帯に「稀代の思想家か/ナチのイデオローグか」とあるように未だに毀誉褒貶の激しいカール・シュミットの思想に迫った本です。中公新書では1月前に同じドイツの思想家であるマックス・ヴェーバーについての本(野口雅弘『マックス・ヴェーバー』)が出ていますが、そのスタイルは対称的で、『マックス・ヴェーバー』が彼の生きた時代や後世への影響といった「文脈」を重点的に描き、同時にヴェーバーの評伝としても読めるものだったのに対して、本書は評伝的な要素は薄く、また、いきなりテクストに入っていくようなスタイルになってます。
 そのため、予備知識のない人には少しわかりにくい面もあるかもしれませんが、シュミットの思想が批判的に検討されており、過去にシュミットの本を読んだことのある人にとっては、その疑問に答えるようになっていると思います。

 目次は以下の通り。
序章 シュミットの生涯
第1章 政治学の基礎概念としての「例外」と「政治的なもの」―『政治神学』『政治的なものの概念』
第2章 近代的市民の批判―『現代議会主義の精神史的地位』『政治的ロマン主義』
第3章 ワイマール共和国の崩壊とナチス体制の成立―『独裁』『憲法論』『合法性と正統性』
第4章 ナチス時代の栄光と失墜―『国家・運動・民族』から『陸と海と』へ
第5章 第二次大戦後における隠遁と復権
終章 シュミットの思想と学問

 序章ではシュミットの生涯を簡単に紹介しています。カトリックの下層中産階級の生まれだという点を強調し、シュミットのドイツの思想界での立ち位置やナチとの関係、前期と後期の思想の違いと行ったものを簡単にたどっていますが、あくまでもテクストを読むための簡単な補助線といった感じです。例えば、この章を読んでもシュミットがいつ誰と結婚したのかといったことはわかりません。

 そして、第1章ではいきなりシュミットの思想の核心の1つである「例外状況」についての話に移っていきます。
 シュミットは「常態はなにひとつ証明せず、例外がすべてを証明する」(18p)と述べています。これはキルケゴールの例外から普遍を考えるという方法を受け継ぐものですが、「「例外」それ自体の意義を強調しているところにシュミットの特徴」(21p)があります。
 シュミットによれば、この例外状況に関して決断を下す者が主権者です。ここでシュミットが想定しているのは法秩序が後退しているものの国家は存在しているような状況で、「法規の効力」よりも「国家の存立」が優越すると考えるシュミットは、秩序の存立という点において、法や規範よりも決定という契機を重視するのです。

 この「国家」は「政治的なもの」という概念を前提としているといいます。シュミットによれば「政治的なもの」が現れるのは、制度的なレベルではなく具体的な現実レベルにおいてであるといいます。政治というと普通は制度などと結びつきますが、シュミットが注目するのは制度化される以前のものです。
 シュミットは、「政治的なもの」は「道徳的なもの」「美的なもの」「経済的なもの」と違って具体的領域を持たないといいます。シュミットは「政治的なもの」は「人間の連合または分離の強度」(33p)を表すとしており、ここからいわゆる「友・敵理論」が出ています。例えば、道徳的なものには善/悪、美的なものには美/醜という固有の区別がありますが、「政治手なもの」のそれは友/敵です。
 人間社会では経済や道徳などの領域で具体的な対立が起きていますが、それがエスカレートして人間集団を友/敵に分けてしまうほどになると、そこに「政治的対立」が出現します。例えば、経済的な対立が危険なまでに高まると、そこに対立の新しい次元である「政治的対立」が出現するのです。

 ただし、経済も秩序が成り立っていなければうまくはたらかないわけで、その意味で「政治的なもの」はその他の分野の存立を保障する根本的なものです。
 「政治的なもの」が問題となる例外状況では、「政治的対立」を認定し、友/敵を判断することが必要になりますが、それは「道徳にも経済にも宗教にも支えられていない、いわば〈実存的〉な決定」(53p)となります。この「決定」「決断」にこそ政治の本質があります。レオ・シュトラウスはシュミットが安楽な幸福主義を否定し、それに真剣な「政治の世界」を対置したと主張しましたが(55p)、このあたりには同時代を生き、同じくナチへの関与を批判されたハイデガーに通じるものがあると感じました。

 このように第1章はいきなりシュミットの思想の核心にせまるような内容でしたが、第2章では当時のワイマール共和国の政治情勢とシュミットの思想を重ね合わせる形で叙述がなされているので、内容が頭に入りやすいかもしれません。
 ワイマール共和国は「共和主義者」のいない共和国と言われますが、著者は「自由主義者のいない自由民主主義体制」(61p)という言葉を使っています。ワイマール期の政党で20年代に勢力が強かったのは社会民主党とカトリックの中央党でいずれも自由主義政党とは言えません。そして、30年代になると右のナチ党と左の共産党が伸びてくるわけで、常に自由主義は批判にさらされていました。
 そして、その自由主義批判に影響を与えていたのがシュミットの『現代議会の精神史的地位』です。

 現代の議会政治を自由主義的要素と民主主義的要素が合わさったものとして捉える見方は、比較的オーソドックスなもので、シュミットもこうした見方をとっています。ただし、シュミットは自由主義は非政治的主張であるのに対し、民主主義は政治的主張であると捉え、その立脚点に違いを強調します。
 議会は基本的に自由主義に基づいており、そこでは討論によって真理が発見されることが期待されています。ところが、これはシュミットの考える「政治的なもの」にはなじまないわけです。
 一方、民主主義にとっては支配者は非支配者の同一性こそが重要であり、それさえ満たしていればファシズムやマルクス主義とも結びつくことができるというのです。
 
 こうした世界にあって政治的に無力であるのがロマン主義です。個人主義に立脚するロマン主義は政治的共同体への積極的志向性に欠け、固有の政治的主張を持たないロマン主義は保守主義にも社会主義にも結びつきます、そして、「根拠」を持たないロマン主義者は機会原因論的に行動せざるを得ません。また、自己の可能性にしがみつくあり方は決断を先送りさせます。 
 ただし、著者がレーヴィットを引いて指摘しているように、シュミットの例外状況における「決断」も「規範へのあらゆる拘束」を否定するものであり、機会原因論的であるとも言えます(97−98p)。

 こうした議会への失望と決断の重視から出てくるのが第3章で出てくる独裁の肯定です。シュミットは、「独裁は議会主義とは対立するものの、民主主義とは対立しない」(108p)と考え、議会という媒介を通さない独裁のほうが、より民主主義を実現することもありうると考えます。
 シュミットは独裁を「主権独裁」と「委任独裁」に分けて考えます。主権独裁は憲法制定権力に根拠付けられており、この権力はあらゆる法を超越した権力を持ちます。一方、委任独裁は憲法によって指導者に付与されているもので、シュミットはワイマール憲法の第48条により大統領にこれが与えられていると考えます。
 ワイマール憲法下のドイツでは、なかなか安定した多数派が形成されず国政選挙のたびに連立が組み替えられました。そして、政治において大統領の決定や調停・斡旋が大きな役割を果たすことになったのです。

 1925年、第一次世界大戦の英雄だったヒンデンブルクが大統領になります。当時の選挙では社会民主党が一貫して第一党でしたが、ヒンデンブルクに対抗できる候補を擁立することができませんでした。
 そこで大統領権限に基づいた内閣が続いていくことになりますが、その中で首相も勤めたシュライヒャーとシュミットは関係が深く、彼の憲法助言者となります。シュミットは大統領が一時的に憲法を無視することで、政治的な危機を乗り越えるべきだと考えていました。シュミットはこの時点ではナチ党を危険視しており、ナチ政権成立を阻止するために大統領の独裁を望んだのです。
 しかし、1933年にナチ政権が成立すると、シュミットはあっさりとナチ政権よりの著述を発表するようになります。本書によるとシュミットは現実の政治に関わるようになってから、保守革命派に接近しており、「強い全体国家」を志向するようになっていきます。
 
 そして第4章ではナチ時代のシュミットが描かれています。シュミットはナチ政権が成立すると日記に「興奮し、喜び、満足する」(153p)と記し、33年の5月にはナチ党に入党しました。
 33年3月にヒトラーは授権法を成立させますが、シュミットはこれを直前の国政選挙で示された「民族の意思」を実行したものであり(選挙でナチ党は第一党になったが過半数には至らず)、「合法的」に可決されたと評価します(158p)。ナチ党によって国家と運動と民族が一体化されたとして、国民的分断が克服されたというのです。
 シュミットは「決断」を評価していきましたが、「ヒトラー政権の成立によって、決定的な政治的決断がなされた以上、もはや決断は不要となり、ナチス体制下で生まれつつある具体的な秩序に即して思考することが重要になった」(161−162p)というのです。

 しかし、34年のレーム事件でシュライヒャーが粛清されると、シュミットの立場も微妙になってきます。シュミットは「ヒトラーは「裁判官」として突撃隊の裏切りを「処罰」したまでのことだ」とこの事件を評しますが、ケルロイターのような、よりナチ寄りの法学者から、シュミットの前歴や主張が批判されるようになり、36年以降、シュミットの活動は大学の中へと縮小していきます。
 
 こうした中でシュミットはホッブズ研究などのよりアカデミックな論考を発表するようになり、後期シュミットへと移行していきます。
 後期シュミットでは「陸と海」「ヨーロッパ公法」「広域」といった新しい論点が出てきます。
 「広域」とは技術の進歩によって現れた国境を超えた形成されるようになったもので、この「広域」における秩序がシュミットの関心の1つになります。
 1942年に刊行された『陸と海』では、ヨーロッパ世界の拡大と、そこで生まれた「ヨーロッパ公法」について論じられています。この公法では、「文明化された」キリスト教諸民族が、「文明化されていない」民族を従えて植民地化することが正統化されましたが、その植民地獲得競争から阻害されていたのがドイツでした。
 一方で、「海」に注目し、勢力を広げていったのがイギリスです。シュミットはこうした歴史の中での「陸と海」のあり方について分析しています。そして、シュミットはイギリスが体現する「自然成長性」を重視するようになりますが、同時にドイツがイギリスに追いつき、新しい秩序の担い手になることを期待しています。

 戦後、シュミットは捕虜収容所に収監されます。結局不起訴になって釈放されましたが、故郷のプレッテンベルクで隠遁生活を送ることになりました。
 1950年シュミットは『獄中記』を公刊していますが、弁明色の強いもので、戦前には批判してたはずの個人主義に拠り所を求めてナチ時代の事故を正当化しています(いわゆる面従腹背というやつ)。
 さらに同じく1950年に刊行されたのが『大地のノモス』です。ここでは法の始源に暴力を見るという視点がとられており、陸地の取得から始まる国家と国際社会の成立を論じ、ヨーロッパ中心の国際秩序とヨーロッパ公法が、新しいユニバーサルな国際法に転換していく様子を描き出します。これは一見すると進歩のように思えますが、シュミットはそこに「「ラウム(領域)や土地のない普遍性という無」への転落」(218p)を見ます。
 シュミットによれば「ヨーロッパ公法は国家間の戦争を「枠づけ」、一定の約束事のもとで行われる戦争へと「保護・限定」するのに成功した」(222p)のですが、ヨーロッパというラウムが外れた世界では「正義」の名のもとに絶滅戦争が進行するというのです。
 さらにシュミットは1963年に『パルティザンの理論』を刊行しています。

 終章では著者によるシュミットの思想の要約が書かれていますが、ここで指摘されているシュミットが具体性を持たない普遍主義を批判しつつ、例外状況において何にも制約されない「決断」を称揚するのは矛盾があるのではないかという指摘はなるほどと思いました。
 
 このまとめでは随分と省略しましたが、本書でもシュミットの思想が幅広く検討されています。あまり文脈に触れないで論じているので、特に第1章などはついていくのが大変だと感じる人もいるかもしれませんが、読みすすめるうちにシュミットの思想がその文脈とともに立ち上がってくるはずです。
 また、個人的な印象ではありますが、シュミットの理論の鋭さを認めながらも、同時にその矛盾点をつくような内容になっており、冷静な距離感を持って論じられていると思います。シュミットに関しては20代の頃に何冊か読んで、何か違和感を感じていたのですが、その違和感がはっきりしたという点も良かったですね。