シリア内戦からの難民の大量流入、パリでの同時多発テロ事件、そして反イスラームを掲げるポピュリスト政党の台頭と、ヨーロッパにおけるイスラームというのは2010年代の大きな問題となってきました。そんな問題に対して長年ヨーロッパとイスラームの研究を行ってきた著者が分析した本になります。基本的にはムスリムからの視点を中心に、ヨーロッパにおける共生がいかに難しくなっているかということが書かれています。
 ただし、5章立ての本で、第2章から第4章にかけては基本的にはイスラーム世界の動向を追うことに当てられており、「ヨーロッパ」に関する部分はタイトルから想像するよりは少ないかもしれません(もちろんトルコをどう捉えるかにもよりますが)。また、トルコに関する記述に関しては「エルドアン寄り」なので少し注意する必要もあるかと思います。

 目次は以下の通り。
序章 ヨーロッパのムスリム世界  
1章 女性の被り物論争
2章 シリア戦争と難民
3章 トルコという存在在
4章 イスラーム世界の混迷
5章 なぜ共生できないのか
おわりに 共生破綻への半世紀

 ヨーロッパにどれくらいのムスリムがいるのかについて詳しいデータはありませんが、大雑把にドイツに500万人、フランスに500万人、イギリスに300万人、イタリアに250万人ほどがいるとみられています。3pの「図序−1」をみると人口比5〜10%ほどの国が多いですが、ムスリムは都市部に多く暮らしているために、都市部ではもっと多く感じるかもしれません。
 そして忘れてはならないのがバルカン半島に多数のムスリムが暮らしているということです。コソボ92%、アルバニア82%、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ42%、マケドニア34%とムスリムが占める割合が高い国は多いです(9p)。
 一方、東欧の中でもポーランド、チェコ、ハンガリー、スロバキアといった国はムスリム人口が少ないながら(多くてもハンガリーの0.4%)、イスラーム嫌悪を掲げる政治家が表舞台に出てきています。

 第1章ではスカーフをはじめとするムスリムの女性の被り物の問題がとり上げられています。
 この問題はフランスでは1980年代末から問題になっており、いわゆるフランスのライシテの原則と相容れないとして2004年にはヴェール禁止法も制定されています。そして、近年ではそれに加えて特にライシテ原則を持たない国でも治安上の理由からブルカをはじめとする被り物を禁止する動きが強まっています。
 
 女性が自らの身体をどこまで隠すべきかということに関してはムスリムの中でも議論のあるところですが、ムスリムからするとまったく隠さないというのは恥ずかしい部分(ムスリム以外だと下半身とか)を丸出しにするような感覚を持つといいます(35pにイスラーム圏の男性用トイレの写真が載っているが小用であっても仕切りがしっかりとしている)。
 ただし、80年代まではヨーロッパに住むムスリムで被り物をするのは少数派でした。彼らの出身国の多くは世俗的な軍事政権であり、近代化のためにイスラーム色は忌避されていました。
 ところが、軍事政権のもとで格差が拡大し、一部の人間だけが近代的な生活を謳歌するようになると、逆にイスラームへの回帰が起き、それがヨーロッパに住むムスリムにも伝播していったのです。
 
 この被り物の規制に関しては各国で温度差があり、多文化主義の伝統があるイギリスではあまり問題になりませんし、キリスト教が公共的な場にせり出しているドイツでも規制の動きは起きていません。
 一方で2011年にベルギー、2016年にオランダ、2018年にデンマークが公共の場で顔面を覆う被り物の着用を禁止する法律を制定してます。これらの法律はフルフェイス型のヘルメットの着用も禁止しており、あくまでも治安対策という名目ですが、法案が「ブルカ禁止法」と呼ばれることが多いように、ムスリムをターゲットした法案になっています。
 その他の国でも州レベルで禁止法が制定されていたり、反イスラームの政党が躍進している状況があります。著者は治安のためにブルカを禁止しながら、同時にヒジャーブやスカーフに対しても敵意を向け続ける状況の問題を指摘しています。

 第2章ではシリア戦争と難民の問題が語られています。普通は「シリア内戦」と言われますが、著者はあえて「戦争」という言葉を使っています。これはすでに各国の介入によって「内戦」ではなくなっていると著者が考えているからです。
 本章は著者が2015年に出した『イスラム戦争』(集英社新書)と少しかぶっている面もありますが、本書においても基本的に著者はシリアの混乱の大きな原因はアサド政権の残虐な弾圧にあるとみています。
 アサド政権はきわめて世俗的な政権であり、「イスラーム国」の出現はアサド政権にとってプラスになりました。テロ組織のイスラーム国と戦う指導者を演出できたからです。

 シリアでは数多くの難民が発生し、その一部はヨーロッパを目指しました。2015年9月にはトルコのエーゲ海沿いのボドルムという街の浜辺に幼い男の子の水死体が漂着し、難民問題が大きくクローズアップされます。このときにドイツのメルケル首相が難民を受け入れる決定を下したことから、大量の難民がドイツに流入することになります。
 しかし、11月のパリ同時多発テロ事件などもあって難民の流入を問題視する声が高まり、16年の3月にはEUとトルコの間で難民流出抑制の政策がとられることになりました。
 2020年6月にUNHCR発表したシリア難民の総数はヨーロッパで受け入れられた人を除くと554万4000人、トルコに358万5000、レバノンに89万2000、ヨルダンに65万7000など、周辺国にまだ多くの難民がいることがわかります(88p)。
 本章では、こうした難民問題が著者が実際に現地で経験したことも含めて語られています。

 シリア情勢に関しては、アサド政権をイランとロシアが、スンニ派の反政府武装組織をトルコなどが支援しており、2015年11月にはロシア空軍機をトルコ空軍機が撃墜するという事件も起きていますが、16年8月のエルドアン・プーチン会談以降、対立がなくなったわけではないものの、トルコとロシアの間で一種の協調関係が出来上がっています。
 ただし、クルド人の問題などもあり、各国が納得する形でシリアの紛争が終結することを想像することは難しい状況です。

 第3章ではトルコに焦点が当てられています。トルコはアジアとヨーロッパの間に位置する国であり、シリアからの難民をもっとも多く受け入れている国でもあります。
 また、トルコはEU加盟も目指し、1999年には正式加盟交渉の候補国となり、05年には正式加盟交渉が始まりました。しかし、この交渉はキプロス問題でつまづきます。さらに01年の9.11テロ以降、「イスラーム圏のトルコ」に対する拒絶感情が表面化し、EUへの加盟交渉は進展していません。
 2016年には難民流出抑制と引き換えに、トルコがシェンゲン圏内のビザなし渡航を得ることになっていましたが、ここでもテロ組織の指定基準がEUと適合しないということで(トルコはクルド人のクルディスタン労働者党(PKK)とシリアのクルド人系武装組織の人民防衛隊(YPG)をテロ組織としていますが、EUは指定していない)、これも実現していません。

 このクルド人をめぐってはアメリカとも立場が違っています。アメリカは対「イスラーム国」のためにYPGを支援していますが、トルコにとってみるとYPGがトルコ国境沿いのシリアの地域を支配するのは許しがたいことで、2016年8月〜17年3月まで「ユーフラテスの盾」作戦というシリア領内への越境攻撃を行っています。
 ただ、このあたりの記述はかなりトルコ寄りです。「トルコ国内にもクルド人が多く住む地域があるが、そこで国軍と市民の衝突など起きていない。自国で迫害しないのに、わざわざ隣国に軍を出してクルド人を迫害する理由がないのである」(131−132p)と書いていますが、これには反論するクルド人も多いのではないでしょうか(90年代まではクルド人に対する軍や警察の対応に問題があったということは150pに書いてある)。

 著者は基本的にエルドアンを評価しており、クルド人問題についても、エルドアンがクルド人への差別的な政策を改め、クルド人の多い東南部地域の貧困問題に取り組み、PKKとの和解交渉に乗り出したと評価しています(和解交渉に関しては「シリア内戦を勢力拡大の好機と捉えたPKKが反撃に転じたために和解への道は閉ざされることになった」(156p)と書いている)。
 確かにトルコ民族主義を掲げていたことに比べると、エルドアンの公正・発展党(AKP)はイスラーム主義を掲げているためにクルド人への偏見は少ないのだと思います。ただし、2015年の総選挙におけるクルド人系政党HDPの躍進のころから、クルド人に対して厳しい姿勢に転じつつあるように思えるのですが、どうなんでしょうか? 
 また、2016年7月のクーデター未遂事件とギュレン運動の関係についても、エルドアン政権の説明を鵜呑みにしているように思えます。
 ただ、エルドアンをポピュリストであるとはっきりと認めながら(163p)、それを評価するという姿勢は1つの見方ではあると思います。そして、2010年のエルドアン政権下のトルコがスンニー派ムスリム世界のリーダーを目指し始めているという指摘(166p)も重要なものでしょう。

 第4章では「イスラーム世界の混迷」と題し、「アラブの春」後の混乱や「イスラーム国」などについて扱っています。ここも『イスラム戦争』(集英社新書)と少しかぶります。
 まず、「イスラーム国」ですが、カリフを中心とした主権国家とは違う原理で構成される国家についてスンニー派のムスリムの間ではそれを受け入れる素地があったと著者は考えています(例えば、「イスラーム国」を支持するのはナイジェリアで14%、、マレーシアとセネガルで11%、パキスタンで9%、トルコで8%といった数字だが、これらの国の人口を考えると相当な数の支持者がいることになる)。しかし、イスラームは民族によって差別をせず、他宗教の存在も認めるのに対して、「イスラーム国」は異教徒との共存をしようとはしませんでした。ここはイスラームの教えに反しているとしています。
 
 「イスラーム国」を支持する素地をつくった要因の1つが、欧米諸国の中東地域に対するダブルスタンダードともいえる向き合い方です。
 「アラブの春」後のエジプトではムスリム同胞団の支援するモルシーが大統領となりました。これは民主主義の結果ですが、これを軍がクーデターで打倒しても、欧米諸国はそれほど強く反発しませんでした(オバマ政権は軍事援助を凍結しましたが)。イスラーム色の強い政権の誕生は欧米諸国が歓迎するものではなかったのです。
 2010年に同志社大学を訪れたアフガニスタンのカルザイ大統領は、アフガニスタンが安定しないのは宗教が原因かと尋ねた学生に対して、「イスラームとは関係ない。アフガニスタンが平和になれないのは、欧米諸国がアフガニスタンに『国民国家』(ネイション・ステイト)の枠組みを押し付けるからだ」(199p)と述べたといいますが、欧米の考える枠組みや価値観がイスラームの考えとフィットしないことが、問題の根底にはあります。

 第4章の後半と第5章では再びヨーロッパに目を転じています。
 第4章の後半では「イスラーム国」に参加したヨーロッパ在住の若者の心理が分析されています。著者は中東の紛争などで殺されるムスリムをみて、今まで強く感じていなかったムスリムとしての意識が再覚醒されたこと、社会の差別的な構造の中でイスラームの教えが一種の承認を与えてくることなどを指摘しています。
 
 第5章ではヨーロッパ側、特にオランダとドイツにおける反イスラームの動きの高まりを追っています。
 オランダは「リベラル」な国で、以前はムスリムに対する差別は目立ちませんでしたが、9.11以降、特にピム・フォルタウィンやウィルダースといったポピュリズム的な政治家が現れたことによってムスリムに対する見方は一変しました。彼らは同性愛などを認めないイスラームは「リベラル」と相容れないとして、イスラームを批判するのです。

 ドイツに関しては、以前は国籍に血統主義を採用していたように、もともと移民に対して保守的なところがありましたが、やはり状況が厳しくなってきたのは9.11以降だといいます。
 2010年にメルケル首相が「多文化主義は失敗だった」と発言し、政府がより移民に関わって「統合」していかなければならないという方針を打ち出すのですが、この「統合」がムスリムからみると「同化」を求められているように感じることもあります。そして、2015年の難民危機以降は、AfDのような反移民・難民の政党が勢力を伸ばすようになっています。
 
 現在の状況に関して、著者は同化主義も多文化主義も行き詰まっていると見ており、イスラームの考えにヨーロッパ社会が理解を示さない限り、共生は難しいとみています。

 以上が本書の内容ですが、最初にも書いたようにヨーロッパに関する部分はタイトルから想像するよりは少ないかもしれません。また、トルコ、特にエルドアンに対する評価は意見の分かれるところでしょう。
 ただ、ムスリムを内在的に理解しようとする本書のスタンスは、欧米経由の情報に接することの多い日本人にとっては貴重なものでしょうし、現在起きており問題を複眼的に見るために必要なものだと思います。