1回目の内閣は短命に終わりましたが、安倍晋三は2012年に首相にカムバックすると連続で2822日在職し、憲政史上最長の政権を維持しました。
 「なぜそれが可能だったのか?」、「安倍政権はいかなる成果を上げたのか?」「何ができなかったのか?」といったことを政治学者が中心となって分析したものになります。
 著者名にきている「アジア・パシフィック・イニシアティブ」は聞いたことがないかもしれませんが、前身は『民主党政権 失敗の検証』(中公新書)を出した日本再建イニシアティブで、理事長は同じく船橋洋一が務めています。
 
 誰がどのような部分を担当しているかは以下を見てほしいのですが、個人的には第2章、第3章、第5章、第9章を特に興味深く読みました。
 毀誉褒貶のある安倍政権ですが、本書ではその強さ、そしてその強さをしてもできなかった課題などが分析されています。とりあえず、第2次安倍政権を語る上で基本となる本になると思います。

第1章 アベノミクス(上川 龍之進)
 アベノミクスは、①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③成長戦略という3本の矢を掲げてスタートしましたが、やはり目玉となったのは①の大胆な金融政策でしょう。日銀の総裁に黒田東彦を据え、今までにはない金融緩和に乗り出しました。
 この金融緩和は円高を反転させて、雇用状況を改善しましたが、直接の目標としていた2%の物価目標は達成できませんでした。本章では、金融政策の量から質への転換、リフレ派が反対していた消費税増税はなぜ実現したのか? ということを論じています。

 異次元緩和を支えた雨宮は、一部のOBから強い批判にさらされている。だが雨宮は、異次元緩和を実施し、その限界を明らかにすることで、金融政策の主導権をリフレ派から取り戻した。このことによってリフレ派、さらには政界やメディアによる故なき批判から、日本銀行を解放したとも言える。(65p)

 との結論部分にも見られるように著者の「日銀寄り」のスタンスは明確ですし、2回目の消費税増税に力を尽くした今井尚哉を「国士型官僚」と称揚するなど、本書が退けるとしていた「善玉・悪玉」の構図による分析になっていると思います。

第2章 選挙・世論対策(境家 史郎)
 2014年の衆院選について、小泉進次郎は「熱狂なき選挙であり、熱狂なき圧勝であった」(73p)と述べていますが、これは第2次安倍政権の国政選挙において共通した特徴だったと言えるでしょう。特に「風」が吹いたわけではないのに自民が圧勝することが続いたのですが、これはなぜ可能だったのか? というのが1つの問題設定です。
 
 安倍政権の特徴の1つが若年層を狙った戦略です。従来の組織が弱まる中で、従来高齢者に強かった自民党は「下」にウイングを伸ばそうとします。
 ネットを使った戦略がどの程度の効果を持ったのかは判然としない部分もありますが、安倍内閣への支持率を見ると、2017年後半以降、森友学園や加計学園の問題で60代の支持率が低迷する中で、20代や30代の支持率は一時的に低迷するもののすぐに回復しています(84p図表4参照)。
 この理由の1つが若者の「オールド・メディア離れ」だと考えられます。森友問題などはワイドショーで盛んにとり上げられましたが、そもそも若者はワイドショーを見ないのです。
 同時に幼児教育の無償化や就職率の改善といった若い世代向けの政策をアピールすることで、若い世代の支持をつなぎとめようとし、少なくとも野党には向かわせないことに成功したのです。

 また、安倍首相は「悪夢のような民主党政権」という、一国のリーダーとしては品のない発言を連発しましたが、このフレーズは維新の議員も模倣するようになり、結果的に野党の分断に効果をあげました。
 民主党にマイナスイメージを持ち、自民には持たない世代が生まれ、今後年齢を重ねていくことは、野党にとって大きな足かせとなる可能性があります。

第3章 官邸主導(中北 浩爾)
 ここではまず、第2次安倍政権の官邸主導がどのように確立されたかが述べられてます。
 小泉政権は経済財政諮問会議を活用することでリーダーシップを発揮しました。一方、つづく第1次安倍政権は政治家を首相補佐官に任命して官邸主導を確立しようとします。小池百合子(国家安全保障)、根本匠(経済財政)、山谷えり子(教育)、世耕弘成(広報)という布陣でしたが、首相と官房長官(塩崎恭久)の経験不足や役割分担がうまくいかなかったこともあり、短命に終わります。民主党政権では国家戦略局を設置してそこを司令塔にしようとしましたが、参院選での敗北もあって実現しないままに終わります。

 そこで第2次安倍政権では官房長官−官房副長官というラインが重視され、首相補佐官はあくまでも副次的なものとされました。政治家は衛藤晟一の3年が最長で、他は長谷川榮一、和泉洋人といった官僚出身者になります。また、鳩山政権が廃止した事務次官等会議も復活させました。
 第2次安倍政権ではチームが重視され、安倍首相、菅官房長官、政務の官房副長官の加藤勝信と世耕弘成、事務の官房副長官の杉田和博、今井尚哉首席秘書官の6人が毎日のように会議が開かれました。
 政策分野では安倍首相が外交・安全保障に関心を寄せ、菅官房長官が内政全般を処理し、、今井首席秘書官が財政・金融や選挙の目玉政策を立案するという分担が自然と出来上がっていったといいます。

 第2次安倍政権というと、内閣人事局の成立によって官僚を人事で屈服させたという印象も強いですが、内閣人事局の設置は福田康夫内閣のときに民主党との協議で設置が決まったものですし、小泉内閣の頃から官邸は幹部官僚人事に介入していました。
 ただし、最初から人事に強い関心を持ち、官邸が常に関わる姿勢を見せたのが第2次安倍政権の特徴と言えいます。
 また、大臣に関しては3年を超えて在職したのは麻生財相、岸田外相、甘利経済再生相の3人だけだったのに対して、官邸の顔ぶれは変わりませんでした。結果的に情報面で官邸は閣僚よりも優位に立ち、それが官邸主導の人事を可能にしました。

第4章 外交・安全保障(神保 謙)
 この章では、NSCの設置、平和安全法制、対中外交、対ロ外交、トランプ政権と対北朝鮮外交、そして「自由で開かれたインド太平洋戦略」といった第2次安倍政権の外交・安全保障政策が再検討されています。
 外交に関しては高い評価を与える筆者の議論に大きな違和感はないですが、対ロ外交に関してはもっと厳しい評価があってもいいでしょう。また、対米外交、特にオバマ→トランプの交代への対応に関してもう少し分析があったほうが面白いかもしれません。

第5章 TPP・通商(寺田 貴)
 本章でも外交を扱っていますが、本章を読むと「外交とは内政でもある」ということがよく理解できると思います。 
 第2次安倍政権はTPPを始めとして日欧EPA、RCEPという経済協定を次々と成立させましたが、やはりキーとなるのがTPPです。日本はFTAの交渉について出遅れており、民主党政権時ではFTAによってカバーされる貿易量が20%未満と韓国の1/3程度にしか過ぎませんでしたが、これが80%程度にまで引き上げられることになります(195−197p)。

 TPP交渉に参加するにあたって、安倍首相は2013年7月の参院選で参加を訴えます。農業票が逃げるなどの理由から参加の表明は参院選後にすべきだという声もありましたが、あえて参院選まに態度を明らかにすることで反対派の声を封じました。
 それまでのFTA交渉では、外務、財務、経産、農水の4省の縦割りで進められてきましたが、TPP交渉では本部長に甘利明を据えた上で各省庁から約100名の各分野の専門官僚を集めました。
 首席交渉官に外務審議官の鶴岡公二、国内調整のトップに財務相出身で内閣官房長官補を務めた佐々木豊成という次官級の官僚を配置し、13年7月には泊まり込みで合宿を行って関係文書を読み込むなどして交渉に備えました。

 党内調整に関してはTPP対策委員の委員長に農水族の指導的な立場にあった西川公也を据え、「族をもって族を制す」(208p9)一方、農水相には林芳正、党農林部会長には斎藤健と、非農林族議員を任命しました。同時にTPP反対の急先鋒だった江藤拓は農林水産副大臣として政権に取り込んでいます。
 さらに農協改革を掲げることでTPPに反対するJA全中にプレッシャーをかけました。

 交渉では2014年に先行して日豪EPAを妥結させることでアメリカにプレッシャーを掛けます。アメリカとオーストラリアは牛肉輸出などで競合していますが、TPPがまとまらなければ対日輸出でオーストラリアに比べてアメリカが不利になるという状況をつくり上げたのです。これにはアメリカの交渉官が「こういう交渉の仕方は汚い」(213p)と抗議したといいます。

 しかし、トランプ大統領の当選とアメリカの離脱によりTPPは危機に陥ります。安倍首相は就任前にトランプタワーで会談しTPPの利点を説きますが説得することはできませんでした。ただし、これがTPP11をトランプ大統領が妨げない契機になったともいいます。 
 これまでの交渉はアメリカが仕切ってきましたが、結果的にTPP11交渉は日本がリーダーシップをとる形で妥結します。
 そして、TPP交渉で行われた国内調整を基盤として日欧EPA協定、日米FTA、RCEPが実現していきます。これらは安倍政権の大きな成果と言えるでしょう。

第6章 歴史問題(熊谷 奈緒子)
 歴史問題も内政と外交が入り交じる領域になります。第1次政権において靖国参拝ができなかった安倍首相は2013年12月26日に靖国神社を参拝しますが、中韓からだけでなくアメリカからも「失望した」という強い反発を受けます。靖国参拝は自らの信条と支持基盤である右派の要望に沿ったものですが、安倍政権は軌道修正を迫られることになります。
 
 そこで力を入れて取り組んだのが戦後70年の首相談話です。村山談話を継承しつついかに安倍カラーを出すかということで、そのための有識者懇談会には安倍首相も熱心に顔を出したといいます。
 出来上がった談話では、満州事変以降の行動を侵略と認め、政府や軍の指導者の責任を明確に認めつつ、「お詫び」を終わらせるという決意も示すことで、この問題に区切りをつけたいという安倍首相の意向が盛り込まれる形になりました。

「慰安婦」問題についても、当初は河野談話の修正を狙いますが、それでは国際社会の支持が得られないと見ると、韓国との交渉に動きます。このとき安倍首相本人は消極的だったとされていますが、谷内正太郎国家安全保障局長と岸田外相が前向きだったこともあり、「最終的かつ不可逆的な解決」に合意します。
 結局、韓国の政権交代もあってこの問題はくすぶり続けることになるわけですが、右派の安倍首相だからこそ、国内の反発を抑えることができたとも言えます。
 
第7章 与党統制(竹中 治堅)
 平成に行われた一連の政治改革で首相の権限は強まりましたが、それでも第2次安倍政権以前で長期政権を築くことができたのは小泉政権だけでした。本章では首相の権限が強化されたにもかかわらず問題として残った問題を第2次安倍政権がいかにクリアーしたかが分析されています。
 安倍首相は最大派閥であった町村派(→細田派)の出身ですが、2012年の総裁選では派閥の全面的な支持を得たわけではなく、安倍を個人的に支持した人々の支えで当選しました。そして、第2次安倍政権ではそうした人物(例えば菅義偉や麻生太郎)が政権を支える中心メンバーとなります。

 党内統制に関して大きかったのはなんといっても選挙に勝ち続けたことです。党首の顔が重要になる小選挙区制度において高支持率を維持し続ける安倍首相はありがたい存在でした。
 こうしたこともあって閣僚人事に関してそれほど派閥に配慮する必要がありませんでした。一方で副大臣や政務官については本人や派閥の意向も聞きつつシステマティックな人事が行われました。
 また、公明党に対する配慮も欠かさず、平和安全法制では公明党と話し合いを重ねましたし、消費税の軽減税率やコロナ禍での定額給付金に関しては、自民党内の反対を押し切って公明党に思い切った譲歩をしました。
 このあたりは参院という存在を考えると公明党の強力が絶対に不可欠だという認識があったのだろうと思われます。

第8章 女性政策(辻 由希)
 第2次安倍政権における女性政策というのも興味深い対象です。安倍首相は保守的な人物とされていますが、その政権下で女性の活躍を掲げる政策が進み、幼保無償化のような社会民主主義的な政策も実現しました。
 ただし、これは日本の労働力不足への対応という面からも説明できます。女性の活躍と経済成長を結びつけるウーマノミクスは1999年にゴールドマン・サックスのキャシー松井が提唱しており、民主党政権でもこの考えは採用されていました。

 第2次安倍政権も基本的にはこの流れに乗った形ですが、発足時から党三役に野田聖子と高市早苗という2人の女性を起用するなど、女性重視を印象付けようとします。
 女性活躍推進法でも経済団体が女性管理職の数値目標の義務化に反対する中で、反対を押し切って数値目標を盛り込んでいます(これには塩崎厚労相の役割が大きかった(317p))。
 同一労働同一賃金の問題に関しても、新原浩朗が中心となってまとめ上げますが、塩崎が日本の賃金体系に抜本的に踏み込むべきだと主張したのに対し、結局、正規社員の給与体系には踏み込まないままに終わりました。
 
 こうした女性政策の背景には、経済成長のため、国際社会でアピールできる、民主党の看板を奪うことができる、という3つの背景があったとまとめられています。
 そして、政策を推進できた背景には、過去の政権からの蓄積、経済界が安倍政権を支持していたこと、安倍首相が推進することで右派からの反発を抑制できた、人的な要因があげられています。4点目に関しては塩崎、新原意外にも加藤勝信の名前をあげています。
 ただし、安倍首相が右派を基盤としたこともあって実現しなかったのが、選択的夫婦別姓や女性・女系天皇の議論です。

第9章 憲法改正(マッケルウェイン・ケネス・盛)
 憲法改正を掲げていた安倍首相ですが、これだけ在任期間がありながら憲法の改正には失敗しました。本章では失敗の理由と、改憲に中心に9条に第3項を受け加える案が据えられたのはなぜかということを論じていきます。
 
 自民党では2012年に独自の憲法改正草案をまとめていましたが、野党時代に党をまとめるためにつくられたという経緯もあり、「国防軍」の創設を盛り込むなどイデオロギー色の強いものでした。
 ですから、安倍政権としては改憲はしたいけど、2012年の自民党草案ではさすがに厳しく、まずは96条改正を掲げます。しかし、これは公明党や憲法学者の批判を受け、憲法改正を脇において平和安全法制の制定に力を尽くすことになります。
 平和安全法制は公明党の理解も得て成立しますが、これによって民主党をはじめとして左派政党は改憲の議論に乗ってこなくなります。

 2017年5月、安倍首相はインタビューで9条に3項を追加し、そこに自衛隊を明記するという提案をします。
 これは公明党が乗れるラインを模索した結果と言えますが、2項の削除を唱えていた石破茂らの自民党議員が反発します。さらにモリカケのスキャンダルが重なったことにより憲法改正の議論は失速するのです。
 また、本章の最後では、そもそも憲法改正は国民にとって必要性を感じないトピックであるということも指摘しています。その点からいうと、安倍首相が憲法改正をちらつかせることは野党を「護憲」という人気のないテーマに固執させる効果があったかもしれないともいいます。

 このように本書は安倍政権を多角的に分析しており、読み応えがあります。
 ここから個々のテーマについてさらに深堀りしていっても面白いでしょうし(例えば、改憲議論の過程なら清水真人『憲法政治』(ちくま新書)が詳しい)、安倍政権がここまで長く続いた理由を改めて考えてみるのも面白いと思います。
 小泉政権は再現性のない政権だと思いますが、安倍政権はどうなのか? 長期政権のスタイルを確立できたのか? というのは今後の政治を見ていく上でも面白いポイントだと思います。