タイトルの通り中東政治に関する入門書ですが、以下の目次を見ればわかるように、歴史的な経緯を追うのでもなく、国別の状況を説明するのではなく、「国家」「独裁」「紛争」「石油」「宗教」といった具合に、中東の政治におけるそれぞれの特徴に着目しながら論じています。
 例えば、中東と言えば「石油」のイメージがありますが、ほぼ石油中心の経済を持つサウジアラビアやクウェートのような国もあれば、石油は出るけどそれ以外のウェイトも大きいイランやアルジェリア、ほぼ石油が出ないヨルダンやレバノンといった国もあるわけです。本書は、そうした国同士の比較を通じながら「石油」が中東の政治に何をもたらしているのかということを明らかにしていきます。
 こうした国同士の比較を通じて政治のはたらきを明らかにしようとする政治学の一分野を比較政治学と呼ぶのですが、本書はまさにその手法が取られており、中東政治の入門書であるとともに比較政治学の入門書的な役割も果たしています。
 本書は、中東政治についての通俗的な解説よりも一段深い知見を得られると同時に、一般的な政治理論と地域研究の間に広がる学問的な領域を知ることができる贅沢な内容になっています。

 目次は以下の通り。
第1章 国家―なぜ中東諸国は生まれたのか
第2章 独裁―なぜ民主化が進まないのか
第3章 紛争―なぜ戦争や内戦が起こるのか
第4章 石油―なぜ経済発展がうまくいかないのか
第5章 宗教―なぜ世俗化が進まないのか
終章 国際政治のなかの中東政治

 中東という地域がどこを指すのかに関しては揺れがある場合がありますが、本書では東はイランから西はモロッコまでをその範囲としています。民族としてはアラブ人、イラン人、トルコ人の三大民族とそれ以外の少数民族おり、トルコ人とイラン人がそれぞれ1つの国を持っているのに対して、アラブ人は多くの国を築いています。宗教はもちろんイスラームが中心ですが、イスラエルはユダヤ教が多数派ですし、レバノンやシリアではキリスト教徒も一定の割合を占めています。

 中東の国家の多くは19世紀後半からオスマン帝国が弱体化していく中で、ヨーロッパの国々の影響を受けた「植民地国家」にその起源があります。「植民地国家」の特徴は、首都を中心とした中央政権的な政治。西欧列強と一部の有力者の同盟関係および経済的隷属を通じた植民地政策、西欧列強による政治的・経済的な意思決定、の3つのですが(35p)、この性格が現在の国家にも受け継がれています。西欧列強の支配の中で生まれたものなので、その正統性は弱く、特に植民地化の中で生まれた湾岸諸国などは人工性も高いです。
 一方、例外とも言えるのがイランとイスラエルで、イランは民族主義の高まりとともに成立したと言えますし、イスラエルはシオニズムという思想に基づいたきわめて人工性の高い国家です。

 中東では、1930年代にエジプトとイラクが、1943〜56年にかけてレバノン、ヨルダン、シリア、リビア、モロッコ、チュニジアが、1960年代にクウェート、アルジェリア、イエメンが、1971年にバハレーン(バーレーン)、カタル、UAEが独立しています。
 中東諸国の独立の背景には民族運動の高まりなどがありますが、例えば、レバノン、シリアに比べて同じフランスの植民地だったアルジェリアの独立が遅れたように、宗主国とのつながりが強い地域では独立が遅れました。
 また、イギリスの植民地では君主制の体制が採用されることが多かったので、独立後も君主制となる国が多かったですが、フランスは共和制を採用したために、独立後も共和制の国が多くなっています。

 中東には独裁国家が多いですが、この要因として中東の国家の統治能力が低かったこと、正統性の問題があったことがあげられます。
 さらに石油の存在が独裁を可能にしました。産油国は石油の収入で国民を「養う」ことによって不満を抑え込むことができます。一方、石油の出ないヨルダンでは湾岸諸国からの援助によって、モロッコでは限定的な政治参加の容認によって君主制を維持しています。
 一方、エジプト、チュニジア、リビア、イラクなどではクーデタによって君主制が倒され、軍部が政権を握りました。これらの国の多くが国民の統制のために社会主義に接近しています。

 この「独裁」について、第2章でさらに詳しい分析がなされれいます。
 中東・北アフリカは民主主義指数が他の地域に比べて低く(73p図2−1参照)、特別な場所だとも思われがちです。中東で中心となっているのは権威主義とも言われる、「体制への挑戦」だけを厳しく規制する「ソフト」な独裁となっている国が多いですが、それでも「アラブの春」が起こるまでは民主化運動が起きにくい地域だと認識されていました。
 そのため、イスラームが民主主義と相容れないといった議論もなされていましたが、イランやトルコでは民主化の動きが早い時期に起こりましたし、イスラーム教徒の間で信仰が強くなると民主主義への支持が弱まるという傾向は確認されていません。

 現在では、中東を民主主義体制の「例外」と捉えるよりも、権威主義体制の「典型」と捉える議論が起こってます。
 まず、中東では、石油などの天然資源が権威主義体制を維持する働きをしている可能性があります。これは「レンティア国家」論と言われますが、政府は石油収入があるために、国民の意向を汲み取る必要がなく、むしろ恩恵を与えることでその体制を維持できるのです。
 君主以外の国では一党制がとられることが多いですが、この場合も時代の経過とともに、優位政党制に移行するケースも多く、野党の存在を認めつつ、うまく「ガス抜き」を図っています。選挙が行われていても、与党が有利なように制度が設定されていることが多く、野党も弾圧されないように現状維持を志向するケースが多いです。

 しかし、2010年末から「アラブの春」が起こりました。それまで安定していると見られていたアラブの権威主義体制が次々と崩壊したのです。
 まず、データからわかるのは中東の人々は政治的な自由を求めていたと言うよりも政府の汚職や若年層の失業などの経済状況に不満を持っていたということです(102p図2−6参照)。そこに、チュニジアでの青年の焼身自殺による抗議というインパクトのある事件が火をつけ、それが「アラブ」という共通の言語と民族意識を持つ社会に広がっていきました。
 「アラブの春」は各国で違った経緯をたどりましたが、L・ハティーブとE・ラストらは、社会運動を経験していたか、体制打倒を掲げたかどうかがポイントだったとしています。社会運動の経験があり、体制打倒を掲げたチュニジアやエジプトでは体制が維持され、社会運動の経験があるが体制打倒は掲げられなかったモロッコやヨルダンでは体制が維持されたまま政治改革が行われました。一方、社会運動の経験がなく体制打倒の声も起こらなかったサウジアラビアでは何も変わらず、社会運動の経験がなく体制打倒が叫ばれたリビアやシリアでは内戦に突入しています。例外はバハレーンで社会運動の経験あり、体制打倒の声ありですが、外国からの支援によって体制は持ちこたえました。

 また、軍の態度が最終的な帰結を決めたという側面もあります。エジプトやチュニジアでは軍が制度化されており、能力主義によって自立的に運営されていました。エジプトではさまざまな利権も持っており、ムバーラク大統領がそれを削減する姿勢を見せたこともあって軍は体制を見限りました。一方、シリアやバハレーンの軍は家産的な軍、つまり指導者の私兵に近い存在であり、体制から離れることはありませんでした、リビアとイエメンでは部族の問題もあって軍が分裂しています。

 「アラブの春」はシリアやリビアで深刻な「紛争」を引き起こしましたが、その「紛争」に焦点を合わせたのが第3章です。
 世界的な傾向ではありますが中東でも国家間の戦争は減っています。中東諸国間の戦争だと、イラクがクウェートに侵攻した湾岸危機が最後です。ただし、内戦を中心とした紛争は多いと言えます。
 そして、この内戦に各レベルでの対立が連動する「同心円」構造が存在するところが、中東の内戦の厄介なところです。シリアやイエメンやリビアの内戦では、そのすぐ外にトルコやサウジアラビア、イスラエル、イランといった地域大国が存在し、さらにその外にアメリカやロシアが存在します。この外のレベルでの対立が内戦の場にも持ち込まれるのです。

 また、内戦を引き起こす要因の1つが中東における国家の「弱さ」です。国家に不満があってもその体制が強力であれば、人々は武器をとって蜂起することは少ないでしょう。しかし、国家が脆弱であれば蜂起の機会費用はそれだけ低下します。さらにこの「弱さ」には、国家としての正統性の「弱さ」も含まれます。中東の国家は植民地から生まれたために、国家と国民の結びつきが弱いのです。シリアは特に人工性が強く、「国家と国民の不均衡」の問題を抱える国で、内戦がエスカレートした理由の1つがそこに求められます。
 一方、宗教や宗派が内戦の原因として持ち出されることが多いですが、必ずしも宗派が違えば対立するわけではありません。研究では特定の宗派の独占的支配が見られる国では内戦の傾向が高まる傾向にあるそうですが、これは民族の場合と同じ、「持てる者」と「持たざる者」の分断が内戦を生むと言えます(154p)。

 第4章は「石油」。石油は権威主義体制を持続させ、紛争を引き起こし、女性の社会進出を遅らせるということをM・ロスは『石油の呪い』の中で指摘していますが、本書でもそうした知見を活かしながら、石油が中東にどのような影響を与えているかを分析しています。
 中東には、産油国と非産油国があり、産油国でも経済の石油への依存度は国それぞれですが、中東の石油は、経済援助、産油国への出稼ぎなどを通じて非産油国にも影響を与えています。
 本書では、産油国と非産油国、さらに産油国を高産油国、中産油国・低産油国に分けて分析しています。

 まずは高産油国ですが、いわゆる「レンティア国家」となり権威主義体制が持続しやすいです。石油からの収入によって課税の必要はなく、「代表なくして課税なし」ならぬ「課税なくして代表なし」の状況になりやすいです。
 ただし、すでに一定の産業基盤がある場合は、石油の発見→通貨高→他の輸出産業が衰退という形で国民の不満が高まるケースもあり、イラン革命はそのケースに当たります。
 また、高産油国では、公的部門を自国民が、民間部門を移民労働者が担うという傾向が強く、現在ではクウェート、カタル、UAEで自国民の労働者の9割近くが公的部門で働いており、バハレーン、オマーン、サウジアラビアで5割前後です(195p)。
 こうした国では、結果として自民族が特権階級として、外国人出稼ぎ労働者を支配するような形になっており、「湾岸アラブ型エスノクラシー」とも呼ばれています(197p)。

 非産油国では、トルコが工業化に成功しましたが、他の国々ではあまりうまくいっていません。中東の低・中産油国では、社会主義的政策を採用し、石油の収入によって国家主導の工業化が進められましたが、輸入代替工業を中心とした工業化はうまくいかず、原油価格の低迷とともに80年代後半に行き詰まりました。
 一方で、石油が出ないモロッコやヨルダンでは自由主義的な経済政策がとられました。ヨルダンは産油国への依存、内陸国である点などから工業化はうまくいきませんでしたが、モロッコでは80年代にIMFや世銀などの主導で構造調整が行われ、ある程度安定した経済運営ができるようになっています。
 また、イスラエルはまったくタイプの違う国ですが、国家主導の経済が80年代の構造調整プログラムで是正されたという点に関しては、非産油国の中東諸国と共通する点もあります。

 第5章は「宗教」ですが、ここでは次の指摘が重要でしょう。

 イスラーム主義運動を分析する際には、宗教が政治を動かすという見方だけではなく、政治によって宗教(の解釈)が代わるという現実を見据える必要がある。言い換えれば、政治と宗教の「結びつき:を考える際には、宗教を独立変数としてだけではなく、従属変数としても見ることを通して「そもそもイスラームだから」といった本質主義的な説明 ―わかったつもりになる怪しげな説明― を斥けていかなくてはならない。(264p)

 私たちはどうしても、イスラームの宗教として影響力の強さなどから、まずイスラームがあり、政治も社会もそれに規定されていると考えがちですが、中東にもイスラーム法による統治を目指すイランやサウジアラビアのような宗教国家もあれば(イスラームではないがイスラエルも宗教国家といえる)、トルコのようにイスラームを国教にしていない国もあります。ともに国民の大多数がムスリムなのにもかかわらずです。
 国教としての地位を与えているエジプ地、リビア、イエメン、イラクなどは、一時期社会主義に傾斜した時期があり、そのときに国民に対して「反イスラーム」でないことをアピールするために、イスラームが国教として規定されました。他の国でも、支配エリートの正統性を示すためにイスラームが利用されてきたという面が強いのです。

 もちろん、19世紀以来、イスラームによって政治を変えていこうというイスラーム主義運動の動きはあるわけですが、そのイスラーム主義も国家が包摂しようとすれば穏健化し、弾圧すれば過激化するという関係が見られます。
 ただし、イスラーム主義は欧米からみると過激主義と結び付けられることも多く、「アラブの春」後のイスラーム主義政党の挫折に関しては、そうした要素も無視できません。

 宗派対立に関しても、必ずしも宗派が独立変数ではないという点がポイントです。現在の中東の内戦はスンナ派対シーア派という図式で説明しやすいものとなっていますが、イラクではイラク戦争後に宗派に応じて利権配分がなされたことが、人々が宗派を意識し、対立するきっかけとなりました。
 「アラブの春」後に起きた、バハレーン、シリア、イエメンでの混乱も宗派対立の様相を帯びましたが、基本的には国内の権力闘争であり、そこにサウジアラビアとイランが介入したことが、「宗派対立」としての印象を強めました。
 イスラーム国に関しても、イラクでの宗派ごとの利権配分で少数派となったスンナ派の団体として始まり、宗派対立を煽って利用することでその勢力を拡大しました。宗派対立の結果として生まれたと言うよりは、宗派対立を利用して勢力を拡大させたのです。

 終章では国際政治の面から中東を読み解いています。
 中東は、19世紀末から20世紀初頭の欧米列強による多極構造→冷戦期の米ソ二極構造、冷戦後のアメリカ一極構造→2010年代からの無極構造と変化して生きたと言います。
 近年では、アメリカ一極構造において、93年にパレスチナ問題に関するオスロ合意が結ばれるなど、アメリカの影響力が高まりましたが、その一極はイラク戦争を機にあっさりと崩れています。そして、このアメリカの退潮によってその保護を当てにできなくなったサウジアラビアが積極策に出るような状況も生まれています。

 中東においては、「アラブであること」「イスラームであること」というアイデンティティがありますが、「アラブであること」は第3次中東戦争での敗北や、78年のエジプトのイスラエルとの和平によって大きく傷つきました。
 そこで「イスラームであること」が前面に出てくるようになったのですが、「イスラーム」というアイデンティティは広く諸国を包み込める一方で、トランスナショナル性のために現在の国民国家とはずれるところもあり、それがイスラーム国のような非国家主体の台頭をもたらすこともあります。

 最後には、中東の固有性と共通性を理解するために、地域研究的な手法と社会科学の方法を融合させていくという方向性が打ち出されています。「中東政治学」とは「中東」の地域研究と、社会科学としての「政治学」が合わさったものだというのです。
 本書はそうした著者の狙い通り、中東の実情と比較政治学的な考えの双方に対する入門書として機能するものになっていると思います。中東のことを知りたかった人は、同時に比較政治学をはじめとする政治学の知見を知ることができますし、政治学から入った人は中東の歴史や複雑な相互関係を知ることができるでしょう。1冊で2度おいしい充実の本です。