去年の「2020年の新書」のエントリーからここまで52冊の新書を読んだようです。 
 ジャンル的には歴史系が手堅く売れるということなのか、歴史系に良作が多かったですし、同時にかなりマイナーな歴史も新書化されるようになってきたように感じます。 
 レーベルでは、今年もやはり中公、岩波、ちくまに面白そうな本が目立ちましたが、そんな中でも今回1位と2位にあげた中公の本は充実していたと思います。
 また、今までは文庫化されたようなものが新書化されるようになったのも今年の新しい動きの1つで、藤木久志『戦国の村を行く』(朝日新書)、安田峰俊『八九六四 完全版』(角川新書)など、選書や単行本から新書化されています。今までならこれらの本は文庫として長く棚に置かれることが目指されたのでしょうが、文庫の棚の流動化が激しくなる中で、新書として再パッケージ化されるケースが今後も増えていくかもしれません。
 
 では、まずはベスト5をあげて、その後に次点を5冊あげたいと思います。

小島庸平『サラ金の歴史』(中公新書)



 テーマももちろん面白いですが、ムハマド・ユヌスがつくったグラミン銀行は貧しい人にお金を貸す仕組みをつくって賞賛されてノーベル平和賞まで受賞したのに、同じように貧しい人にお金を貸す仕組みをつくった(金利も20%前後で同じようなもの)日本のサラ金はなぜ叩かれたのか? という切り口が素晴らしいです。 
 また、サラ金各社の借り手に対する情報の非対称性(貸す側は借りる側はどんな人間であるかがわからない)を乗り越える試みから、日本のジェンダーであったり、サラリーマン社会が見えてくる部分も非常に面白かったです。




武井彩佳『歴史修正主義』(中公新書)



 既存の歴史の書き換えを図る「歴史修正主義」(revisionism)、基本的に良くないことと認識されていますが、では「何が歴史修正主義なのか?」というと難しい問題でもあります。
 本書はこの捉えにくい概念である「歴史修正主義」と、さらにそれを一歩進めた「否定論」(denial)をとり上げ、その問題点と、歴史修正主義と歴史学を分かつもの、ヨーロッパで歴史修正主義の代表である「ホロコースト否定論」がいかに法的に禁止されるに至ったかを紹介しています。 
 本書は歴史修正主義を批判的に検討していますが、同時にそれへの対処の難しさも認めています。法によって白黒をつけるのではなく、歴史修正主義の陰謀論じみた単純性を否定し、歴史における複雑性やグラデーションを受け入れながら、歴史修正主義に対峙していくしかないというわけです。 
 そして、白黒つけられない難しい問題を扱いつつ、それを非常にわかりやすい形で読者に提示できているという点でもすごい本です。




濱口桂一郎『ジョブ型雇用社会とは何か』(岩波新書)



 著者が2009年に同じ岩波新書から出した『新しい労働社会』は、ここ20年程度の中でも非常に大きな影響力をもった1冊で、ここで提示されたメンバーシップ型とジョブ型という雇用のあり方を示す言葉は広く流通するようになりました。
 しかし、一方で著者の考え、特に「ジョブ型」は誤解され続けており、一部(特に日経新聞)では成果型の変形としてこの言葉が使われています。
 そんな状況に対し、世の「ジョブ型」に対する誤解を正しつつ、もう1度日本の労働法と雇用の現実の間にある矛盾を掘り下げて、近年の労働政策を検証しています。
 日本ではジョブ型を基準とする労働法と現実のメンバーシップ型の雇用スタイルの齟齬が大きく、それが入口の就活、出口の定年、非正規、女性、外国人労働者、労働組合などさまざまな部分で問題を引き起こしているのです。





尾脇秀和『氏名の誕生』(ちくま新書)



 時代劇に出てくる「大岡越前」や「水戸黄門」、私たちは「大岡越前の本名は大岡忠相であり、水戸黄門の本名は徳川光圀である」と言いたくなります。越前は越前守、黄門は中納言の唐名で、いずれも官名を表すものだからです。
 ただ、「織田上総介信長の「上総介」も官名で本名ではないのか?」と言われると、迷いが生じてくるでしょう。戦国時代から江戸時代にかけて〜右衛門や〜左衛門といった官名風の名前が溢れているからです。
 一方、明治期の政治家を見ると、「大久保利通」と「後藤象二郎」のような2つの系統の名前が見受けられます。なぜこのようなことが起こったのでしょうか?
 本書は、まず江戸時代の名前の常識を解説した上で、融通無碍だった江戸時代の名前が、いかにして基本的に生涯変わらない(もちろん結婚すれば苗字が変わることはありますが)「氏名」というものにたどり着いたのかを教えてくれます。 
 そしてそれは、武士や庶民の常識と公家の常識の衝突の結果として生まれたものなのです。



 
青木栄一『文部科学省』(中公新書)




 帯には「失敗はなぜ繰り返されるのか」の文句。確かに、大学入試への民間英語試験の導入失敗、共通テストへの記述問題の導入失敗、教員試験の倍率低下、日本の大学の研究力の衰退、ろくに機能しているとは思われない教員免許更新制度など、近年の文部科学省の政策は失敗続きの印象が強いです。
 本書は「なぜそうなってしまうのか?」という疑問に答える本です。「外に弱く、内に強い」文科省は、周囲からの圧力を受けて教育委員会・学校、大学に努力を促しますが、財務省に対しては弱いのでそこに財政的な支援はありません。結果として現場にしわ寄せが及びます。 
 こうした状況に対して、本書は文部科学省という組織の特徴や官僚へのサーベイ調査などを通じて迫ります。教育問題に関心のある人、行政の仕組みに関心のある人双方にお薦めできる本です。





 次点が、日本の「自然村」は一種の幻想であり、村というのはあくまでも支配のための「容器」であったと主張した荒木田岳『村の日本近代史』(ちくま新書)、チャリティという視点からイギリスの歴史と社会を分析し、イギリス社会の構造を摘出してみせた金澤周作『チャリティの帝国』(岩波新書)、過去の気温や降水量の推定に関する研究なども引きながら従来の荘園についての理解を修正し、古代から中世の社会を描いた伊藤俊一『荘園』(中公新書)、ミャンマーにおいてロヒンギャがなぜ弾圧されていたのかを解説しながらミャンマーという国家のあり方についても教えてくれる中西嘉宏『ロヒンギャ危機』(中公新書)、江蘇省だけで2000万人という死者を出し「史上最悪の内戦」とも呼ばれる太平天国の乱の顛末を描いた菊池秀明『太平天国』(岩波新書)あたりになるでしょうか。

 あとは去年の11月の発売にもかかわらず読むのが今年になってしまったものの、中国社会を考えさせる内容になっていた小口彦太『中国法』(集英社新書)、同じ集英社新書の橋迫瑞穂『妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ』(集英社新書)は企画も内容も面白かったですね。

 あと、個人的なことを書かせてもらうと、「アーバン ライフ メトロ」というWeb媒体で東京に関係する新書の紹介記事を書かせていただきました。こちらにまとまっていますので、興味がありましたら読んでみてください。