アメリカといえば民主党と共和党の二大政党の国であり、近年では分極化の影響もあって、その政治的な主張もはっきりしています。
 しかし、例えば人種差別に関して言えば、もともと南部の奴隷制に反対したのは共和党であったはずのに、今は民主党の方がBLM運動に共感していたり、民主党の牙城だった南部が今は共和党の牙城になっているなど、そのあり方にはいくつかの歴史的なねじれがあります。
 また、トランプやサンダースのようなアウトサイダーが大統領の予備選の有力候補となり、トランプに至っては実際に大統領になってしまうことなどは、日本では考えにくいです。
 本書は、そんな日本から見ると少し変わったアメリカの政党政治の仕組みを歴史から紐解いています。歴史的記述が多いので、例えば岩波の<新書 アメリカ史>シリーズの中野耕太郎『20世紀アメリカの夢』や古矢旬『グローバル時代のアメリカ』と被る部分も多いのですが、終章の今後の展望は政治学者ならではのもので、今後のアメリカ政治を考える上で非常に参考になると思います。

 目次は以下の通り。
序章 政治を緩やかに覆うアメリカの政党
第1章 反政党の時代―アメリカ革命~一八二〇年代
第2章 政党政治の本格化―ジャクソン政権期~再建期
第3章 現代社会への適応―南北戦争後~一九三〇年代
第4章 リベラル優位の時代―戦後~一九七〇年代
第5章 分極化の時代―一九八〇年代~オバマ政権期
終章 アメリカ政治は多数決主義に向かうのか

 連邦議会の下院議長をつとめたティップ・オニールは「我々民主党の人間は、皆一つのテントにいる。これがよその国なら、我々は五つのバラバラの政党に分かれていることだろう」(4p)という言葉を残していますが、この「テント」という喩えはアメリカの二大政党の特徴をうまく示しています。
 アメリカの二大政党は結党以来一貫したイデオロギーを掲げているとは言い難いですし、誰が党員なのかというのもあやふやです(いわゆる党費を収めて党員になるといった仕組みはないが、有権者の政党支持に意識ははっきりしている)。

 この二大政党を規定するものは選挙です。アメリカの選挙の基本は小選挙区であることから二党制になりやすいですし、さらに大統領選挙という大きな選挙があるため、地域政党も発展しにくくなっています。
 また、アメリカの選挙にはほぼすべてで予備選挙があり、党の候補者を選挙で決めており、党の実力者が予備選で敗れるという番狂わせ魔あります。このため選挙は「候補者中心」で戦われ、党中央が候補者を差し替えたり調整したりすることはありません。

 こうして自らの力で勝ち上がった議員は当然ながら自律的に行動し、党議拘束のようなものはかけにくくなっています。
 議会の決定の手続きにおいても少数派が影響力を持ちやすい構造になっており、特に上院のフィリバスターと呼ばれる議事妨害を乗り越えるのは3/5以上の多数が必要であり、少数派が異議を申し立てやすい仕組みになっています。このため連邦議会に提出される法案で成立するのは数%ほどです。
 一方、大統領も議会に対してできることは非常に限られており、また、党首というわけでもないので、政党を通じて議員にはたらきかけるのにも限界があります。
 アメリカでは政党が政府機関を結びつけるというわけでもなく、権力の核のようなものが生まれにくい構造になっています。

 建国当時のアメリカでは党派というものは基本的に嫌われていました。しかし、憲法制定会議では連邦政府の権限を強めようとする連邦派と、州以下の政府にできるだけ権限を残そうとする反対派が対立します。
 憲法の批准が終わり、ワシントンが大統領に就任した後も党派の対立は続きます。反連邦派はジェファソンを中心に民主共和派としてまとまり、単に共和派とも呼ばれるようになります。
 建国当時の大統領選は、1位が大統領に、2位が副大統領になるという形だったので、1796年の大統領選挙では連邦派のジョン・アダムズが大統領、共和派のジェファソンが副大統領になっています。そして、1800年の大統領選挙ではジェファソンが当選し、連邦派から共和派への政権交代が行われました。

 この後、中心人物のハミルトンを失った連邦派は凋落し、一方で共和派も連邦政府の大きな役割を容認するようになります。大きな党派対立はなくなり、「好感情の時代」とも呼ばれる時代が現れました。
 しかし、この時代に終止符を打ったのがアンドリュー・ジャクソンです。戦争の英雄だったジャクソンは1824年の大統領選挙ではジョン・クィンジー・アダムズに敗れますが、この選挙では選挙人の数ではジャクソンが上回ったものの過半数を獲得できず、連邦議会下院での決選投票でアダムズが勝ったというもので、ジャクソン支持者には不満が残るものでした。
 そこでジャクソン支持者は、マーティン・ヴァン・ビューレンの指導のもと雪辱を果たすために結集し、1828年の大統領選挙でアダムズに圧勝します。この打倒アダムズのために結集した勢力が現在まで続く民主党となっていくのです。

 ジャクソンは1832年の大統領選で再選されますが、これに危機感を覚えた反ジャクソン派は、ジャクソンを「アンドルー1世」という国王に見立て、自らをイギリスで「反王党派」を指す「ホイッグ」だと名乗るようになります。ここにホイッグ党が誕生します。
 なかなかまとまらなかったホイッグ党でしたが、1840年の大統領選でハンソンを擁立して勝利し、ここに民主党とホイッグ党の二大政党が成立します。
 二大政党の政策の違いはそれほどはっきりしていませんでしたが、猟官制の確立とともに官職の分配が政党の大きな役割となり、特に官職の分配に大きな影響力を持つ大統領選での勝利こそが政党の存在意義とされました。

 19世紀の末頃までは「政党の時代」とも呼ばれており、多くの市民は贔屓のスポーツチームがあるようにどちらかの政党を支持し、大統領選の投票率は8割を超えることもありました。
 政党は個々の有権者を把握し、党派別の新聞やレクリエーションによって結束を高めました。大都市にはマシーンと呼ばれる党組織があり、新参の移民を掌握しました。秘密投票は確立されておらず、投票の際も党組織に監視されていました。
 
 しかし、民主党に比べて「反ジャクソン」で結集したホイッグ党の凝集力は弱く、大統領選でも苦戦を強いられます。
 さらにこの時期には奴隷制をめぐって南北の対立が起こり、この奴隷制に反対する人々が共和党を形成していくことになります。1856年の大統領選挙で共和党のフリーモントが33%の票を獲得し、連邦議会ではホイッグ党を抜いて第二党となります。そして1860年の大統領選でリンカンが勝利するのです。奴隷制をめぐって民主党が南北で分裂したこともあり、北部で圧勝したリンカンが大統領となりました。

 ご存知のように、南北の対立は南北戦争となり、激戦の末、北部が勝利します。奴隷制の廃止も決まりますが、リンカンを暗殺で失い、奴隷制廃止という目的も達成した共和党はいかに結束を維持するかという問題に直面します。
 共和党は南部において、黒人男性に選挙権を与えて彼らの支持を得ようとしますが、その方針は北部の白人からの反発を呼び(北部でも黒人が投票できるのは一部の州だった)、共和党の勢力は退潮します。一方、南部では共和党への反発から民主党が多数派を占めるようになりました。

 南北戦争後に成立した共和・民主の二大政党制に対して、19世紀末にこの二大政党にチャレンジしたのはポピュリズムの語源ともなっている人民党です。当時、農民たちは通過不足に苦しんでおり、銀貨の鋳造によるインフレの実現を目指し、政党を立ち上げたのです。
 人民党は92年の選挙で連邦下院に二桁の議員を送り込み、大統領選でも6州で選挙人を獲得する健闘を見せました。これに対して民主党は、人民党の主張に乗る形で銀貨鋳造を支持し、金本位制を攻撃するブライアンを1896年大統領選の大統領候補に据えます。主張を奪われた人民党はブライアンを支持しますが敗北し、人民党は解体され、支持者の多くは民主党に移りました。
 この後、民主党は農村地域を押さえ、共和党が都市部を押さえる形となり、都市人口の増大とともに共和党が優位になります。

 19世紀末から1920年代まで、アメリカでは「革新派」と呼ばれる人々による社会変革の機運が盛り上がります。社会問題に光が当てられ、専門知識が政治の場でも重視されるようになりました。民主化の動きも進み、連邦上院議員の選出も州議会による選出から有権者による直接選挙へと変わっていきます。
 秘密投票も導入され、さらに有権者登録制度や予備選挙といったアメリカ独自の仕組みも導入されていきます。なお、有権者登録制度は有権者の数を狭めるので革新的ではないような気もしますが、当時の人々は政治参加には最低限の知性や知識が必要であり、英語もよくわからない新移民が選挙に参加するのは問題だと考えていました。
 なお、秘密投票や予備選挙を二大政党が受け入れたのは、それが第三党の進出を阻む役目を果たしたからです。秘密選挙とともに政府が投票用紙を管理するようになり、一定の署名を集めないと立候補できなくなりました。

 1901年に副大統領から昇格して大統領となった共和党のセオドア・ローズヴェルトや、12年の大統領選に勝利した民主党もウィルソンは革新派の人物で、大統領自らが積極的な政策を打ち出しました。しかし、1920年の大統領選挙で共和党のハーディングが「平常への復帰」を訴えて勝利すると、革新主義の気運は失われていき。共和党優位の時代となります。
 この時代は、党派性を前面に押し出していた新聞が広告収入の比重の高まりとともに、客観報道へとスタイルを変えていき、党や候補者を吟味するよう促す効果を持ちました。

 1929年の世界恐慌に対して、共和党のフーヴァーは効果的な政策を取れず、32年の大統領選挙でフランクリン・ローズヴェルトが勝利します。
 ローズヴェルトは不況対策を行うだけでなく、労働組合の権利を認め、社会保障制度を整え、福祉国家の基礎を築きました。民主党は労働者や農民の支持も獲得し、ローズヴェルト以降、民主党優位の体制が出現します。

 これ以後、連邦政府が国内の社会経済的な課題に対処するのが当たり前になり、大統領にも政策課題や政策案を提示することが求められるようになりました。また、政府の積極的な介入を容認する立場が「リベラル」と呼ばれるようになります。
 大恐慌期から1960年代にかけては民主党優位の時代でしたが、南部の民主党はリベラルな政策に反対し続け、民主党内での対立が激しくなります。
 一方、共和党は第二次大戦の英雄アイゼンハワーを擁して1952年の大統領選に勝利しますが、アイゼンハワーは中道であり、リベラルな政策を引き継ぎました。この時期は外交面の二大政党のスタンスの違いはなく、両党の距離は近かったと言えます。

 これが少し変わってくるのが60年代です。民主党のケネディとジョンソンは議会などの意向にとらわれず、側近とともに独断的に政策を進める「帝王的」な統治スタイルを取り、人種差別の是正や貧困対策などで大胆な政策を進めました。
 一方の共和党内では、64年の大統領選で保守派のゴールドウォーターが候補になるなど、党内の保守勢力が一定の力を持ち始めます、そして、68年の大統領選でニクソンは南部の保守層にもアプローチして勝利しました。この後、南部は共和党の地盤になっていき、イデオロギー的な分極化が始まります。

 ただし、共和党の「保守」はアンチ・リベラルの集合体であり、そこには福祉国家に反対するオールド・ライト、伝統的規範を重視する伝統主義者反共主義者、さらには宗教右派などの雑多な集まりでもありました。彼らにはさまざまな思惑がありましたが、「減税」、「人工妊娠中絶への反対」といった争点で一致し、共和党を支持していくのです。一方、民主党では南部の保守派が勢力を弱めたことでよりリベラル化します。
 このイデオロギー的な分極化の原因の1つに予備選挙の存在があります。選挙を戦うための資源を自分で集める必要があつ候補者は、支持団体や社会運動の影響を受けやすく、保守またはリベラルの方向に引っ張られます。
 また、この時期の二大政党は制度化されていきます。例えば、大統領選挙の討論会が制度化されたことによって、第三党からの立候補はますます難しくなりました(第三党で参加できたのは92年のロス・ペローのみ)。

 80年の大統領選でレーガンが勝利すると、保守が攻勢を強め、最高裁の人事などをめぐっても党は対立が繰り広げられることになります。保守派を支えるシンクタンクなども充実するようになり、こうした組織をコーク兄弟などの大富豪がバックアップしました。
 一方、民主党は92年の大統領選でビル・クリントンが勝利します。クリントンはリベラル路線の行き詰まりを打開するためい「第三の道」を模索しましたが、94年の中間選挙では共和党がギングリッチを中心に保守的な公約を掲げて勝利し、分極化がますます進むことになります。
 都市部の民主党、地方の共和党という色分けもはっきりし始め、地方で優位にたった共和党が連邦議会で多数派を握る傾向が強くなり、多くの州政府を支配するようになります。

 2001年からのブッシュ政権では、イラク戦争の問題もあり、外交面でも分極化が現れます。 
 両党のイデオロギー的な分極化が進んだことによって、政治家はイデオロギー的な凝集性を高め、党指導部が力を持つようになります。また、分極化とともに妥協は難しくなり、法案が成立する率は更に低下したました。
 この決められない政治はオバマ政権、トランプ政権になっても変わらず、オバマ政権下では共和党が茶会運動に振り回されましたし、議会の抵抗で政策を通すことができなくなったオバマ大統領は大統領令に頼る姿勢を見せました。この公約した政策の停滞と大統領令に頼る姿勢はトランプ政権も同じです。
 また、有権者の分極化も進み始め、一貫したイデオロギー的態度をとる有権者が増え、支持政党の固定化も進んでいます。

 こうした歴史を受けて、終章では今後の展望が示されています。
  この終章では、「分極化はどちらの党に有利なのか?」という刺激的な問が出されていますが、その答えはズバリ共和党です。リベラルは保守よりも連邦政府を通じて何かをすることを重視しますから、「決められない政治」による連邦政府の不作為は民主党にとって痛手です。
 一方、州レベルの政治においては必ずしも「決められない政治」になるとは限りません。どちらかの党の優位が確定している州が多いからです。そのため、共和党優位の州ではで福祉が切り下げられ、人工妊娠中絶への規制が強まり、銃規制が緩まる一方で、民主党優位の州では独自の環境規制や食品表示規制が進んでいます。また、共和党優位の州では投票コストの引き上げや選挙区の自党に優位な区割りが進んでいます。
 こうした中で、有権者の6割が第三党が必要だと考えていますが(242p)、現在の制度化された二大政党の壁を打ち破るのは容易ではありません。

 「決められない政治」を打破するために考えられているのがフィリバスター改革です。特に人事などで悩まされてきた民主党はこれを望んでいますが、これが実現すればアメリカの民主政治は多数決主義に近づき、党派の悪弊を党派によって抑制するマディソン主義の考えからは遠のきます。多数決主義が良いことなのか悪いことなのかは一概には言えませんが、アメリカ政治の大きな転換点となる可能性はあります。

 このように本書はアメリカの政党の歴史を紐解きながら、アメリカの政党と政治制度の特徴を描き出しています。アメリカ政治に関しては、他にも優れた著作(初めにあげた岩波新書のアメリカ史のシリーズなど)がありますが、本書は政治学からの視点によって、より制度的な変遷とそれがもたらしている帰結がわかるようになっています。特に終章の展望は興味深く、今後のアメリカ政治を考える上で重要な手がかりを教えてくれる内容になっています。