近年はすぐに「親日/反日」といった言葉が使われますし、米中対立の激化によってアジアでも「その国はどちら側なのか?」といった具合に、ある国を二項対立で位置づけることはしばしばなされています。
 しかし、当然ながらそんな単純ではないわけです。中国に対する警戒感には国によって随分ばらつきがありますし、他国に対する印象でも「関係が薄いから好印象」「関係が深いから印象が悪い」といったケースもあります。

 本書は大規模な調査を通してアジアの国民感情を読み解こうとした本です。今までに行われたさまざまな国際的な世論調査の他に著者らが行った「アジア学生調査」を使うことでアジアのかなり広い地域の国民感情を明らかにしようとしています。
 もちろん、「学生(大学生)」に対する調査のため、基本的にはエリートに近い人達の意識が現れている調査になっていますが、それでも国ごとの違いが様々な面に出ていますし、時系列的な変化もある程度追えます。現在と今後のアジア情勢を考える上で興味深い知見を与えてくれる内容です。

 目次は以下の通り。
序章 なぜ国民感情なのか―対外認識を可視化する
第1章 台頭中国への錯綜する視線―何が評価を変えるのか
第2章 ASEANの理想と現実―域内諸国への冷めた目
第3章 東アジア間の心理的距離―厄介な近隣関係
第4章 アジア各国・地域の特徴とは
第5章 影の主人公アメリカ―米中摩擦とアジアの反応
第6章 日本への視線―アジアからの評価、アジアへの目
終章 国民感情のゆくえ

 国際的な世論調査というと、アメリカのピュー・リサーチ・センターなどが行っていますが、アジアに関しては対象国も限られていますし、どうしても大国に関する評価が中心です。
 また、一口に「アジア」といってもイメージする範囲は国によって違います。「アジア」について、中国やベトナムの人は狭く、日本人は広く捉える傾向があります。
 本書が依拠する「アジア学生調査」は、インド・ミャンマー・カンボジアが入っていないものの、アジアのかなり広い地域に関して同じような調査を行っており、これを使うことでアジアの相互イメージを確かめることが可能です。

 ただし、単純にデータを並べただけでは数字の羅列になってしまうので、本書では、どのようなフレームに基づいて(特に中国の台頭について)認識しているのかというフレーム仮説、相手の考えが自分のもつイメージに跳ね返ってくる相互予期仮説、ソフトパワーが国民感情に影響を与えるというソフトパワー仮説、友人や知り合いがいるとその国のイメージが良くなるという接触仮説、冷戦時の対立構造がアジアでは今も持ち越されているというポスト冷戦仮説の5つを検証しています。

 第1章では台頭する中国への評価がとり上げられています。
 まず、A「中国の台頭は私たちに多くのチャンスをもたらしている」との問いへの答えを見ると、ベトナムと日本が他国と比べて賛成の割合が低く(それでも日本は2019年の調査で「大いに賛成」+「賛成」で48.6%)、ベトナムを除く東南アジアの国々は賛成する割合が高いです。香港や台湾でもこの問に関する賛成の割合は高いです。
 一方、B「中国は興隆しているが、アジア各国との関係を平和的に保つだろう」という問いへの賛否を見ると、台湾や韓国、さらにはフィリピンの賛成の割合も低くなってきますが、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアは高いままです。
 C「中国の台頭は世界の秩序を脅かしている」との問に対しては、日本よりも台湾、香港、ベトナム、フィリピンといった国で賛成の割合が高くなっています。
 D「経済的には急速に成長しているものの、中国は政治的に不安定である」との問いに関しては、日本、韓国、台湾といった東アジア諸国で賛成が高めに出ています。

 どの問に対する答え(フレーム)が中国への評価に影響を与えているのかは、はっきりとしない部分もあるのですが、2018〜19年の第三波調査を見ると、Bの問に肯定的に応えている人はもちろん、Aの問に肯定的に答えている人の間でも中国への評価は高いですが、Dに肯定的に応えている人の中国への評価は東アジア圏を中心に低いです。民主主義体制の国では、中国への体制への違和感を持つ人が多く中国を否定的に見ているということでしょう。
 また、中国の友人知人の存在は中国への評価を押し上げているケースがありますが、逆に中国語の能力が高いほど中国への評価を押し下げているケースもあります。中国のソフトパワー戦略はあまりうまくいっていないようです。

 さらに54p以下では、中国と中国系2世、そして日本人の比較も行っていますが、中国人は中国の平和的台頭や中国の体制の盤石さを疑っていないのに、2世になると、そのあたりに疑問を持つようになっています。

 第2章ではASEAN諸国がとり上げられています。
 ここでは、各国の印象を点数化し(「よい」5点、「どちらともいえない」3点、「悪い」1点)、社会的結合についても点数化しています(相手国の出身者を「友人に持っている」3点、「知人に持っている」2点、「どちらもいない」1点)。さらに留学・就職の希望先も見ています。

 まず、ベトナムですが、印象が良いのが日本、シンガポール、韓国(以下すべて基本的に第3波調査をとり上げます)、悪いのが中国、北朝鮮ですが、ベトナム戦争を戦ったアメリカが上から4番目に位置しています。社会的結合でももっともスコアが高いのがアメリカで、ベトナム難民の影響などもあり、意外と関係が強いことがうかがえます。一方で、ASEAN諸国との社会的結合はそれほど強くありません。
 フィリピンも、社会的結合に関してはアメリカが第1位ですが、印象では低迷しています。好印象は日本、シンガポール、韓国、悪いのは北朝鮮、中国。2013年に比べて18年ではアメリカ中国ともに数値は悪化しています。
 タイで印象が良いのが日本、韓国、中国。3点以下の国は北朝鮮だけであり、全体的に評価が高いのですが、ASEAN諸国に関してはシンガポール以外それほど点数は高くありません。
 マレーシアで印象が良いのが日本、オーストラリア、シンガポール。印象が悪いのが北朝鮮とミャンマーです。北朝鮮は金正男暗殺事件の影響なのか2014年から18年にかけて数値が悪化しました。社会的結合ではインドネシアが1位ですが、インドネシアの印象は下から3番目です。
 シンガポールで印象が良いのが日本、オーストラリア、韓国。印象が悪いのが北朝鮮です。社会的結合ではマレーシアが1位ですが、マレーシアの印象は下から3番目です。
 インドネシアで印象が良いのが日本、シンガポール、韓国。悪いのが北朝鮮。社会的結合の1位はマレーシアですが、印象は下から2番目です。ちなみにインドネシアとマレーシアに共通するのがアメリカの印象が他の国に比べて悪いことで、これはムスリムが多いことと関係しているのかもしれません。

 すべての国で日本が1位と、日本人にとってはうれしくなるような結果ですが、留学先としては英米、ついでオーストラリアとカナダで、日本はシンガポールと並ぶ第3位グループです(日本に関してだけ第6章で別立てでとり上げられていて、ややわかりにくい)。

 第3章では韓国、中国、台湾、香港、日本という東アジアの国・地域の対外認識を分析しています。
 まず、韓国ですが、印象が良いのがアメリカ、ベトナム、オーストラリア。印象が悪いのが北朝鮮、中国、日本。全体的に点数が渋いのが特徴で4点以上の国はありません(ベトナムは5つある)。社会的結合はアメリカ、中国、日本の順。学生調査ということもあって北朝鮮は下から2番目です。
 中国で印象が良いのがロシア、シンガポール、オーストラリア。悪いのがフィリピン、アメリカ、北朝鮮。中国も点数が渋く、日本は下から6番目ですが点数は2.88と3を切っていますし、3位のオーストラリアも3.33と高い数字ではありません(今年になってからの政府間の関係悪化を見ると次の調査では点数が下がる可能性が高いでしょうし)。社会的結合はアメリカ、台湾、日本の順。
 台湾で印象が良いのが日本、オーストラリア、アメリカ。悪いのが中国と北朝鮮で、特に中国は2.19と断トツの低さです。社会的結合では中国が1位なのですし、中国の台湾に対する印象も悪くはないのですが、とにかく中国に対する強い警戒感がうかがえます。
 香港で印象が良いのが日本、台湾、シンガポール。悪いのが中国と北朝鮮です。社会的結合は中国、台湾、アメリカの順。台湾に対する印象の高さが1つの特徴で、やはりある種の連帯意識があるのかもしれません(台湾の香港に対する印象は選択肢にないのでわからない)。
 日本で印象が良いのがオーストラリア、台湾、シンガポール。悪いのが北朝鮮、ロシア。3点以上ありますが韓国は下から3番目です。ただし、2013年から19年にかけて韓国と中国に対する印象は改善されています。社会的結合は中国、韓国、アメリカの順です。

 こうした東アジアの国同士では一部で相互予期仮説が成り立ちます。2008〜13年にかけて日本と韓国、それぞれで相手国への印象が悪化しています。一方、13〜18年にかけて双方の印象は改善しています。お互いに「相手が嫌うから嫌う」という関係がありそうなわけです。
 さらに本章では、東アジアだけでなく、アジア全域での相互印象もピックアップしていますが、お互いに印象が悪い同士(印象で下位5カ国に入っている)の組み合わせとして、日本と韓国、韓国と日本、中国とベトナム、中国とフィリピン、マレーシアとインドネシアの5つの組み合わせがあります。
 いずれも隣国同士であり、本書では特に強調されてはいませんが、領土問題を抱えている(いた)国同士の関係というのは難しいことがわかります。

 第4章では、いくつかの特徴的な現象をピックアップしていますが、ここではその中からさらにいくつかピックアップして紹介します。
 まず、タイですが、タイは対中感情がよく、さらに子どもに中国語を習わせたいという意欲も高いです。ところが、回答者の中国語の能力は高くなく、華人社会があるものの、ほぼタイ化してしまったタイならでは状態となっています。
 インドネシアも対中感情は悪くないのですが、「中国人」に対しては厳しい認識を持っており、「中国人観光客の増加は益より害が多い」との問に対して、大いに賛成と賛成の合計で7割を超えます。華人が経済を牛耳っていたこと、9.30事件まで中国共産党の影響力が強かったこともあるのでしょう。
 中国の将来に関して、当然かも知れませんが中国と香港において中国の将来について見方は大きく違います。中国の学生は8割以上が中国の将来を楽観しているのに対して、香港の学生で楽観しているのは23.4%にすぎません(165−166p)。また、香港ではフィリピン人に対する印象が悪く、「自国から出て行ってほしい」という人が11.3%もいるわけですが、これは多くのフィリピン人が香港に家政婦として出稼ぎに来ているからだと考えられます。

 第5章ではアメリカをとり上げています。アメリカはアジアの国ではありませんが、アジアに大きな影響力を持つ国です。 
 まず、「中国はアジアにおける影響力という点で、アメリカに取って代わるだろう」という文言への賛否を見ると、日本でも「大いに賛成」と「賛成」で50%を超え、台湾では70%超え、ベトナムでも55%超えと、中国に良い印象を持っていない国でも、アジアの覇権は移行するという見方が強いです。
 基本的に中国を除くアジアの国はアメリカの影響を肯定的に見ていますが、トランプと習近平の比較だと、日本、韓国、台湾、香港、ベトナムはトランプの方を信頼できるとしていますが、フィリピン、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシアは習近平の方を信頼しています(トランプの方を信頼すると答えた国はそれだけ対中警戒心が強いと言える)。

 アメリカ人に対する評価に関しても悪くないですが、ムスリムの多いマレーシアとインドネシアは「自国から出て行ってほしい」が10%以上、また、ベトナムは国としてのアメリカを評価する一方で、アメリカ人には距離感を感じさせる調査結果が出ています。
 また、英語のアニメやドラマを見る、英語の歌を聴く頻度は、中国語のアニメやドラマを見る、歌を聴くと比べて圧倒的であり、留学や就職でもアメリカが選ばれています。覇権に関しては移行があるかもしれないと考えていても、だからといって中国という大きな波に乗ろうという動きは鈍いようです。
 また、ベトナムのように、中国の評価とアメリカの評価が天秤のようになっている国もありますが(中国への印象が下がるとアメリカの印象が上がる)、米中双方をともに評価する国が多いのもアジア地域の特徴です。

 第6章は日本について。今までとり上げてきたように中韓を除けば日本に対する評価は高いです。
 一方、留学に関しては興味を持つ人が多いものの、日系企業に就職したいという人は少ないです。一時期の経済大国のイメージは薄れているのかもしれません。
 日本語のアニメやドラマの視聴の頻度は台湾、タイ、マレーシア、フィリピンなどを中心にかなり高いです。
 また、中国に関しては日本語のアニメやドラマの視聴頻度が高まると日本の影響を好意的に評価する傾向が見られますし、多くの国で日本語のアニメやドラマの視聴頻度と留学への関心に関連が見られます。このあたりはソフトパワー仮説がある程度成り立っていると言えるでしょう。日本語に関しては、それほど話せる人は少ないですが、中国に関して言うと、日本語ができる人ほど日本の影響を好意的に評価する傾向が見られます。ちなみにこのソフトパワー仮説は韓国についてもある程度成り立つとのことです。

 さらに終章ではコロナ禍を受けての、日本における対中感情の問題などがとり上げられ、本書のまとめがなされています。

 このように本書は非常に面白いデータが詰まった本です。最初にも述べたように調査対象が大学生ということで一般化できない面もありますが、本書を読むと改めて、東アジアと東南アジアの違い、東南アジアの中での違いなど、アジアの多様性が見えてくるでしょう。また、各国の対中認識も興味深いです。
 データの解釈などについても、もっと領土問題などを考慮に入れてもいいのではないかとも思いましたが、そこはデータを見て自分で考えればいいわけで、さまざまな思考を刺激する本になっています。