生命倫理や障害とケアの分野などで数々の本を書いてきた著者による初めての新書。かなり独特の文体を用いている書き手なのでどんなものかと思いましたが、この本は「重度訪問介護従業者養成研修」の講師として話した内容をもとにしており、読みやすいと思います。
 ただ、語り口にはやはり独特なものがありますし、何よりも立ち止まっては考えていくことを繰り返すようなスタイルですので、意外とつっかかるところがあるかもしれません。
 それでも、そのつっかかる部分からさまざまな問題を考えさせるようになっていて、最初の「ヘルパーのすすめ」的な内容から始まり、読み終わってみればケアのあり方や安楽死など、随分と深い問題にまで分け入っていく感じです。
 前半部分に関しては、「意識の低い福祉論」といった趣もあり、福祉の仕事にほとんど興味がない人が読んでも意外に面白いのではないでしょうか。

 目次は以下の通り。
第1章 ヘルパーをする
第2章 いろんな人がヘルパーをする
第3章 制度を使う
第4章 組織を使う作る
第5章 少し遡り確かめる
第6章 少しだが大きく変える
第7章 無駄に引かず無益に悩まないことができる
第8章 へんな穴に落ちない
第9章 こんな時だから言う、また言う

 まず、本書は「ヘルパーのすすめ」的な話から始まるわけですが、本書で語られているヘルパーは、介護保険制度のもとで主に高齢者相手に派遣されるヘルパーではなく、重度訪問介護という制度のもとで重い障害を持つ人のもとに派遣されるヘルパーになります。

 ヘルパーというと、何だかきつそうで、給料も安いというイメージがあるかもしれません。本書でもとりあえず時給1500円を実現すべきだということが主張されていますが、「きつさ」については確かに利用者との間の摩擦などで苦労することもあるが、別の面ではラクな部分もあるといいます。
 著者がこの仕事の良さとしてあげているのが「主体性のなさ」です。相手にもよりますが、きちんと指示を出してくれている人が相手であれば、基本的にその指示通りに動けばいいわけで、「主体性がないほうがいいみたいな仕事」(42p)となります。
 著者は、「40すぎのおじさんたちが知的障害者の本人の後ろを付いていって、だまって、あるいは時にああでもないこうでもないってやりとりをしながら1日を過ごす。それを仕事とし、その仕事で飯食えている」(45p)ということを指摘しています。

 さらに、ヘルパーの仕事は定年後もできますし、学生をやりながらでもできます。最近の大学生は授業などが忙しくなってしまってなかなかまとまった時間を捻出できないかもしれませんが、本書では大学院生をやりながらヘルパーをしている人が紹介されています。
 諸外国では、ヘルパーというと移民や外国人がやる仕事となっていることもありますが、日本では比較的さまざまなタイプの人がこの仕事に就いているといいます。

 重度訪問介護のヘルパーの資格は、介護保険のヘルパーの資格に比べると短時間で取得できるようになっていますが、これは重度訪問介護の制度ができる前に、利用者が自分で介助者を集めて、やり方を教えてきたという歴史があるからです。
 介護保険と統合すべきだという意見もありますが、介護保険では一番重い認定を受けたとしても最大で一日2時間位で、起きている間の16時間、あるいは24時間の介助が必要な人には全然足りない形になっています。
 ちなみに介護保険のほうが金銭的な単価は高いのですが、介護保険は30分、1時間単位で次の現場へと移っていくような形で事業所の調整が大変です。そのせいもあってヘルパーにわたる賃金はそんなに多くはなりません。

 重度訪問介護の制度は基本的にマイナーなものであり、ソーシャルワーカーなどでもよく知らない人はいます。また、ケアマネジャーは基本的に介護保険のケアマネジャーであり、重度訪問介護のことはよく知りません。
 さらに介護保険とは違って十分な支援を受けるためには交渉が必要なケースもあります。ただし、役所は先例主義でもあるため、誰かが一定の支援を勝ち取ると、あとに続く人がそれを利用できるという面もあります。

 待遇の面からもヘルパーを公務員にすべきだという考えもありますが、利用者からすると、70年代や80年代に役所が派遣してきたヘルパーは偉そうで使いにくいという感想もあり、著者は民間も含めたさまざまな選択肢がある現状を肯定しています。
 日本には、障害者自身が作った「自立生活センター=CIL」と呼ばれる組織もあります。アメリカ発祥の組織で、代表者や事務局長、理事の過半数が障害者でなければならないと定めています。
 アメリカではヘルパーの名簿の提供くらいしかやっていないといいますが、日本では派遣・調整の業務も行っており、それによって比較的大きな規模になったCILもあります。
 また、中には自分の介助者を集めて働いてもらうために事業所を立ち上げている利用者もいるといいます。

 第4章まではこういった「ヘルパーのすすめ」と制度の解説といったところですが、第5章以降では、歴史的な背景や介助の問題をどう考えていくかということに入っていきます。

 まず、1970年に2歳の脳性まひの女の子が母親に殺された事件と、その後に起きた減刑嘆願運動がとり上げられています。
 これに対して「青い芝の会」という脳性まひの人たちの組織が、他の人が殺されたときよりも自分たちが殺された時に刑が軽くなるのはおかしいのではないかという運動を始めます。
 ここで明らかになった問題は、障害児は親とセットになっており、親は基本的に子どもを愛しているから、社会がその責任を全部親に押し付けているという構図です。「そのぶん社会は楽してる、さぼってる。さぼっていられる。そこで、親が殺すと親に多少同情する」(121p)というわけです。
 家族は大切かもしれないけど、家族を大切にするためには、一種の「脱家族」が必要ではないかというのです。
 この事件について『母よ!殺すな」という本を書いたのが、「青い芝の会」のメンバーだった横塚晃一であり、著者がフェイバリットとしてあげる人物です。

 また、70年代は施設から出ようという運動が起きてきた時期でもあります。東京の府中療育所など、重度の障害者のための施設があったわけですが、そこで待遇改善を求める動きとともに、施設から出たいという動きも出てくるわけです。
 ただ、施設から出た場合、収入に関しては生活保護でなんとかなったとしても、やはり介助する人が必要になってきます。初期の頃は、当時は暇もあった大学生などをボランティアとして集めて乗り切っていました。

 著者もこうしたボランティアの経験があるのですが、やはりボランティアではきつくなってくる面も出てきます。著者は介助の仕事をするのはともかくとして、介助のローテーションを埋めるのが大変だったといいます。毎日介助が必要であれば穴を開けることはできないわけです。
 さらに魅力的な人物のもとにはボランティアが集まるけど、そうではない人間のもとには集まらないという問題も出てきます。
 こういった仕事はボランティアがベースであるべきだという考えを持つ人もいますが、それに対して著者は次のように述べています。

 ある人が生きていく、生きていくっていうことは権利として認めなきゃいけないといったときに、それはすなわち、生きていくことができるっていうことを、社会が、具体的には人々が、それが可能になるように義務を負わなきゃいけないってことじゃないですか。人の生活、生命を、生存っていうものを支える義務というものは、すべての人にある。そうすると、ボランティアだけがやるっていうのはボランティアだけが義務果たしているっていうことになるわけで、ほかの人たちは義務を逃れてるってことじゃないのか。それって違うだろう。私はそういう立場なんです。(144−145p)

 ただし、介助の仕事をすべての人がすべきかというとそれも現実的ではないわけで、政府が税金を集めて、それで介助の仕事をする人にお金を払うのがいいだろうということになります。

 80年代になると、東京で「脳性麻痺者等介護人派遣事業」が始まり、90年代になると東京の西部の市区で最大毎日24時間の利用が可能になっていきました。
 その後、介護保険が始まると、政府はこれらの制度を介護保険に組み入れようとしますが、利用者からは「1日2時間しか使えない」といった反発も出て、現在まで制度が併存するような状況が続いています。
 細かい点では問題もある現在の制度ですが、著者は在宅で24時間ということがなんとかできていることから、悪くないのではないかと評価しています。

 第7章は、国立療養所の話から始まっていますが、かつては結核患者を受け入れた療養所は、結核が治る病気になるとともに筋ジストロフィーの人を収容するようになりました。
 日本では筋ジストロフィーや重症の心身障害児などが、あまり知られることなく、こうした施設に収容されてきました。また、ここでは日本の精神病院における収容にも触れています。
 そうした施設から出たいという人がいれば、その人が外で暮らせるように支援を行っていくべきですが、日本では「相談支援」の部分にお金が出ないようになっており、ここが「地域以降」が進まない1つのネックになっています。

 第8章と第9章ではやや哲学的なことが語られています。
 まずは、介助などの場面における「自己決定主義」と「関係大事主義」についてです。
 自己決定主義について、著者は「自分が自分のことを決めるのは基本的には間違っていない。しかし、それをまじめに、というか間違って信じすぎるとよくない」(190p)と言います。
 自分で自分のことを決めるのは当然ではありますが、同時に考えてそれを伝えるコストがかかります。さらにその自己決定はその人の生まれてきた価値観やお金のあるなしなどにも影響を受けています。
 一方、介助する側も、自律的な働き方、つまり自ら創意工夫をしながら介助をすべきだという考えもありますが、著者は「人に言われた通りにする仕事」を評価し、「日本という国で、「私が私が」と強調することが、すくなくとも表向きには恥ずかしいことになっているのは、たとえ建前としてはということであっても、そんなに介助の仕事を低くは見ないことに関係しているかもしれず、それはよい習慣だと思います」(197p)と述べています。
 もちろん、介助には身体の接触があるために、一定のデリカシーなども必要になります。

 関係性を重視する「ケア倫理学」についてももっともな部分はありますが、あまりに具体的な人間関係を重視すると、利用者にもある種の魅力が必要になってくるのではないかという懸念があります。

 最後の第9章では、2019年に起きたALSの女性の嘱託殺人事件がとり上げられています。
 その女性は重度訪問介護の制度で24時間の介助を受けていましたが、ヘルパーとうまくいっていなかったようで、約20もの事業所からの派遣がなされていたといいます。
 著者も詳しくはわからないといいますが、何か周囲や自分に対して憤懣のようなものが溜まっていたのではないかと推測しています。
 ここでは、この女性の死に影響を与えたという、NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」に対する批判なども行われています。
 
 著者は安楽死の法制化に反対の立場ですが、このことについて自らが過去に書いた次のような文章(『希望について』所収)を紹介しています。
 迷惑をかけないことは立派なことではあるだろう。だがこの教えは反対の事態を必然的に招く。それを他人に要求するなら、周囲に負担をかけるようなことをお前はするなということになる。その分周囲は、他者に配慮するはずだったのに、負担を逃れられ楽になってしまう。自らの価値だったはずのものを自らが裏切ってしまう。
 犠牲という行いにも同じことが言える。誰かのために犠牲になることは立派なことだ。だが、その人に犠牲になることを教えるのは、その人の存在を否定することになり、その価値自体を裏切る。そして犠牲になることを教える側はそのまま居残るのだから、ずいぶん都合の良いことだ。(224−225p)

 そして、安楽死が選ばれる前に介助ができることはまだあっただろうし、そうした介助が実現されるために本書は書かれています。

 と、一応、本書の内容をまとめてみましたが、本書の魅力はここではほとんどカットしたさまざまな運動を行ってきた障害者個人への言及や、著者の独特の語り口にあるのかもしれません。
 著者の語り口の独特さは、引用した部分からもうかがえるかもしれませんが、ぐるぐると遠回りをしているようで、それでいてはぐらかしているわけでもない感じです。面食らう人もいるかもしれませんが、個人的にはけっこう好きです。
 本書は、比較的ゆるい「ヘルパーのすすめ」から、介助をめぐる原理的・哲学的な考察にまで連れて行ってくれる本になっています。