去年の「2019年の新書」のエントリーからここまで51冊の新書を読んだようです。冊数としては去年と同じなのですが、今年に関してはちょっと言い訳しなければならないことがあります。
 例年だと、その年の11月にまで出た新書を年内に読み終えて、「本年のベスト」という形で紹介しているのですが、今年は夏から秋にかけての面白そうな新書のリリースラッシュによって、11月出版のものには手がつけられませんでしたし、10月出版のものでも読もうと思っていたものが1冊残っています(河合信晴『物語 東ドイツの歴史』(中公新書))。
 また、ベストの中には去年の10月に出たものも混じっており、「2020年の新書」というタイトルからは少しずれたものになってしまいました。

 全体としての印象は「飛び抜けたものはなかったかもしれないが、良書は多かった」というもので、特に先程にも書いたように夏から秋にかけて面白い本がたくさん出たと思います。「あとがき」を眺めていると「コロナ禍で書き上げることができた」といったことを書いているものもあり、この特異な状況も影響しているのかもしれません。
 レーベルとしては中公、岩波、ちくまが相変わらず強かったですが、講談社現代新書が少し盛り返していた印象があります。
 では、まず上位5冊と、それに続く5冊を紹介します。

永吉希久子『移民と日本社会』(中公新書)



 1位は迷いましたがこの本で。「移民と日本社会」というタイトルに沿う形で、移民が日本社会に与える影響をさまざまな角度から検討した本ですが、この「さまざまな角度」の充実ぶりが素晴らしいです。大量の先行研究に目を通しており、移民をめぐるさまざまな実態と論点を知ることができます。また、最後に出てくる「移民問題」というわかりやすい看板の下で、社会の本質的な問題が隠されているのではないかという視点も良いと思います。
 何か著者にしかない独自の主張がなされている本ではありませんが、新書というボリュームの中にこれだけの論点を盛り込めているのは素直にすごいと感じますし、コロナで一旦ブレーキが掛かったものの、これからまた浮上するであろう移民問題を考える上での基本書となるでしょう。




中野耕太郎『20世紀アメリカの夢』

 
 本書は実は2019年の10月に出版されたもので、「2020年の新書」ではないのですが、間違いなく通史の傑作と言えるでしょう。 
 〈シリーズ アメリカ合衆国史〉の第3巻になり、20世紀の幕開けから1970年代までを取り扱っています。大統領でいうとセオドア・ローズヴェルトからニクソンということになりますが、「この間にはウィルソンもフランクリン・ローズヴェルトもケネディもいるのに、果たして新書の1冊に収まるのだろうか?」と思う人もいると思います。
 ところが、本書は250ページほどで見事にそれを語りきっています。本書を読めば、BLM運動の背景もわかりますし、トランプ大統領を生んだアメリカの政治風土の大きな転換も見えてきます。 歴史の本であると同時に現代のアメリカの問題を考える上での基本書の役割も果たしうる本です。 
 このシリーズに関しては第4巻の古矢旬『グローバル時代のアメリカ』も読みましたが、これもまた面白い本でした。






小林道彦『近代日本と軍部 1868-1945』(講談社現代新書)



 こちらも通史になりますが、こちらは軍部に焦点を絞った上で、明治維新から太平洋戦争終結までを、8章仕立て550ページを超えるボリュームで語る構成になっています。 
 今までの見方とは違った視点から歴史が再構成されるさまを見ることは、歴史学の本を読むときの醍醐味の1つですが、本書はまさにそれを味わえる本です。山県有朋が政党の影響力を排除するためにつくった参謀本部や軍部大臣現役武官制、これらが「軍部」というアンタッチャブルな領域をつくり出し、それが昭和に政党政治を飲み込んでいった、というようなわかりやすい「政党」vs「軍部」というイメージをさまざまな史料を用いて覆していきます。





末近浩太『中東政治入門』(ちくま新書)



 中東政治に関する入門書ですが、歴史的な経緯を追うのでもなく、国別の状況を説明するのではなく、「国家」「独裁」「紛争」「石油」「宗教」といった項目を立て、そこから中東の各国の政治を分析しています。
 例えば、中東と言えば「石油」のイメージがありますが、ほぼ石油中心の経済を持つサウジアラビアやクウェートのような国もあれば、石油は出るけどそれ以外のウェイトも大きいイランやアルジェリア、ほぼ石油が出ないヨルダンやレバノンといった国もあるわけです。本書は、そうした国同士の比較を通じながら「石油」が中東の政治に何をもたらしているのかということを明らかにしていきます。
 こうした国同士の比較を通じて政治のはたらきを明らかにしようとする政治学の一分野を比較政治学と呼ぶのですが、本書はまさにその手法が取られており、中東政治の入門書であるとともに比較政治学の入門書的な役割も果たしています。中東の実情を知ることができると同時に「政治学」における1つの手法を教えてくれる本でもありますね。





春木育美『韓国社会の現在』(中公新書)



 0.92という先進国の中でも圧倒的に低い出生率、高齢者の貧困問題、ジェンダー・ギャップなど韓国はさまざまな問題を抱えていますが、同時に大胆な対策も取られています。ただし、その大胆な政策がうまくいくとは限らず、むしろ副作用に苦しんでいる面もあります。
 本書はそんな韓国社会の取り組みを明らかにすることで、同時に同じような問題に直面する日本に対するヒントも与えてくれる内容になっています。韓国社会を知りたい人はもちろん、日本の少子化問題や教育問題、ジェンダー問題などに興味がある人が読んでも得るものは大きいでしょう。
 韓国が抱える問題は日本と似ているのですが、課題に直面したときに、「理想」と「現実」の間で日本では「現実」が勝利するのに対して、韓国では「理想」が勝利するというイメージを受けました。それが社会の良くも悪くもダイナミックな動きにつながっていて、非常に興味深いです。





 次点は、<シリーズ 中国の歴史>の1冊で、中国の南部・江南の歴史をその文明の始まりから南宋までたどりつつ、同時に中国社会の特徴を鮮やかに描き出した丸橋充拓『江南の発展』(岩波新書)、この新型コロナウイルスの流行の中で「病と国際政治」という非常にタイムリーなテーマを扱ってみせた詫摩佳代『人類と病』(中公新書)、さまざまな問題を抱える技能実習生制度に関して、日本での待遇だけでなく現地(ベトナム)の送り出し側まで取材して、その構造的な問題を明らかにした澤田晃宏『ルポ 技能実習生』(ちくま新書)、日本近代史における暴動・暴力に注目して、暴力を奮った民衆側の論理を明らかにしようとした藤野裕子『民衆暴力―一揆・暴動・虐殺の日本近代』(中公新書)、なかなかメディアで取り上げられることが少ないアフリカ経済の問題点を幅広くとり上げた吉田敦『アフリカ経済の真実』(ちくま新書)といったとこでしょうか。

 企画としては岩波の<シリーズ 中国の歴史>と<シリーズ アメリカ合衆国史>は好企画で、今までの岩波の日本史のシリーズ物に比べるとシリーズの意図が明確で各巻のつながりが見えるように構成されていたと思います。<シリーズ アメリカ合衆国史>の第1巻と第2巻は未読ですが、<シリーズ 中国の歴史>は全巻面白く読めました(上にあげた『江南の発展』以外だと、檀上寛『陸海の交錯』が特に面白かったですね)。

 一応、冊数としては去年と同じだけ読めましたが、主要レーベル以外のタイトルをあまり手に取ることができなかったのが今年の反省点。ほぼ週1冊のペースなので仕方がないですが、来年はもっといろいろと発見していきたいですね。
 あと、今年の後半になって、明らかに分厚いものではなくても定価が税抜で1000円を超える本がみられるようになってきて、「そういう時代になったのだな」と思いつつ、これだと学術系の新書は新潮選書あたりと競合するようになるのではないかとも思いました。