経済学者で、社会保障を専門とする著者が、コロナ危機で露呈した日本の社会保障の問題点と、危機の中でこそ行う改革を論じた本。タイトルからすると、財政危機への警鐘をメインにした本にも思えますが、「消費財減税は可能」と主張するなど、「財政再建をしないと大変なことになる」と主張する本ではありません。危機における財政出動は当然のものとして認めつつ、膨張する社会保障費をいかに効率化していくべきかを考えています(実は著者には『財政危機と社会保障』(講談社現代新書)という2010年に出版されたよく似たタイトルの新書があるのですが、このときはもっと「財政危機」が強調されていたと思う)。
 著者は、経済学者として経済学の観点から乱暴とも思える議論をするときと、現場を知る人間として実際の現場での経験をもとに政策を組み上げていくという二面性があるのですが(後者の側面がよく出ているのが「あいりん地区」の改革に取り組んだ『経済学者 日本の最貧困地域に挑む』で、この本は非常に面白い)、今回の本でも両方の面が出ていると思います。

 目次は以下の通り。
第1章 新型コロナ対策と経済をどう両立させるか
第2章 戦後最大の経済対策はやりすぎか
第3章 「働くと負け」の生活保護制度をどうするか
第4章 医療崩壊はなぜ、簡単に起きてしまうのか
第5章 目前に迫る介護崩壊
第6章 デフレで終了する「年金100年安心」
第7章 コロナ禍の中でこっそり通った年金改革法案の謎
第8章 消費税減税は実施可能
第9章 ベーシック・インカムは実現可能か

 本書の冒頭では、近年の日本に関して、08年のリーマンショック、11年の東日本大震災、20年のコロナ禍と、「100年の1度」の事態が立て続けに起こっている状況だと形容しています。
 コロナ禍の特徴は、危機が現在進行系である点で、特に危機対応と経済の状態がトレードオフの関係になっているのが厄介です。日本では失業率と自殺死亡率の間に高い相関があり(16p図表1−1参照)、経済の悪化を無視して厳しい対策を取れば自殺者が増える恐れがありますし、経済優先で対策を取らなければ、コロナによる死者が増える可能性もあります。

 そこで経済と感染抑制対策のバランスをとることが重要になるわけですが、著者はトレードオフの構造自体を変えるような政策を取ることも重要だといいます。
 まず、1つ目の策は無駄を承知で医療のキャパシティを拡大するというものです。コロナ用の病棟が空いたとしても政府が金銭的な補償をすることで病床やスタッフをキープしておき、対応能力を確保します。
 また、都道府県間の医療資源の融通や、患者の減っている中小医療機関のスタッフを大病院に回す仕組みを作る。死亡リスクの高い高齢者のみに外出制限などをかける、子どもと同居する高齢者には一時的に別居するための補助を行う、高齢者が地方に疎開するための「GO TO 観光疎開」制度、テレワークの推進、時差通勤へのインセンティブの導入などがあげられています。

 第2章では経済対策が評価されています。
 まず、今回のコロナ危機は需要ショックなのか、供給ショックなのか、といった問題がとり上げられています。リーマンショックは需要ショック、東日本大震災は供給ショックとなりますが、今回の危機はどちらとも言い難いものとなっています(ただし、危機の前に消費税増税による需要ショックがあった)。政府の命令や自粛により需要面と供給面がそれぞれ制限されているような状況です。
 ですから、消費税増税など需要ショックに対応しつつ、先述した感染症対策と経済のトレードオフ構造を変えるような部分に財政支出を行うべきだというのが著者の主張です。
 こうした点から、著者は10万円の一律給付に対しては批判的です。給付金の消費喚起効果は限られていますし、支給対象には高齢者や公務員といった減収のなかった世帯も含まれています。また、それ以外のメニューに関しても既存の政策とタブっているものが多く、複雑です。そこで著者はワンストップの相談窓口をつくり、待っているだけではなく、困っている人にアプローチする姿勢が必要だといいます(例えば、学校でプリントを配るなど)。公共事業に関しては、ITインフラへの投資を積極的にすべきだとしています。

 財政の悪化に関しては心配しつつも、近いうちの財政破綻はないだろうという立場です。だから、現在で増税などの財政再建の動きを今の時点で示すべきではなく、財政再建は将来へのコミットメントにとどめておくべきだとしています。また、財政再建の方法としては景気が回復した後の中高所得者への所得税の増税がベストだと考えています。

 第3章では休業補償制度や生活保護をとり上げています。
 今回のコロナ危機では有効求人倍率はリーマンショック並に下がっていますが(65p図表3−2参照)、失業率は比較的抑えられています(66p図表3−3参照)。これは休業補償制度が拡充されダムの役割を果たしているからです。
 しかし、著者はこの休業制度の長期化は問題だと考えています。休業補償と失業給付では休業補償の方が有利な設計であり、しかも休業した上で失業した人は、失業した人に比べて長期間の給付を受けられて不公平だからです。
 将来性のない企業に務める人が休業補償を受けるよりは、失業して職業訓練を受けたほうが良いと著者は考えており、休業補償を延長するよりは失業を顕在化させるべきだとしています。また、廃業に対して補助を行うのもありだとしています。

 生活保護については2020年6月までの段階では受給者は特に増えていません(80p図表3−5参照)。これは休業補償制度や給付金などのおかげと考えられますが、コロナの影響が長期化すれば生活保護受給者の増加は避けられません。
 生活保護受給者はリーマンショックの後、大きく増加しましたが、景気回復後も大きくは減少していません。これは高齢化の影響も大きいのですが、著者は働ける層が生活保護にとどまり続けてしまっており、その背景には「働き損」となる現在の生活保護制度の問題があると考えています。
  そこで著者はリーマン・ショック後の厚生労働省の通達を改めて、生活保護の受給に稼働能力要件を求める形に戻すべきだと主張しています(つまり働けるのであれば原則的に生活保護は受給させない)。その代わりに求職者支援制度を拡充すれば、例えばヘルパー資格→介護分野での就職といった具合でいけると考えているようです。

 第4章は医療について。まずは日本の病床数が多いにもかかわらず、コロナ危機において「医療崩壊」が叫ばれたことがとり上げられています。 
 著者によれば、その要因として厚労省の感染症対策のレベル設定が高すぎたこと、人材などの面で一般病床での受け入れを増やせなかったこと、そもそも都市部では一般病床の削減が進められていたことなどをあげています。そして、厚生労働省が思い切った金銭的なインセンティブをつけなかったこと、都道府県ごとの医療資源の偏在、勤務医不足などがこの状況に拍車をかけました。
 著者はこうした問題の背景に、現在の中医協で診療報酬などが全国一律で決まっていくシステムがあるとみています。勤務医の不足の対応としては開業医の報酬を引き下げ、勤務医に回すことが必要ですが、中医協では開業医が中心の日本医師会の影響力が強く、こうしたことを大胆に行うことは困難です。そこで、都道府県別の地域版中医協をつくり、国の中医協と、日本医師会の影響力を削ぐことを提唱しています。
 また、「病床取引市場」を設けて、病床が欲しい病院と余っている病院で病床の売買を行わせることなども主張しています。

 第5章は介護について。介護は三密が避けられない分野であり、デイケアやデイサービスなどの通所介護は特に大きな打撃を受けています。
 こうした事態に対して、厚労省は人員基準配置の緩和や特例的な介護報酬の上乗せ措置などの素早い対応を取っています。これは医療分野と違い、介護分野では厚労省が規制や介護報酬決定のグリップを握っているからです。
 しかし、コロナ禍が長期化すれば介護事業所の廃業、介護サービスを利用できないことでの健康状態の悪化、家族への負担の増大、介護離職の増加などが考えられます。著者は、介護事業者へのさらなる支援と、介護を行う家族への支援が必要だと主張しています。

 さらに、著者はこのコロナ禍を機に介護保険の抜本的改革を行うべきだと言います。2019年4月の段階で介護ヘルパーの有効求人倍率は14.75倍でしたが(124p)、この背景には報酬の低さがあると考えられます。報酬を他産業並みに引き上げようとすると、月額5896円の介護保険料を月額7000円程度に引き上げる必要があります。
 政治面・経済面から考えるとこの引き上げはなかなか難しい状況であり、そこで著者は混合介護の導入を提唱しています。要介護者と同居する人への調理などのサービス、ヘルパーの指名などを保険外で行うことを認めることで、より柔軟な料金の徴収を認めるべきだというのです。
 また、特定の時間にサービスが集中することを避けるために「ピークロード・プライシング」的な料金設定を行うべきだとも言っています。例えば、昼食のサービスに関して11時台や13時以降の料金を引き下げるなどして、需要の分散を図るのです。大学生などにヘルパー資格取得の費用を援助することで短時間勤務のヘルパーを増やすことも提案しています。
 さらに、家族で介護する人に現金給付を行うべきだとしています。ドイツや韓国ではこれが行われており、家族介護に対する現金給付は介護保険の財政にもプラスだと言います。
 長期的な視点としては、高齢化が進んでいる県(秋田県など)では2020年代で高齢化率がピークアウトする一方で、東京では高齢化率が上がり続けます(141p図表5−1参照)。高齢者の地方移住を促進する政策も必要だとしています。

 第6章と第7章では年金が扱われています。
 年金に関しては「年金100年安心」というキャッチフレーズが用いられていますが、著者はこれを厳しく批判します。2004年の年金制度改革によって、マクロ経済スライドが導入され、年金制度は長期的に持続可能のなったと言われていますが、マクロ経済スライドはデフレ時には発動されず、年金カットが実現できたのは2015年、2019年、2020年の3度しかありません。結果的に現在の年金は過剰給付となっており、そのツケは将来世代に回されています。
 5年ごとに年金の財政検証が行われていますが、その前提は非常に甘いものであり(160p図表7−1参照)、現実的な想定では2043年ごろに所得代替率50%の維持は不可能になります(165p図表7−2参照)。
 2020年にコロナ禍の中で年金改革法案が成立しましたが、小手先の改正にとどまっており、年金財政を改善作用な施策はありません。著者は、今こそデフレ下でもマクロ経済スライドを発動させる制度改正を行い、過剰給付を是正すべきとしています。また、年金の支給開始年齢も70歳まで引き上げることが必要だとしています。

 第8章では消費税減税について検討しています。年金財政を心配しているスタンスなどから消費税減税には反対の立場かと思いきや、消費税減税はありだという立場です。消費税減税はストレートに消費を喚起する施策であり、企業のIT投資なども後押しする可能性があります。時限的な消費税減税は、駆け込み需要を生み、給付金よりも優れた施策だとみています。
 消費税は社会保障目的の財源と位置づけられており、それを理由として消費税の減税に難色を示す識者も多いですが、消費税は制度的に社会保障と紐付けられているわけではありません。消費税を減税したからといって、社会保障を削減する必要はないのです。
 
 このように書いていくと、著者は財政拡張論者のように聞こえますが、そうではありません。著者の狙いは消費税と社会保障の紐付けを弱めることで、社会保険制度への税金の投入を削減することであり、狙いは社会保険制度の自立化と社会保障分野での規制緩和にあります。
 現在、年金にしろ医療にしろ介護にしろ、保険という形を取りながら多額の公費が投入されています。著者はそれがどんぶり勘定と過剰規制を招いていると言います。そして、規制緩和によって社会保障分野を成長産業に転換できるというのです。

 第9章はベーシックインカムについて。今回のコロナ禍で働けない人が出てきた中、改めて注目をあびたベーシックインカムですが、著者は注目すべきアイディアであり実現可能性もあるという立場です。
 国民一人当たり8万円、15歳以下6万円ならば必要な金額はざっと117兆円で、ベーシックインカムによって削減可能な歳出(生活保護、基礎年金、配偶者控除など)が100兆円(217p図表9−1と221p参照)。あと17兆円の財源があれば実行可能であり、これは所得税の増税や歳出削減で十分対応可能です。
 なお、給付付き税額控除(一定以下の所得の人には一定所得になるまでの給付を行う)でもベーシックインカムと同じ効果が得られますが、そのためには所得の正確な把握が必要になります。

 最初にも書いたように、本書には、著者の困窮者の実態をよく知っていてミクロ的に行き届いた対策を取ろうとする部分と、経済学の理論に従って社会保障を大胆に作り変えようとする部分の両方の面が現れています。
 後者の部分に関しては、アメリカの医療制度を見ればわかるように、医療や介護に民間の競争を取り入れたからといって必ずしも効率的な運用がなされるとは限らないと思いますし、ベーシックインカムにしても障害者などをどうするのか? 月8万のベーシックインカムで生活保護が代替できるのか? といった疑問も残ります。ただし、前者の部分に基づいた時論的な部分については得るものも多いと思います。
 なお、年金改革に関しては、『年金は本当にもらえるのか?』(ちくま新書)などで主張されていた積立方式への移行は引っ込められましたね。やはり現実の社会保障制度を大きく動かすのは大変なのだと思います。