00年代になってからアフリカの経済成長に注目する論考や記事は増えてきています。アフリカは「最後の市場」だとも言われており、「遅れた」「未開」といったイメージで語るべき存在ではありません。ただ、一方で相変わらず紛争は多発していますし、ASEAN諸国のように安定した成長軌道に乗った感じもしません。
 そうしたアフリカ経済に関して、その現状と問題点を教えてくるのがこの本です。スタンスとしてはやや悲観的というか、開発の歪みを指摘する傾向ですが、マリやマダガスカルやアルジェリアなど、新聞などで断片的に問題が報じられるもののまとまった情報を知る機会が少ない地域をとり上げてくれており、現在アフリカで進行中の問題がわかるようになっています。
 平野克己『経済大陸アフリカ』(中公新書)のような、目から鱗が落ちるような分析はないですけど、資源や土地をめぐって起きるアフリカの新たな問題を教えてくれる本です。そういった意味で、松本仁一『アフリカ・レポート』(岩波新書)の後継的な本と言えるかもしれません。

 目次は以下の通り。
第1章 紛争と開発
第2章 混迷するサヘル
第3章 蹂躙されるマダガスカル
第4章 「資源の呪い」に翻弄されるアルジェリア
第5章 絶望の国のダイヤモンド
第6章 「狩り場」としてのアフリカ農地

 本書の35pにウプサラ大学平和紛争研究所によるアフリカの紛争数の推移を示したグラフが載っていますが、これをみると00年代なかばに一度減少した紛争は、近年再び増加傾向にあります。しかも、この紛争のデータは「政府が関与した紛争」のみをカウントしており、アフリカでは武装勢力が非武装の住民を攻撃するような、政府の関与しない形の暴力もしばしば起こっています。
 その結果、難民も増え続けており、サハラ以南の難民の数は2017年末時点で627万人と、世界の難民の1/3がこの地域に集中しています。さらに国内避難民もアフリカで1650万人に達すると推定されています(36−37p)。こうした難民の一部はヨーロッパを目指してい移動しており、ヨーロッパへと流れ込む不法移民は年15〜18万人に上り、その中で14〜17年にかけて1万5千人以上が地中海で溺死しています(38−39p)。

 アフリカの国の多くは第2次世界大戦後に独立しましたが、冷戦構造の中で、脆弱な支配体制しか持たない国がアメリカまたはソ連に支えられて存続するという状況も存在しました。しかし、冷戦が終結すると、それらの国は支えを失い、「権力の真空」の状態が生まれます。
 そうした中で、国際的なテロ組織や、経済的な利益を目的とする武装集団など、今までになかったタイプの紛争のアクターが登場し、アフリカの混乱に拍車をかけました。
 そして、こうした紛争はアフリカが国際経済に組み込まれ、資源の眠る大陸として注目されたからこそエスカレートしたとも言えます。武装勢力は手にした資源を簡単に国際市場へと売り、戦闘を継続するための資金を確保できるようになったからです。

 第2章では、サヘル(サハラ砂漠南縁)にあたる地域が語られています。主にマリ、ブルキナファソ、ニジェールといった地域が中心ですが、2013年にアルジェリアのガスプラントが襲撃され日本人の犠牲者も出たイナメナス事件についてもとり上げています。
 この地域にはトゥアレグと呼ばれる砂漠の民が住んでいてサハラ砂漠を縦断する長距離交易に従事していました。ところが、海運輸送の発達によって砂漠の交易は衰え、この地域に生まれた独立国は農耕可能なエリアを中心に発展し、トゥアレグたちは貧困化・周縁化されていきました。
 トゥアレグたちは60年代から政府に抵抗してきましたが、この地域が大きく不安定化したのは2011年のアラブの春でリビアのカダフィ政権の崩壊以降です。

 2012年1月にMNLA(アザワド解放民族運動)による武装蜂起が起こると、マリ〜アルジェリアにかけての広い地域を制圧し、4月にはアザワド国の分離独立を宣言します。このときマリの2/3がMNLAの支配下に入っていました。
 短期間に勢力を拡大した背景には、カダフィ政権の崩壊とともにリビアにいたトゥアレグ傭兵がリビアから流出した武器を携えて帰国したからです。一方、マリ国軍の兵士は装備どころか食糧も不十分でMNLAの攻勢の前に敗れました。
 さらにアルカイーダ系をはじまとするイスラム急進派勢力が加わったことにより、この地域はさらに混乱していきます。当初はMNLAとイスラム急進派が手を組んでいましたが、その後は分裂。イスラム急進派がMNLAを駆逐して、占領地域でのシャリーアの厳格な適用や文化財の破壊行為などをはじめました。その過程で多くの難民や国内避難民が発生しました。

 この武装勢力の伸長に対して、マリは旧宗主国のフランスに救援を要請し、要請を受けたフランス軍が13年から「サーバル作戦」を行い、武装勢力を駆逐していきます。
 しかし、この一連の流れと連動する動きが見られたのが13年1月のイナメナス事件です。この事件ではアルカイーダ系のAQIM犯行声明を出していますが、事件発生時、彼らはフランス軍のマリ介入を批判する声明を出していました。テロの準備期間から考えてサーバル作戦を止めるためのテロ行為とは考えにくいですが、アルジェリアの石油や天然ガス、あるいはニジェールのウラン、マリの金に対して、フランスをはじめとする欧米の企業がその利益を吸い上げるような構造があり、そうした構造が事件や武装蜂起の背景にあると著者は見ています。
 また、この地域が一種の無政府状態になることで、この地域を使った麻薬の密輸もさかんになっています。南米から西アフリカ諸国に運ばれたコカインが、このサヘル地域を通ってヨーロッパに運ばれるというルートがあり、これがイスラム急進派の資金源にもなっています。

 第3章はマダガスカルについて。アフリカ大陸の南東に位置する島国でさまざまな珍しい動物がいるということを知っている人は多いでしょうが、その政治や経済の状況が語られる機会は少ないと思います。
 マダガスカル島には、まず東南アジアから渡ってきた人が住み着き、その後アフリカ大陸の人々との混血が進みました。19世紀末にフランスの植民地となり1960年に独立しましたが、2015年の1人あたりのGDPは402ドルに過ぎず、しかもその実質的な金額は1960年の独立当時から減少しています(109p図3−2参照)。
 00年代はじめ、サファイアの原石、さらにルビーやアレキサンドライトが発見されたことから、イラカカという人口40人余りの集落は一時期は10万人をこえる都市へと発展しました。しかし、一攫千金を夢見てやってきた鉱夫たちは日当約150円ほどで働かされるだけど、大金を手にすることはできずブームは去りました。
 マダガスカルには広大な熱帯雨林がありますが、そこでは黒檀、紫檀(ローズウッド)といった高級木材が違法伐採されており、法の抜け穴や政治的混乱を利用しながら輸出が行われていました。

 そんな中で政治や経済の改革を掲げて2002年に大統領に就任したのが実業家出身のラヴァルマナナでした。ラヴァルマナナは外資導入による経済成長を目指しましたが、韓国企業やインド企業と手を組んだ大規模農地開発プロジェクトでつまづくことになります。韓国の大宇ロジスティックスとの間には130万ha、インドの23万haの農地開発が合意されましたが、いずれも農民たちの土地を収用するものであり、その契約も農民たちにとって不利なものでした。
 これらのプロジェクトは大きな反発を呼び、抗議デモとゼネストにより09年にラヴァルマナナ大統領は国外に脱出します。代わってラジョエリナが大統領となりますが、暴力に政権交代は国際社会から批判を浴び、観光産業、繊維産業は大きな打撃を受け、外国直接投資(FDI)の流入も減少しました。
 その後、マダガスカルのレアメタルやチタン鉄鉱を目当てに巨大プロジェクトが動き出していますが、そこで掘り出された富が国民に広く行き渡るかどうかは不透明です。

 第4章はアルジェリア。アルジェリアは豊富な石油資源を持ちながら、その政治は安定していません。第2章に出てきたイナメナス事件が起こったのもアルジェリアです。
 アルジェリアはアフリカで3番目の産油国であり、天然ガスの産出量はアフリカで最大、世界でも第10位です。しかし、アルジェリアではこの豊富な天然資源が経済発展を阻害している面もあります。いわゆる「資源の呪い」というものです。
 埋蔵されている石油を売るだけで国家が運営できるという羨ましい構造に思えますが、豊富な資源は必ずしも経済成長を約束しません。資源部門が発達すると資本や労働力は農業や製造業から資源部門に移ります。さらに資源輸出は通貨高をもたらし、これも農業や製造業の競争力を弱めます。結果として、資源のある国ほど経済成長が難しくなる「資源の呪い」という現象が生まれるのです。

 アルジェリアはフランスの直轄地であり、その独立の際には7年半にも及ぶアルジェリア独立戦争が起きました。1962年に停戦協定が成立した後も、フランスは石油の開発権益に関して一定の権利を維持しますが、65年にブーメディエンがクーデターによって大統領の座につくと、地下資源の全面国有化を断行します。
 73年のオイルショックによって原油価格が値上がりするとアルジェリアには巨額の資金が流れ込み、ブーメディエンはこの資金を利用して社会主義的な計画経済のもとでの重工業化を進めました。しかし、80年後半になって原油価格が低迷すると、この路線は破綻し、88年には大規模な暴動が起きました。

 88年の暴動後、憲法が改正され、91年には複数政党制のもとでの国政選挙が行われます。一党独裁を続けていたFLNには勝算があったと思われますが、選挙では穏健派イスラーム政党イスラーム救済戦線(FIS)が予想を覆して勝利します。
 これに対して軍はただちに当時のシャリド大統領を追放して非常事態を宣言、FISに解散命令を出し、構成員をサハラのキャンプに収容しました。この措置を受けて一部の構成員は過激化、イスラーム武装集団(GIA)を設立し、政府との武装闘争を始めます。この闘争の中で、無差別テロや村落の襲撃と殺戮などが行われ、多くの国民が犠牲になりました。

 99年にブーフテリカが大統領になると、投降したテロリストに恩赦を与えるなど和解政策をとって治安の安定化に成功します。さらに原油価格の高騰によって経済的な余裕もできました。
 しかし、政権が長期化するにつれて政権運営は不透明さを増し、特に2013年に脳梗塞で倒れて以降、ブーフテリカはほとんど人前に出なくなってしまいました。結局、軍や諜報機関が権力を握っており、経済でも原油価格高騰で得た富を公共事業に費やすことしかできませんでした。そうした中で前掲のイナメナス事件なども起きています。

 第5章では紛争ダイヤモンドについてですが、主にとり上げられているのは映画『ブラッド・ダイヤモンド』の舞台となったシエラレオネではなく、コンゴ民主共和国になります。
 コンゴ民主共和国は元々ベルギー国王レオポルド2世の私有地「コンゴ自由国」として始まり、「自由国」とは名ばかりのひどい支配が行われていました。その後、ベルギーの植民地を経て、1960年に独立、65年にモブツがクーデターを起こして実権を握りますが、このモブツの支配もまたひどいものでした(国名は71年にザイールに変更)。ザイールは銅、そしてダイヤモンドという資源を有していましたが、その資源が生み出す富はモブツとその取り巻きによって浪費されました。
 
 90年代に入るとモブツの支配は動揺し、1996〜97、1998〜2003と2度の内戦が起こります。1度目の内戦は、隣国のルワンダの虐殺事件とそこから流入した難民が引き金になって起こったもので、96年にローラン・カビラ将軍によってモブツ大統領が排除されます。
 しかし、カビラがルワンダとウガンダを排除する政策に出たことから、ルワンダとウガンダがコンゴ民主共和国内に侵攻(97年にザイールから改称)、そこにカビラ政権を支持するジンバブエやアンゴラ、ナミビアが介入したことから「アフリカ大戦」とも呼ばれる紛争に発展します。

 この内戦を支えたものの1つがダイヤモンドです。カビラ大統領はイスラエルのダイヤモンド会社にダイヤ買付の権利を売り渡して武器を調達し、一方、この時期にはダイヤの産出国ではないはずのルワンダや中央アフリカからのダイヤの輸出が伸びました。武力介入した各国は密かにダイヤを持ち出していたと考えられます。
 ダイヤは原始的な手法では採掘が可能で、持ち運びが容易で高価です。そのために小規模な武装勢力でも資金源として利用しやすく、シエラレオネやアンゴラの内戦でもダイヤが武装勢力の資金源となっていました。
 こうしたことを防ぐために03年にキンバリー・プロセス認証制度が発足し、紛争ダイヤの取引防止が図られていますが、その効果には不透明なところもあります(241p表5−1のアフリカのダイヤ輸出の表は2000年まででキンバリープロセスの効果は検証できないのが残念)。

 第6章はアフリカにおける農地の取得、いわゆる「ランドグラブ(土地収奪)」についてとり上げています。
 世界銀行は人口密度が低く、非森林地帯かつ非自然保護区域で農耕可能な地域を「未耕作地」と定義しており、世界には4億4600万haの未耕作地があり、その半分がアフリカ大陸に集中しているといいます(254p)。世界各国や企業はアフリカのこうした未耕作地に目をつけ、食糧価格の高騰などを背景に、次々と大規模な農地開発プロジェクトを打ち出しています。
 しかし、未耕作地といっても現地の小農にとっては共同の放牧地だったり、移動耕作のための休閑地だったりします。また、広大な農地を取得するためにその土地の農民が移動を余儀なくされるケースも少なくありません。

 本書では、インドのカルトゥリ・グローバル社によるエチオピアでの切り花生産、シエラレオネでのEUのバイオ燃料政策と連動したサトウキビ栽培、日本・モザンビーク・ブラジルの3カ国が推進しているプロサバンナ事業がとり上げられています。
 いずれも、机上のプロジェクトとしては優れており、なおかつ日本の農業からは想像もつかないような広大な農地が対象となっているのが特徴です。
 例えば、プロサバンナ事業では、日本がブラジルのセラード地帯で進めた農地開発の成功を活かして、同じポルトガル語を公用語とし、同じような緯度にあるモザンビークで大豆やトウモロコシの栽培を行おうとしたものであり、これまでの経験を踏まえた開発にも思えます。
 しかし、その開発地域は1100万haという広大なものであり、現地の農民の強い抵抗を受けました。そして本書には書かれていませんが、ついに中止へ向けて動き出したそうです(舩田クラーセンさやか「日本の援助史に残る「失敗」/アフリカ小農が反対する「プロサバンナ事業」中止へ(上)」参照)。

 アフリカにはさまざまな資源が眠っていますが、本書を読むと、その資源があるがゆえに現地の人々の生活がないがしろにされやすい構図が見て取れます。本書のトーンは開発に対してやや悲観的すぎるように思える面もありますが、本書のとり上げているさまざまな事例を見ると、「開発」というものがもつ問題点を意識せざるを得ません。
 資源に注目するのではなく「最後の市場」という部分に注目した場合はどのように見えるのか? 中国というファクターについての言及が好きないのではないか、といった疑問も残りましたが、現在のアフリカの問題を概観する上で格好の本であることは間違いないと思います。