あとがきに「筆者は長らく研究者というよりも「職業的オタク」という自己認識を強く持ってロシア軍事研究を進めてきた」(298p)との一文がありますが、まさに「ロシア軍事オタク」とも言うべき著者が、そのオタクぶりを発揮しながら現代のロシアの軍事力や軍事戦略を読み解いた本になります。
 先日紹介した、廣瀬陽子『ハイブリッド戦争』(講談社現代新書)と重なる部分があるのですが、『ハイブリッド戦争』がロシアの近年の近隣への介入の中に純粋な軍事力以外のさまざまな要素を見出しているのに対し、本書は同じように近隣への軍事介入にさまざまな要素を見出しながら、最終的には軍事力をその核心として分析しています。
 特に、ウクライナ紛争、シリア内戦、ナゴルノ・カラバフ紛争についての具体的な分析は面白く、ロシアの軍事力の強みと弱みがわかる内容になっています。

 目次は以下の通り。

はじめに―不確実性の時代におけるロシアの軍事戦略
第1章 ウクライナ危機と「ハイブリッド戦争」
第2章 現代ロシアの軍事思想―「ハイブリッド戦争」論を再検討する
第3章 ロシアの介入と軍事力の役割
第4章 ロシアが備える未来の戦争
第5章 「弱い」ロシアの大規模戦争戦略
おわりに―2020年代を見通す

 特殊部隊やさまざまな工作を駆使したクリミア併合、アメリカ大統領選へのサーバー空間を使っての干渉など、近年のロシアは複合的な軍事力を持った大国として復活しつつある印象ですが、本書では「小さな軍事大国」(33p)という表現が使われています。
 ロシアのGDPは世界第11位で、国防予算も概ね世界第4位程度です。かつてはソ連+ワルシャワ条約機構で欧州に展開するNATO軍を上回っていましたが、NATOが東方に拡大していく中で、ロシアの兵力はNATOの欧州加盟国に対して半分程度になっています。

 このためNATOの拡大はロシアにとって直接的な脅威となります。2004年にはバルト三国がNATOに加盟し、ロシアの目と鼻の先が敵国の陣地となったようなものです。
 ですから、原油価格の高騰とともに経済を建て直したロシアは、NATOのこれ以上の拡大阻止を至上命題としており、旧ソ連欧州部でまだNATOに加盟していないアルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、グルジア(ジョージア)、モルドヴァ、ウクライナを勢力圏にとどめるためには武力行使もためらいません。

 ウクライナではユーロマイダンによってヤヌコーヴィチが失脚し、親欧州が勢いを増すと、クリミア併合へと動き、さらにウクライナ東部に親ロが支配する地域を作り出しました。
 ロシアはクリミアに特殊部隊を派遣するだけでなく、情報戦で優位に立ち、サイバー攻撃も駆使してウクライナを混乱させました。さらにウクライナ軍の通信をダウンさせたりもしています(これは『ハイブリッド戦争』でも紹介されている)。

 クリミア併合では、ロシアは軍事力を展開させたものの、ほとんど発泡などはしておらず、今までの「戦争」のイメージとは違ったものでした。そこで「ハイブリッド戦争」という用語が登場することになります。
 この「ハイブリッド戦争」という言葉自体は、ウクライナ紛争以前からあった言葉でしたが、それがロシアのやり方を表すものとしてピッタリのものだと思われたのです。
 
 こうした中で注目されたのが2013年にロシアの軍事専門誌に掲載されたロシア軍のゲラシモフ参謀総長の演説です。この中でゲラシモフは「アラブの春」に見られる、急激な変革や混沌状況に対して、「これらの出来事こそが21世紀の典型的な戦争なのではないでしょうか?」(74p)と問いかけています。
 2014年のウクライナ紛争を予言するかのようなこの演説は、「ゲラシモフ・ドクトリン」と呼ばれて広まっていくことになります。

 ただし、この戦時と平時を連続して見るような見方はゲラシモフの独創ではなく、ロシアの軍事思想の中では繰り返し登場してきたものだといいます。メッスネルは心理戦を主な手段とする闘争を「非線形戦争」と名付けました。
 そして、ソ連の崩壊は西側が非線形戦争に勝利した結果であり、「アラブの春」やその後に起きたカラー革命も、西側により非線形戦争の一環だと解釈されたのです。
 
 ロシアからすると、2003年のグルジアでの「バラ革命」、04年のウクライナの「オレンジ革命」、05年のキルギスタンの「チューリップ革命」、そして14年のウクライナ政変は、西側が仕掛けてきた非線形戦争であり、これへの対処がロシアの防衛にとって死活的に重要なのです。
 西側から見ると、ロシアがハイブリッド戦争を仕掛けているように見えますが、ロシア側からはすると、ロシアは西側からさまざまな非線形戦争を仕掛けられており、「永続戦争」の戦時下にあると認識されているのです。

 このため、ロシアは国内でもネットを統制して、有力ブロガーに実名制を義務付けたり、外国から資金援助を得ているNGOを「外国のエージェント」と規定する法律をつくったり、若者の愛国心を高める教育を行っています。
 2016年には「国家親衛隊」なる組織が設立されていますが、この大統領直轄の組織はロシア版の「カラー革命」を阻止することを目的にしているともいいます。2020年のベラルーシの大統領選の際に起こったような抗議運動をロシアもまた警戒しているのです。

 ただし、それでも著者は戦争の主役は軍事力であり続けるだろうと予測しています。
 ゲラシモフの演説でも、非軍事的手段はあくまでも軍事力とともに使用されるものであり、非軍事的手段の探求も怠ってはならないということが言われています。ロシアの戦略の中核は今なお軍事力にあると考えられるのです。

 第3章では、近年のロシアの関わった紛争に即して、具体的にロシアの軍事力を見ていきます。
 まずはウクライナ紛争ですが、クリミア併合において実際の武力行使はほぼなかったものの、ロシア軍はクリミアに特殊部隊をはじめとする部隊を迅速に送り込み、クリミアの港や軍事基地などを占領し、クリミアの支配という既成事実をつくり上げていきました。

 一方、ドンパス紛争とも呼ばれるその後のウクライナ東部での内戦では、当初、親露派武装勢力は統制もとれておらずウクライナの正規軍に対して劣勢でした。
 そこで、ロシアは親露派武装勢力に地対空ミサイルを供与し、2014年8月には4000人規模のロシア正規軍を投入してウクライナ軍に打撃を与え、ウクライナ政府が奪還していた土地を奪い返しました。
 確かにウクライナ紛争は「ハイブリッド戦争」の性格も持っていましたが、クリミア併合や東部地域のウクライナからの分離を成し遂げることができたのは、ロシアの軍事力の裏付けがあってこそなのです。

 シリア内戦では、ロシアの介入によって一気に局面が変わりました。 
 シリアのアサド政権は、自由シリア軍やIS、アル・ヌスラ戦線、イスラム戦線などの反政府勢力の前に風前の灯とも言うべき状況に陥っていましたが、ロシアの介入によってアサド政権は息を吹き返し、反政府勢力を逆に追い詰めていきました。
 まずはロシアの空軍力です。ロシアにはアメリカのような精密な誘導兵器はありませんが、生活インフラをあえて狙うような爆撃で、敵に占領地域を放棄させるような戦略もとられたと見られています。
 次に地上部隊ですが、ロシアにはシリアのような遠隔地に大規模な部隊を展開する力はありません。そこで現地の部隊にロシアが装備や訓練を提供し、ロシア人将校が指揮するという形が用いられました。ロシアが訓練した第5義勇団はシリア軍の中でも桁違いの強さを見せましたが、この部隊の戦いの中でロシア人で実質的な最高司令官と目されていたヴァレリー・アサポフ中将が戦死しています。

 シリア紛争には民間軍事会社のワグネルも参加したといいます。このワグネルに関しては『ハイブリッド戦争』にも詳しく書いてありましたが、プーチンに近い外食産業の経営者のプリゴジンが出資し、ロシア軍によって訓練されているとも言われています。
 ワグネルはシリア紛争にも参加しアサド側の勝利に貢献したとも言われます。ただし、2018年2月にアサド政権側の部隊がクルド人支配下に侵入し、米軍の爆撃を受けて撤退した事件にもワグネルが関わっているとの噂があり、ロシア政府の許可を受けずに石油精製施設を占領するつもりだったともいいます。

 2020年に起きたナゴルノ・カラバフ戦争ではロシア軍は動きませんでした。
 オイルマネーを背景にイスラエルやトルコからドローンを導入したアゼルバイジャンが、ナゴルノ・カラバフ全域で大規模な攻勢を仕掛け、戦いを有利に進めました。
 アルメニアは旧ソ連の軍事同盟CSTOのメンバーであり、アルメニアにはロシア軍も駐屯しています。アルメニアはロシアにとって南カフカスにおける唯一の同盟国でしたが、プーチンは戦闘はアルメニア領に含まれないナゴルノ・カラバフで起きているとして、介入の義務を否定しました。
 一見すると、ロシアの対応は弱気に見えますが、この地域をロシアの「勢力圏」としておくには悪い手ではなかったことがわかります。アルメニアには西側に接近する動きも見られましたが、これでますますロシアを頼らざるを得なくなりました。一方、介入しなかったことで同じく「勢力圏」であるアゼルバイジャンとの関係も保てます。
 停戦が合意されると、ロシアは一気に停戦のための大部隊を送り込みました。これによって紛争は凍結されることになり、この地域でのロシアのプレゼンスは強まりました。

 第4章では、ロシアの軍事演習を分析しながら、ロシア軍がどのような戦争や紛争を想定しているのかを探っています。
 ロシア軍はさまざまな地域で軍事的な行動を行っていますが、アメリカなどの大国との衝突は起こしていません。それでも、究極的にはロシアはアメリカやNATO軍との全面対決といった事態も想定しているはずで、そのときにどんな戦略がとられるのかを軍事演習から探ろうというわけです。

 2008年にセルジュコフ国防相によって大規模な軍改革が実施され、大規模戦争に対応できる力を削減する一方で、小規模紛争に対処するためのコンパクトで機動的な軍事力への転換が目指されました。
 それまでのロシア軍は多くの部隊が士官や下士官と少数の兵士だけで構成されており、有事には予備役を動員することでこの部隊が実際に行動できるようになる仕組みとなっていました。しかし、セルジュコフは部隊数を1890個部隊から172個部隊に大幅に削減する一方で、常時即応の態勢をとらせました。さらに従来の1万人規模の師団をほとんど解体し、4000人程度の旅団に再編しています。大規模戦争を想定しないのであれば師団のようなものは不要だからです。

 この時期の軍事演習の仮想敵はテロ集団や非合法軍事組織であり、具体的にはイスラームの武装グループなどが想定されていました。
 一方、1999年のユーゴスラビア空爆や2003年のイラク戦争も受けて、防空システムの構築を目指した演習も行われています。
 2009年の「ザーパド2009」と呼ばれる演習では、ベラルーシ国内のポーランド系住民が蜂起を起こしたとの想定のもとでの訓練も行われたとされ、いわゆる「カラー革命」に対する警戒感もうかがえます。

 しかし、2010年代半ばになると、演習にも今までと違った傾向が見られるようになります。
 2014年の「ヴォストーク2014」では、国防省以外の省庁や地方政府までは動員された大規模な演習で、16万2000人が動員される、第二次世界大戦さながらの巨大戦争が想定された演習でした。そのシナリオは、日本と北方領土をめぐって軍事衝突が起こり、そこにアメリカが介入してくるものだったとも言われています。
 この背景には2012年にセルジュコフ国防相がスキャンダルで失脚したことも関係していると言われます。セルジュコフの改革には軍の反発も強く、一種の巻き戻しが起きたと見られます。

 10年代半ば以降にも、非国家主体を対象とした演習は継続してい行われていますが、これらは国家に支援されており、非国家主体との戦いが国家との戦争に連続的にエスカレートする想定がとられるようになってきています。
 さらに「ヴォストーク2014」よりも大規模な「ヴォストーク2018」(ただし発表された動員規模は水増しされているとの指摘もある(236p)、核戦争を想定した演習なども行われており、総力戦も想定したような訓練が行われているのです。

 ただし、ロシアは相手がNATOであろうと中国であろうと、国境を接する形になっており、その防衛には難しいものがあります。特に米軍が相手となれば、軍事施設やインフラは空爆によって大きな損傷を受けるでしょう。
 そこでロシアが力を入れているのが短距離弾道ミサイル(SRBM)や地上発射型巡航ミサイル(GLCM)です。また、宇宙空間でも予算や技術の制約がある中で、宇宙における優勢な状況をつくるさまざまな手段を模索しているといいます。

 最後の「おわりに」では軍事面だけにとどまらず、今後のロシア政治についても展望しています。
 2000年以降、プーチン大統領を中心とした「プーチン・システム」とも言うべき統治体制ができあがりました。このシステムは00年代の原油価格の高騰とともに堅固なものとなりましたが、10年代に入って原油価格が低迷し経済成長が鈍化すると、以前のような堅固さを持つものではなくなりつつあります。2021年1月のナヴァリヌイの釈放を求める大規模デモなどはその現れでしょう。

 プーチンが大統領を続けるのか「院政」を行うのかはわかりませんが、このままいけばロシアは徐々に米中に遅れをとっていくことになるわけで、プーチン・システムを維持しながらの「体制内変革」のようなものがあるかが今後のポイントだと著者は見ています。
 また、こうしたロシアに対する日本の態度ですが、ロシアが「永続戦争」の認識を持つ限り、例えば、対中警戒心を媒介にした日露の連携といったことは考えにくく、日本は「西側の一員」としての立場を固めるべきだとしています。

 このように本書はロシアに関して、「軍事力」という観点から深く掘り下げたものですが、1つの部分を冷静に掘り下げていくことによって、例えば、地政学的な日露による対中包囲網が成り立たないことを指摘するなど、日本の外交の問題点なども見えてきます。
 軍事演習の紹介などは、細かすぎると感じる人もいるかも知れませんが、軍事を通して国際政治の主要なプレーヤーであるロシアの行動が見えてくる本と言えるでしょう。