第4章 なぜ、特定技能外国人の受け入れが進まないのか
第5章 ルポ韓国・雇用許可制を歩く

 序章と第1章では、「成功した」ベトナム人実習生が紹介されています。
 ベトナムの送り出し機関の訓練センターでは軍隊式の訓練が行われています(これは安田浩一『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』の中国のものと同じ))。実習生は日本に行く前に半年間ここで集中的に訓練を受けるわけですが、みな真面目に取り組んでいます。
 ネットなどの発達で、日本でトラブルに巻き込まれる実習生もいるという情報は広がっているのですが、それでもベトナム人の若者は多額の借金を背負い、厳しい訓練を受けて日本を目指します。
 
 日本を目指す最大の理由はやはりお金です。ベトナムの農村では月収1〜2万円ほどが多いですが、技能実習ではうまくいけば3年で300万円ほどが貯金できます。成功した実習生はそのお金で家族に仕送りをし、家を建てます。著者は日本で言えば「3年で1500万〜2500万の貯金のチャンス!」という求人情報があるようなものだといいます(50p)。
 技能実習に関する情報はかなり出回っているようで、実習生に人気なのは電子部品組み立てや食品加工など屋内の工場での仕事です。これらの職種は安定した収入が見込める上に、残業もあります。一方、建設業や農業は不人気です建設業は雨だと稼げない場合がありますし、農家は労務管理がいい加減で残業がつかないことが多いからです。

 では、本当に300万も貯められるのでしょうか? 技能実習生の賃金は、例えば、東京の最低賃金で計算すると手取りは14万5千円程度、そこから家賃3万が差し引かれて11万5千、実習生の月に使う生活費はだいたい2〜3万円で、月に8万5千円貯金できます。入国後最初の1ヶ月は講習なので、働けるのは35ヶ月で順調に貯金できれば297万5千円、さらに年金の脱退一時金が30万円ほど入ってきて300万円を超えるわけです(63p)。
 「順調にいけば」という但し書きはつきますが、300万円の貯金というのは非現実的な数字ではないのです。

 実習生の中心は高卒または中卒ですが、大卒で実習生になるケースもあります。本書でとり上げられているダットさんはベトナムの最難関校の1つである国立ハノイ工科大学の出身で、ヤマハ発動機のベトナム法人から内定を得ていましたが、ベトナム最高クラスの初任給でも月4万程度であり、それならばということで実習生になりました。
 日本での給与は住居費なども差し引かれて月9万ほど、これでもベトナム最高クラスの初任給の倍以上になるわけです。そして帰国後は、ベトナムの日系企業の生産技術課長となり、月13万ほどをもらっています。技能実習を通じてステップアップするケースも有るのです。

 技能実習の名目は技術移転であり、途上国の労働者が日本で技術を身に着けて帰国することが期待されています。しかし、技能実習で要求されている前職要件(実習先の職業と同じ職業を経験している)はでっち上げられていることがほとんどで、帰国後も活かされるのは技術よりは日本語です。
 実習生は、帰国後、日本語を生かして日系企業で働いたり、送り出し機関の日本語教師などになっています。やはりベトナムの一般企業の賃金水準は低く、日本で高い賃金をもらったあとではなかなか勤めにくいといいます。そこで、給与のいい送り出し機関で働く者が多いのです。

 しかし、送り出し機関といえども、肝心の日本からの求人がなければどうしようもありません。技能実習には「企業単独型」と「団体監理型」がありますが、前者は大手企業が行うもので、技能実習生に頼る中小零細企業は後者のスタイルで実習生を受け入れています。
 「団体監理型」では企業は監理団体に求人を出し、監理団体が契約している送り出し機関に連絡を取り、そこから企業と実習生が契約する流れになります。ですから、送り出し機関としては日本の監理団体とのつながりが重要になるわけです。
 そこで、ベトナムでは監理団体に対するさまざまな便宜が図られ、接待も行われています。本書ではベトナムでの女性がサービスする店のでの接待の様子が紹介されており、また、実習生の通訳のサポートや日本語の教育費、そして失踪防止のコミットメントなど、本来は監理団体が行うべき仕事を送り出し機関が担っている実態が明らかにされています(99−101p)。
 送り出し機関からのキックバックも常態化していて、元実習生の送り出し機関の幹部は、著者の取材に「日本人は真面目で誠実な人が多いと思っていて、実際そうだった。だけど、送り出し機関に関わるようになって、こんなクソみたいな日本人がいるのかとびっくりしました」(108p)との言葉を残しています。
 
 では、この接待費やキックバックの費用は最終的に誰が払うことになるのかというと、それは実習生本人になります。結果、100万円近い費用を払って日本に来る実習生も少なくありません。これはベトナム人の一般的な労働者の2年分にあたる額です。
 接待攻勢やキックバックの裏にはベトナムの送り出し機関同士の競争もあります。もぐりの機関もあり、求人があるように見せかけるためにベトナム在住に日本人にお金を払ってダミー面接を行っているような機関もあるとのことです。
 著者は送り出し機関の組織についても取材していますが、送り出し機関はだいたい総務部、教育部、営業部と分かれており、元実習生が多く働くのが実習生が出国するまで日本語などの教育を行う教育部です。一方、さらに上位の日本語能力を持つものが営業部に配置されます。ある社では営業部をもはやベトナムにはおいておらず全員が日本に駐在しています。彼らは日本の監理団体に籍を置きながら監理団体の営業に同行したり、新規顧客の開拓をしています。
 さらに営業部には対外部という部署があり、ここが接待などを担当しています。この接待やキックバックの仕組みは、中国から持ち込まれたもので、昔は中国で行われていたこうした行為が今はベトナムに姿を変えて行われているのです。

 このように監理団体への接待やキックバックなどが日本への渡航費用を高騰させていますが、その結果生まれるのが実習生の失踪です。失踪率自体は横ばいなのですが、実習生の数が増えているため失踪者も年々増加しています。
 法務省の行った調査によると、失踪の理由のトップ(複数回答)は「低賃金」が約67%、「指導が厳しい」はたぶん12.5%くらい(母数が書いていないので書かれている人数から逆算した)、「暴力を受けた」がたぶん5%くらいです。失踪前の月給は「10万円以下」が過半数を超え、送り出し機関に払った金額は「100万円以上150万円未満」が1100人で最多です(38%)。また、労働時間に関しては最も多い労働時間は週40時間以下(40%)で、労働時間が短いほど失踪者が多くなっています(147−148p)。

 ここから失踪の問題の最大のポイントはお金だということがわかります。彼らは日本に来て、自分の給料から借金が一年以内に返済できなさそうだということを知って失踪するのです。
 彼らは親戚からお金を借りたり、あるいは無尽、頼母子のような地域の金融システムからお金を借りて日本にやってきています。親戚が銀行からお金を借りて融通しているケースも多く、借金を返せなければ、家族や親戚が路頭に迷う可能性があるのです。

 もちろん、金銭面以外の待遇がひどい職場もあります。2019年に作業着を着た男性が犬のようにリードを付けられて歩かされている動画が出回り、ベトナム人実習生がそのような仕打ちを受けているのかと思いきや、実は歩かされているのは日本人だったという事件がありました。動画を撮影していたのはベトナム人の実習生で、そんな日本人相手の労務管理(というか労務管理以前の問題)もできていないような企業でも実習生を受け入れることができるのです。
 本来ならば、監理団体や、あるいは2017年の法改正で新設された外国人技能実習機構が受け入れ企業を監督。指導すべきなのですが、外国人技能実習機構は相談をたらい回しするだけど、実習生にとって頼りになる存在ではないそうです。結果的にNPOや日新窟という寺院がベトナム人実習生にとって文字通りの駆け込み寺となっています。

 実習生は基本的に転職ができないので、実習先で稼げる見込みがない、環境が劣悪となると失踪するしかありません。本書ではFacebookなどで偽造の在留カードをつくって働くベトナム人の様子も取材されています。仕事は太陽光パネルの設置で日給1万、月に30万を稼ぎ27万貯金したそうです。
 ちなみに失踪が圧倒的に少ないのはフィリピン人なのですが(ベトナム人の失踪率が3.9%に対して、フィリピン人は0.4%(191p))、これはフィリピンが海外雇用庁を設置していて、公的な機関が勤務先の会社の審査や雇用契約の確認などを行っているからです。

 このように人手不足を背景に増加が続く技能実習生ですが、さらなる外国人労働力の活用を目指して始まった特定技能制度は、想定ほど活用が進んでいません。2019年10月29日現在で732人と(210p)と、初年度で最大4万7550人を受け入れるとしていたにもかかわらず、実績はその2%ほどにとどまっているのです。
 もともと自民党関係者が「参院制を睨み、人手不足に悩む業界に恩を売るため、日程ありきで決めた法案。新制度をつくったからと言って、諸外国が「はい分かりました」とすぐに受け入れてくれるわけではない」(213p)と述べるように、制度の導入があまりにも拙速でした。受入国として9カ国を想定しながら、受入国の法令と手続きが決まっているのは2019年11月時点で、カンボジア、インドネシア、ネパールの3カ国のみで、現在、技能実習生の最大の送り出し国であるベトナムはまだ対応していません。

 なぜベトナムの腰が重いかというと、儲からないからです。特定技能は送り出し機関を通さない形での受け入れが目指されていますが、そうなるとベトナムの送り出し機関は儲かりませんし、技能実習に必要な政府の推薦状もいらなくなるために、政府が便宜をはかる機会も減るのです。
 2020年3月になってベトナム政府は特定技能に関するガイドラインを発表しましたが、送り出し機関の幹部は、技能試験と日本語レベルN4が求められる特定技能は日本に渡るまでに時間がかかり、もっと簡単な技能実習の道があるのにわざわざ特定技能を選ぶ若者は少ないのではないかと述べています。

 では、留学生や技能実習生など、すでに日本に来ている外国人が特定技能に移行するルートはどうかというと、確かに彼らは日本語能力でアドバンテージがあるのですが、ネックとなるのが留学生の場合は住民税や国民年金の未納や「技術・人文・国際業務」という別の在留資格との比較で魅力が少ない点、技能実習生の場合は技能実習に必要な前職要件を偽造で済ませているケースが多く、履歴書の提出時に嘘がバレるケースが多いようです。また、監理団体が収入が減らないように特定技能への移行を妨害していることもあるといいます。
 また、特定技能は転職が可能であり、地方の企業にとっては職務が限定されていても3年間は働いていくれる技能実習のほうがありがたいという面もあるのです。

 最後の章では同じように外国人の受け入れがさかんになっている韓国の様子が取材されています。韓国は93年に日本の技能実習制度をモデルにした「産業研修生制度」をスタートさせたものの、やはり人権侵害や不法残留が問題になり、2004年に新しく「雇用許可制」が導入されました。この制度では国が外国人労働者を一括して管理することにより、ブローカーなどの中間搾取をなくすことに成功しています。
 その結果、日本の技能実習よりも安い費用でやって来ることができ、さらに最長4年10ヶ月を2回、通算で9年8ヶ月働くことができます。転職も可能で、まさに外国人労働者にとって日本よりも圧倒的に良い制度に思えます。

 ただし、やはり雇用主によって待遇は大きく左右されるようです。李明博政権のときに雇用主に有利な制度改正がなされたこともあって、賃金未払いなどもトラブルも発生しています。日本と同じように外国人を受け入れる企業によって当たり外れがあるというのが現状のようです。

 このように、本書はルポにしては制度面へのアプローチが充実しているのが特徴だと思います。ルポというと「ひどい境遇に陥っている実習生の声を集める」というものが、まず思い浮かびます。確かにそういった取材は必要ですし価値のあるものですが、新聞やテレビでもそういった話はできるでしょう。わざわざ書籍という形にする中で求められるものは、背景に関するさらに深い取材だと思うのですが、本書はそれが十分にできています。
 最初にも述べましたが、安田浩一『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社新書)から10年経って、再びこの問題を考える上での出発点となる本が出てきた感じですね。