帯には「隣国の苦悩は、日本の近未来だ」との言葉があります。人によっては「日本のほうが先に豊かになって先に高齢化しているんだから日本こそが韓国の近未来では?」と思うかもしれませんが、本書を読むと、良くも悪くも韓国が先に進んでいる部分があり、日本と似たような問題に、より厳しい形で直面していることがわかると思います。
 0.92という先進国の中でも圧倒的に低い出生率、高齢者の貧困問題、ジェンダー・ギャップなど韓国はさまざまな問題を抱えていますが、同時に大胆な対策も取られています。ただし、その大胆な政策がうまくいくとは限らず、むしろ副作用に苦しんでいる面もあります。

 本書はそんな韓国社会の取り組みを明らかにすることで、同時に同じような問題に直面する日本に対するヒントも与えてくれる内容になっています。韓国社会を知りたい人はもちろん、日本の少子化問題や教育問題、ジェンダー問題などに興味がある人が読んでも得るものは大きいでしょう。同じ中公新書で、非常に面白かった大西裕『先進国・韓国の憂鬱』と重なる部分もありますが、本書のほうがより間口が広い感じです。

 目次は以下の通り。
第1章 世界で突出する少子化―0.92ショックはなぜ
第2章 貧困化、孤立化、ひとりの時代の到来
第3章 デジタル先進国の明暗―最先端の試行錯誤
第4章 国民総高学歴社会の憂鬱―「ヘル朝鮮」の実情
第5章 韓国女性のいま―男尊女卑は変わるか
終章 絶望的な格差と社会―若者の活路は

 まずは少子化です。韓国の出生率は2019年の時点で0.92というずば抜けた低さで、しかも急ピッチで少子高齢化が進んでいます。2020年の段階で人口の中で65歳以上の占める割合は日本28.9%、韓国15.7%ですが2060年には日本38.4%、韓国46.5%となります(5p1−1参照)。人口自体も2017年の5136万から2067年には3929万に、2117年には1168万に減少する予測となっています(9p1−5参照)。
 韓国では未婚率も上昇し続けており、2035年頃には日本を上回る予測となっています(12p1−7参照)。この結果、高齢者単身世帯も急速に増加すると考えられています。
 さらには徴兵制を敷く韓国では兵力不足も懸念されており、2018年に97万人いた19〜21歳の男性人口は2040年には46万人に半減します(14p)。
 ただし、社会全体の危機感はやや薄いといいます。これは北朝鮮との統一がなされれば人口が増加するというが理由の1つなのですが、北朝鮮の出生率も2018年時点で1.9と少子化が進んでいます。
 また、政府が少子化対策に取り組むタイミングも遅れており、1996年までは「出生抑制政策」がとられていました(28p)。

 韓国の少子化の要因も日本と同じく晩婚化・未婚化が大きいです。初婚年齢は2018年で男性33.2歳(日本は31.1歳)、女性は30.4歳(日本は29.4歳)となっており、日本以上に晩婚化が進んでいます(18p1−10参照)。さらに夫婦がもうける子どもの数も日本は2人近くなのに対して韓国は1.33人です(26p)。
 こうした状況をもたらしているのが、経済的要因です。男性側の結婚できない要因としては「就職できないから」「安定した職につけないから」といったものがメインで、結婚式の費用や新婚の住居の費用も重くのしかかります。
 女性側では結婚に対するネガティブなイメージも強く、「結婚に負担を感じる」のは日本女性が32.3%に対して韓国女性は64.0%、「子どもがいると就業やキャリアに制約を受ける」は日本女性35.6%に対して韓国女性77.2%と、結婚や子育てに対するマイナスイメージが強いです。
 さらに、1995〜2000年にかけて女児100人に対して男児が平均114人とアンバランスな状況がつづいたこともあり(息子欲しさに中絶が行われたと考えられる)、男性の結婚難はつづくと考えられます。

 政府は2004年から少子化対策に本腰を入れており、保育所の整備は日本以上に進みました。3歳未満の保育所利用率は2012年の時点で日本25.3%に対して韓国は62.0%にのぼっています(31p)。女性の正社員が朝7時〜夜10時まで子どもを預けて働くことも可能になりました。
 さらに、無償保育も日本に先駆けて実施されました。2013年、朴槿恵政権のもとで0〜5歳児を持つ全所得者対象に行われています。ただし、出生率は回復していませんし、保育所の質が低下し、保育士の暴言や暴行が問題になりました。また、タダならばと専業主婦が子どもを保育園に子どもを預ける動きも起こったり、裕福な家庭は保育無償化で浮いたお金を習い事につぎ込むようになるなど、あまりうまくいっていないのが現状のようです。

 実は韓国では小学校こそ教育費がかかります。韓国では小学生の学校外学習活動への参加率が82.3%と中学高校よりも高く、その費用が家庭に重くのしかかっているのです。これは韓国の小学校が1,2年生は午後1時、3,4年生が午後2時と比較的早く終わるために、親が帰宅するために学習塾や習い事をはしごさせるのが当たり前になっているからです。
 結果として、小学生の学校以外の平均学習時間は5時間23分と大学生(4時間10分)よりも長くなっています(48p)。
 文在寅政権は対策として2024年から小学校の下校時間を遅らせるとしていますが、これは教員組合から大きな反発が出ています。

 この他にも、結婚移民者(主に韓国の男性のもとに嫁いでくる外国人女性)へのかなり手厚い語学教育や帰化促進、重国籍の容認などを打ち出していますが、少子化対策の決定打とはなり得ていないのが現状です。

 続いてとり上げられているのが、高齢化とそれに伴う格差の問題です。
 一般的に高齢化が格差を拡大させると考えられていますが、韓国は65歳以上の相対的貧困率が43.7%とOECD加盟国中トップであり(53p)、特に問題が深刻です。
 この背景には、韓国が急激な経済成長と高齢化の中で、社会保障制度の整備が追いつかなかったことがあげられます。国民皆年金が実現したのは1999年であり公的年金の支給額は平均61万ウォン(約5万3千円)と定額で、年金受給率も45.9%にとどまっています(55−56p)。
 以前は、子どもが親の面倒を見るのが当たり前でしたが、子ども世代も就職難や不安定な雇用で余裕を失っており、親の面倒を見ない子どもを親が訴える「親不孝訴訟」も起きています。
 
 ただし、すべての高齢者が苦しんでいるわけではありません。例えば、公務員年金の受給者で受給額が月100万ウォンに満たいない者は10%以下にとどまっています。このような年金格差がある中で公務員年金の赤字の穴埋めに2018年で2兆2806億ウォンが使われており、問題となっていますが、韓国ではそれ以上に国民年金公団を通じた株主権の行使に注目が集まっています。2019年には大韓航空の会長の再任を阻止するなど、年金公団を通じて企業を統制しようという動きがあります。

 年金だけは暮らせないので多くの高齢者が働いています。清掃やホテルなどで働く高齢者が大きのは日本と同じですが、65歳以上が地下鉄をただで乗れることを利用した「老人宅配」もあるそうです(66p)。
 シルバー・ユーチューバーも続々と生まれており、年配者の中でもユーチューブなどのネットの存在感は高まっています。

 第3章ではデジタル化がとり上げられていますが、ここは韓国が圧倒的に先行している分野です。
 2016年の時点でキャッシュレス決差が96.4%、スマホの利用率は95%(2018年)、国税庁のウェブサイトで住民登録番号を入力すれば、過去1年間の買い物履歴のすべて確認できます。国民健康保険システムも住民登録番号と連動しており、病院での治療歴も蓄積されています。病院の実績などもネットで確認でき、日常生活にデジタル化が浸透しています。

 韓国の住民登録番号制度は、もともと日本の植民地支配時代の住民管理制度にさかのぼり、北朝鮮との対立の中で住民登録制度が整備されていきました(このあたりは羅芝賢『番号を創る権力』に詳しい)。
 もともとは国民統制のためのしくみでしたが、現在ではその利便性から広く国民に受け入れられています。ただし、あまりに住民登録番号の仕様が当たり前だったために、番号が漏れる問題がたびたび起きていました。近年では民間業者による番号の収集や利用に歯止めがかけられるようになっていますが、それでも遅漏問題は起きています。

 行政のデジタル化も進んでおり、2001年には行政事務は原則として電子処理をする「電子政府法」が制定されています。書類の交付は基本的にオンラインで行われ、提出先にもそのままメールで送信すれば良いようになっています。
 韓国ではトップダウンでデジタル化が進められており、中央政府が標準システムを開発し、それを各自治体などが使う方式で、自治体ごとにバラバラのシステムを使う日本との間の大きな違いになっています。
 監視カメラの普及、スマートシティの推進などでも、韓国は進んだレベルにありますが、さらに密告を奨励する「パパラッチ制度」もあります。犯罪行為を撮影して関係当局に通報すると、奨励金がもらえるのです。
 
 このIT化のきっかけとなったのがアジア通貨危機です。金大中大統領のもとで電子政府化が進められるとともに、パソコン講習を各地で開いたり、若年失業者をデータベース構築作業に雇用するなどして一気にIT化を進めました。
 ICT教育に関しても進んでいますが、PISAの読解力分野では12年連続して平均点が下がっており(117p)、ICT機器の利用は進んでいるものの、日本と同じく詰め込み中心の教育が問題になっています。また、デジタル・ポートフォリオも日本より先に導入されていますが、教員が入力作業に1日4時間以上使う状況になっており、その負担軽減が課題になっています。

 第4章が韓国の学歴社会について。韓国の受験が日本以上に厳しいというのは知られていることかもしれませんが、韓国の大学進学率は2009年に77.8%とピークに達した後、18年には69.8%に低下しています(日本は18年で59.7%(127−128p)。
 先進国では女子の大学進学率が男子を上回ることが多いですが、韓国もそうで、18年で女子が73.8%、男子は65.9%となっています。
 この男子の進学率の落ち込みの背景にあるのが就職難です。25〜34歳人口の就業率は大卒75%、高卒65%と低く、大卒新入社員の平均年齢は兵役があるとはいえ、30.9歳まで上昇敷いています(132−133p)。それにも関わらず、大学教育の私的負担率が高く、投資に見合うリターンが得られない状況になっているのです。

 韓国ではエリート教育と平等主義が併存しており、スポーツの世界では徹底的なエリート主義が行われている一方で、1974年には高校入試を廃止するという高校平準化制度が導入され、受験名門校が一気に解体されました。
 しかし、現在では、トップレベルに答える形で2000年に科学英才高校が新設され、さらに外国語高校や財閥が資金を投入してつくられた自律型私立高校などのエリートのための高校が存在しています。
 親が子どもに過度な期待を抱く「教育虐待」も問題になっています。この理由として、日本と違って韓国の受験は基本的に大学受験のただ1回であり、日本のように徐々に子どもの現実を受け入れる機会がないからだと考えられます。韓国の子どもが両親と一緒に過ごす時間は1日平均わずか48分であり(147p)、OECDで最下位となっています。

 韓国では英語教育もさかんでTOEFLやTOEICの受験者も多いのですが、李明博政権はこうした海外の試験への依存度の高さを是正するために、鳴り物入りで「国家英語能力評価試験(NEAT)」を開発しました。4技能を測るもので大学入試への活用も検討されていましたが、教育現場からの批判、予算オーバーなどによって朴槿恵政権になるとテストはあっさりと中止されました。
 大学の講義の英語化も進められていますが、やはり韓国語の講義に比べると伝えられる内容は限られ、中途半端な学習しかできない状況もあるようです。
 他にも韓国政府は、海外の大学を誘致する「仁川グローバルキャンパス」、「済州国際英語都市」などがありますが、思ったほど学生が集まっていないのが現状のようです。一方でサムソン財閥がバックアップする成均館大学は国際的な大学ランキングの順位を急激に上げています。

 英語教育をはじめとして過度な競争が生まれる背景には若者の就職難があります。就職をあきらめた人やアルバイトなどをしながら就活をしている人を含む20代の拡張失業率は約23%とも言われ(173p)、政府もさまざまな対策を打っています。
 しかし、正社員の平均年収で大企業6487万ウォン、中小企業3771万ウォンと大きな開きがあり、若者は大企業や公務員の職を求めて就活にチャレンジし続けます。韓国では年収以外にも「職業威信」とも言われる世間的な格付け意識が根強く、圧倒的にホワイトカラーが好まれます。日本のキッザニアにあって韓国のキッザニアにない職業は、花屋、消防士、自動車整備士、バスガイド、宅配ドライバー、工員などであり、韓国の親はこれらの職業に「下手に興味を持たれたら困る」と考えるそうです(183p)。
 そこで、海外就職も視野に入ってきます。政府も海外就職を支援しており、海外就職を目指す専門学校も多数存在します。韓国では高学歴化した若者と社会の間でミスマッチが起きていて、自らのイメージする職につくのはなかなか難しいのです。

 第5章はジェンダーの問題です。チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』は韓国でベストセラーになり、日本でもヒットしました。日韓ともに女性は社会においてさまざまな形で抑圧されており、その生きづらさは共通だと言えます。
 ただし、この状況に対する反応はずいぶん違っていて、韓国では2004年に比例代表候補者の50%以上を女性とするクオータ制が導入され、公務員の採用や管理職の登用に関しても数値比率を掲げて実行しています。政府の対応は韓国が進んでいます。
 もっとも、公務員の採用試験に関しては「男女平等」はむしろ男性に恩恵を与える制度になっています。公務員には優秀な女性志願者が殺到しており、ジェンダーのバランスを取るために男性に追加合格が出されているのです。また、政治家でも女性道知事はゼロ、学校でも校長は極めて少ないなど、トップに関してはまだまだ男性優位です。

 フェミニズム運動も日本よりもさかんで、#Me Too運動も盛り上がりましたが、同時に男女間のジェンダー対立が先鋭化しています。
 文在寅政権の支持率も2018年12月の時点で20代の女性の支持率が63.5%に対して男性は29.4%と非常にアンバランスです。これは若い男性がジェンダー平等政策に怒りを向けていることが一因だと考えられます。兵役が男性のみに課せられていることの不平等感は大きく、ジェンダー平等政策をすんなりとは受け入れられない形です。
 また、本章では、学校教育の場における人権尊重と自由化を求める運動にも触れています。各地で制定されている学生人権条例によって頭髪の自由や持ち物検査や所持品の没収禁止などが広まっており、ここも日本よりも進んでいる面と言えるかもしれません。

 このように本書はさまざまな面から韓国社会の現在に迫っています。日本と似た面も多いのですが、課題に直面したときに、「理想」と「現実」の間で日本では「現実」が勝利するのに対して、韓国では「理想」が勝利するというイメージを受けました。それが社会のダイナミックな動きにつながっています。
 ただ、それは文化ではなく制度的なものが生み出しているということを示しているのも本書の優れた点です。韓国の大統領は1期5年の再選不可であり、そのために各大統領はレガシーづくりのために大胆な改革に打って出ます。それが思い切った変化をもたらしていますが、同時に短期的なスパンの政策ばかりを生み出し、社会を不安定化させてもいるのです。
 最初にも述べましたが、韓国を知るためだではなく、日本の課題を考える上でも非常に有益な本だと思います。