一昔前までは「日本を動かしている」といったイメージを持たれていた官僚ですが、近年ではそのブラックな働きぶりなどが話題になっています。つまり、ここ2、30年ほどで官僚の置かれている状況は大きく変わっています。
 本書は、長年人事院に在職し現在は大学教授となっている著者が、現在の日本の官僚の実像と、ここ2、30年の変化を明らかにしつつ、あるべき官僚の姿を国際比較などを通じて探ったものになります。
 著者は1986年に採用されており、本書でも1986年当時と比較しながら説明していますが、これを読むとこの間の変化には驚かされます。
 今後の官僚のあり方については、理念的なものではなくて、もう少し具体的に期待される制度改革などを知りたかった気持ちもありますが、現在の日本の官僚の状況を知るには有益な本だと思います。

 目次は以下の通り。
第1章 日本の官僚の実像――どこが昭和末期から変化したのか
第2章 平成期公務員制度改革――何が変化をもたらしたのか
第3章 英米独仏4か国からの示唆――日本はどこが違うのか
第4章 官僚論から現代への示唆――どうすれば理念に近づけるのか
結び――天職としての官僚

 第1章では、まずは現状を説明した上で、比較として1986年当時の状況が説明されていますが、ここではわかりやすいように1986年の状況→現在の順で紹介します。

 まず、採用ですが、1985年に採用区分がⅠ種、Ⅱ種、Ⅲ種に再編され、86年度入省組はその一期生でした。Ⅰ種合格者に占める東大出身者の割合は32.7%、事務系に限れば約56%になり、採用された者に限れば、さらにその比率は上がります。
 「出張が多い」「男性の部下に指示できない」などの理由で女性を門前払いする省庁もありました。

 2021年度の東大からの総合職の合格者の割合は17.6%(事務系に限れば19.7%)、出身大学の多様化は進んでいます。女性の割合は全試験採用者で37.0%、総合職で34.1%となっています。

 昇進と人事評価については、1986年の段階では人事が各省の自治に委ねられており、上級職で採用されれば、3年程度で係長、6〜7年で課長補佐、20年目前後に本省課長に昇進するのが通常でした。
 事務次官を頂点とする組織でどこまで出世するかは、有力OBを含む周囲の評判で決まるような形で、評点をつける人事評価はありませんでした。

 現在では、Ⅰ種や総合職で入ったから横並びで出世するというわけではなく、Ⅰ種以外からの本省課長級以上のポストへの登用も増えています。人事評価も年2回行われるようになっており、幹部人事においては内閣人事局の発足以降は官邸の意向が重要になっています。

 給与については1986年も現在も民間企業との均衡を考慮に入れて人事院勧告が行われていますが、1986年には調査対象は従業員100人以上の企業だったが、現在は50人以上の規模となっています。
 1986年の段階では年功制が強く、若手管理職よりもベテラン係長の給与が高いことも珍しくなかったですが、現在では人事評価により違いも大きくなっています。以前にはあった官舎が削減されたことも、待遇的にはマイナスと言えます。

 勤務時間については、1986年当時は週44時間で土曜は半日勤務、92年から週休2日制に移行しています。勤務時間の管理についてはルーズで、国会対応のための残業はありましたが、質問主意書は少なく、政府委員として官僚の答弁が可能だったため、今のような大臣への詳細なレクは必要ありませんでした。
 一方、法案の作成や改正に関しては有望な若手を集めてプロジェクトチーム(タコ部屋)がつくられ、内閣法制局のダメ出しを避けるべく連日深夜におよぶ作業が行われました。各省協議では自省の立場を守るべく相手に大量の質問を浴びせる「紙爆弾」が飛び交い、あきらめたほうが負けということになりました。
 
 現在は、所定内勤務時間が38時間45分になりましたが、長時間労働は相変わらずです。
 政府委員が廃止されたこともあって大臣レクは詳細なものになり、質問主意書も大きく増加しました。質問主意書の中には「政府はUFOを確認したことがあるか」「二日酔いは病気か」(29p)といったものもあります。
 実績に応じた残業手当の支給は進みつつありますし、育児や介護をカバーするための制度も手厚いですが、結果として独身者に国会対応などが集中するといった問題もあります。

 1986年時には、官僚が関係企業の宴席に出向くのは業務の一環と考えられていましたが、2000年施行の国家公務員倫理法によって接待は禁止され、利害関係がない場合でも5000円を超える贈与や飲食の接待、謝金などについては四半期ごとの届け出が必要になっています。
 また、身分が安定しているのが公務員の特徴ですが、社会保険庁の廃止の際には522人が分限免職となっています。

 1986年には当たり前だった「天下り」への規制も強まっています。86年当時も、退職後2年以内に密接な関わりのある営利企業に再就職することは禁止されていましたが、まずは公社・公団、特殊法人等に再就職し、2年後に営利企業に入るというやり方がたびたびとられていました。
 しかし、「天下り」への批判の高まりによって、現在では再就職の斡旋はなくなっており、結果として組織の新陳代謝は遅くなっています。

 仕事の中身に関しては、2021年に行われた1990年代なかばに採用された現役幹部6名のインタビューからその変化を見ようとしています。
 まず、小泉政権から官邸の影響力が強くなるとともに、内閣官房副長官補室の役割も大きくなっています。官邸主導の結果、縦割りの弊害は弱まっていますが、同時に各省は下請け化しており、政策は上から降りてくるので「やらされ感」が強くなっているといいます。

 90年代までは紙爆弾で相手から覚書をとってなんぼという文化がありましたが、情報公開法と省庁再編、官僚の不祥事、橋本行革で省庁間で所掌が重なっても良くなったことなどによってそういったものはなくなってきました。また、内閣法制局の地位低下も著しいといいます(これは第2次安倍政権ではなく民主党政権のときに始まっているという)
 政策形成については以前はボトムアップ式で、係長・課長補佐あたりから関わっていたといいますが、現在は課長級からで、その課長は以前は若手がやっていたペーパーを起案などもするようになっています。また、ネットの発達によって官庁の情報における優位はなくなっています。
 
 第2章では、平成期に行われた公務員制度改革を見ていきます。
 戦前の官僚性はドイツ・プロイセンを模範としていましたが、戦後になるとアメリカ型の公務員制度が導入されます。
 とはいえ、各省ではすでに長年にわたってドイツ・プロイセン流の内部育成型の運用が定着しており、アメリカ型の職階制や公募制は根付きませんでした。GHQがアメリカの人事委員会をモデルにしてつくった人事院に対しても反発が強まり、給与などの労働条件の確保の機能を中心に残っていくことになりました。
 結果的に、人事に関しては各省ごとの分権的な仕組みが残りました。

 55年体制のもとで自民党と省庁が密接な関係を築きましたが、90年代の初頭までは官僚への評価は概ね高かったと言えます。
 ところが、住専問題や薬害エイズ問題、95年の大蔵省の過剰接待問題、96年の厚生省事務次官の収賄逮捕、98年の大蔵省金融接待の問題などが明らかになり、官僚に対する信用は大きく低下していきます。

 こうした中で、公務員制度改革の方向性として3つのベクトルが打ち出されました。
 各省が望んだのは人事に関する規制緩和・分権化(ベクトルⅠ)、政権が望んだのは各省人事の集権化(ベクトルⅡ)、公務員労組が望んだのは労働基本権回復による自律的労使関係の回復(ベクトルⅢ)です。

 橋本行革がスタートしたころには、ベクトルⅠとベクトルⅡが混在していましたが、官僚の不祥事などもあり、局長級以上の人事に内閣の関与が強まっていきます。幹部人事に内閣官房長官の事前了解が必要になり、ベクトルⅠの方向が強くなっていきます。

 小泉政権では、鈴木宗男議員と外務省の関係など、族議員と官僚の関係が問題になりましたが、基本的に小泉首相は公務員制度改革に興味を持っておらず、本格的な改革は以降に持ち越されます。

 つづく第1次安倍政権は公務員制度改革に取り掛かり、新たな人事評価や再就職規制の見直しを進めます。基本的には第1次安倍政権は官僚に「民間並みの厳しさ」を求めるスタンスでしたが、その中で「自律的労使関係の確立」(ベクトルⅢ)が浮上します。
 労働基本権を与える代わりに処遇を切り下げるということが考えられたのです。

 つづく福田政権で国家公務員制度改革基本法が成立し、総理・内閣官房長官の下での一元的な幹部人事の管理とそれを担う内閣人事局の創設が決まります。しかし、この基本法にはさまざまな要素が混在しており、これが形になるにはさらなる時間が必要でした。
 
 2009年に成立した民主党政権の特徴は政策形成からの官僚の排除であり、事務次官会議や内閣法制局長官が国会で政府解釈を述べることなどが廃止されています。
 公務員制度改革についても、基本的には政治家による官僚への統制を強める方向で議論が進みますが、一方で死じ団体である連合の意向も受けて、自律的労使関係の実現の目指されます。

 しかし、民主党政権が下野して第2次安倍政権が成立すると、自律的労使関係(ベクトルⅢ)は消え、各省人事の集権化(ベクトルⅡ)のみが実現することとなります。2014年に国公法改正案が成立しますが、幹部人事一元管理と内閣人事局の創設のみが実現する形となったのです。
 こうして第2次安倍政権では、首相や内閣官房長官、副長官、官邸官僚と呼ばれる人々が政策や人事を主導し、各省がそれに従うというスタイルが出来上がりましたが、官僚の中からは「アイディアが出てこなくなった」「言うべきことが言えない」、「若手が政策に関われなくなった」といった声もあがっています。
 
 第3章では、海外(英米独仏)との比較が行われています。
 まず、公務員の数ですが、フランスが人口1000人あたり公的部門の職員数が90.1人と一番多く、イギリス67.8人、アメリカ64.1人、ドイツ59.7人、日本36.9人っとなっています(129p図3−1参照)。前田健太郎『市民を雇わない国家』でも指摘されていたことですが、日本の公務員は非常に少ないです。

 任用体系について「内部育成型か開放型か」「政治任用多用型か成績主義貫徹型か」という軸で分類すると、アメリカが「開放・政治任用」、ドイツが「内部育成・成績主義」、フランスが「内部育成・政治任用」、イギリスはかつては「内部育成・成績主義」でしたが、近年では「開放型・成績主義」に移りつつあります(131p図3−2参照)。

 ドイツとフランスでは入口での選抜試験で最上位グループの試験で採用された者だけが将来の幹部候補になります(日本だと採用後の逆転もありえる)。
 ドイツでは事務次官・局長は「政治的官吏」と呼ばれ、大臣が更迭することも可能です。しかし、更迭されたあとも7割を超える給与(恩給)が3年にわたって支給されるようになっており、大臣もそう簡単に更迭するわけにはいきません。
 フランスでは事務次官のポストは存在せず、局長級や大使・知事(公選ではない)などは大臣が官僚の中から自由に任用・更迭できます。

 イギリスは、以前はオックスフォードやケンブリッジからファストストリーマー(速い流れ)と呼ばれる採用試験で合格した者が幹部になっていきましたが、近年では民間企業出身者なども増えています。

 アメリカは政治家と政治任用者が政策立案を行うということになっており、幹部は公務外からの登用が基本です。
 下位ポストについては成績主義による採用が浸透しつつありますが、給与の面などでは民間に劣ります。

 ドイツとアメリカの公務員に労使交渉がなく、イギリスは労使交渉があります。フランスは「公務員も争議は可能だが、協約締結権はない」(141p)という形です。
 勤務時間については英米仏独とも、一般の公務員はそれほど長時間労働をしていませんが、エリート職員についてはそうではなく、フランスでは大卒程度以上の上位カテゴリーに属する官僚は超過勤務手当の支給対象になっていません。

 近年、イギリスにおけるNPM(新公共管理)改革など、官僚制度についての改革も進んでいますが、著者に言わせれれば「「学ぶべき成功例」というほどのものは見出しにくい」(167p)そうです。
 政治からの圧力という点でも、各国に共通した課題となっていますが、日本は特に官僚の自律性を保証する制度的な決まりがなく、また、政権交代も少ないために、官僚が政治家に従属しやすい状況になっているといいます。

 第4章はウェーバーやシュミット、アーレント、ウィルソン、マートンなどの官僚論からあるべき官僚の姿を探るという話なんですけど、ここは正直なところあまり面白くなかった。
 NPM改革について、上級官僚には執行部門の切り離しに魅力を感じるものをいたが、執行部門が切り離されたことで政策全体への大臣の統制を難しくした、「執行知」という官僚の強みを失わせることになったという指摘は興味深いですが、全体的にやや浅いおさらいに終わってしまっていると思います。

 「結び」では、官僚の喜びとしていくつか現場の声を拾っています(警察庁×3、財務省×2、金融庁×1、総務省×1、外務省×1、文科省×1、厚労省×1、農水省×1、経産省×1、国交省×1、環境省×1、防衛省×1)。
 こうした声を読むと、やはり自分の仕事が社会の役に立ったという感覚が官僚の仕事の喜びにつながっていると言えます(そしてそれが一番感じられるのが警察なのか?)。

 このように本書は官僚の喜び、持つべき心構え、向いているタイプといったことを述べて終わるのですが、人事院にいたという著者からはもう少し細かい制度的な部分も聞きたかった気がします。
 例えば、幹部人事の登用において、「主要ポストについては具体的職責と求められる能力・経験(職務記述書)を事前に公開し、特定の人材が選ばれた後に要件に照らして最適任と判断した理由を公表するという運用」を提案し、2007年の人事評価制度の導入以降は、年2回の評価が定着しており、各ポストの具体的業務内容の記録が積み上がっているので、「これをベースに、その時々の政権の政策優先順位に沿ってアレンジするだけで、主要ポストの職務記述書は比較的容易に公開できよう」(175p)と述べているのですが、官僚の世界を知らない者からすると、それは具体的にどんなもので、本当に容易なのかということが知りたいです。
 最初にも書いたように、個人的には理念よりも具体的な制度改革についてもっと書いてほしかった気持ちがあります。