日曜日の天気がイマイチのようなので、急遽土曜日に翁山に登ることにした。
しかしハリマ小屋までの長い林道歩きを嫌い、積雪期限定の赤倉温泉スキー場から山頂往復する以前から狙っていたルートを選んだ。
【 3/28 翁山(1075m)山形・翁山地 】
赤倉温泉スキー場~郡界尾根~840m峰~850m峰~876m峰~760m鞍部~翁山(往復)
翁山は山形県最上町と尾花沢市との境に位置する山で、東肩の1062m峰が宮城県との県境となっている。
宮城県側では翁峠と呼ばれているが、その登路は山形県側からしか拓かれていない。
宮城県の過去の絵図などを見ると船形山の事も『船峠』と書かれたものがあり、峠と山が同義で考えられていたものと分かる。
尾花沢市から東の脊梁山脈を眺めると、なだらかなスカイラインを有した優しい山容の翁山が印象的に見える。
夏道は尾花沢市高橋から悪路の林道をハリマ小屋まで入り、そこから山頂を経て吹越山を結ぶ稜線を周回するルートが一般的に歩かれている。
笹と草原が広がる高原の散策といった感じの山歩きが楽しめる山である。
昨年、同時期に翁山の北にある大森山に赤倉温泉スキー場から登ったので、その南に位置する翁山塊の主峰:翁山まで歩いてみたいと思う気持ちが高まった。
しかし山形県における豪雪地帯の山とは言え、標高が低いので4月の声を聞くと雪消えが進行して雪堤がズタズタに崩壊してしまう。
また赤倉温泉スキー場の営業も終わってしまうので、今回急に当ルートを歩きたくなってしまったのである。
朝8時に赤倉温泉スキー場の駐車場に着いた。
リフトの運行が8時30分からなので、これ以上早く到着しても意味がない。
パトロールの方に登山届を出し、リフト二基分のリフト券を400円で購入。これは安い!
一応、アイゼンは持参するが、気温が上がっているためにカンジキ利用で登ることにした。
今回ご一緒するのはmaronnさんとマスさんの二人。
足並みが揃っているので、遅い時間の入山でも充分可能と考えていた。
リフト終点、ゲレンデトップから禿岳方面を眺める。
少し風が強い点を除けば、願ってもない好天である。

ゲレンデトップでカンジキを装着。
maronnさんは今回初めてカンジキを履く。
背後に見えるのは大森山(左)と、右奥に鋭峰の840m峰が見えている。

振り向くと白銀に輝く神室連峰が一望できる。
その中で一番目立つのは、やはり端正な三角形の山容をした小又山である。

歩き始めて感じたのは、昨年同時期より遥かに雪解けが進んでいる。
雪堤の大きな段差が今回はほとんどない。

664m独立標高点から急な雪堤の登りが始まる。
少し前に積もった新雪の部分が柔く、黄砂に汚れた旧雪の部分が硬いミックス雪面が交互に現れる。

大森山を真横から眺める。
昨年登ったばかりなので、今でも記憶に新しい。

840m峰が近づいてきた。
雪庇にクラックが入っているので、西側斜面を巻いて通過する。

途中の雪堤上から向町盆地の上に浮かぶ神室連峰を振り返る。
とても標高1300m台の連嶺とは思えない迫力がある。

840m峰から初めて、最終目的地の翁山の姿が見えた。
このところの気温の高さで、手前の山の斜面には底雪崩が発生している。

南西には葉山(左)と月山が並んで見えていた。

840m峰から急坂を一気に下り、次の850m峰に向かう。

広い雪原状の850m峰に乗り上げると、東側にみみずく山が意外に近く見えていた。

850m峰山頂付近。
背後に丸い山容が印象的な大森山が一望できる。
このピークは大森山に派生する尾根のジャンクションピークとなっている。

ちょうど翁山まで直線距離の半分が850m峰なので、ここで翁山を眺めながら長めの休憩をとった。
実は一つ先の876m峰までのヤセ尾根が、地図読みをすると一番の難所と考えていたのである。

気持ちいいブナの疎林を下っていく。

876m峰の手前から、これから歩く崩壊し始めた雪庇を見る。
向って右端の急斜面にも大きなクラックが入っており、とても雪堤を繋いで登る事は困難だと理解できた。
故に迷うことなく西側の斜面を巻きながら登る。
しかし右手は谷まで急傾斜の雪面になっており、おまけに一部で笹が出ている箇所もあって通過に苦労した。

尖った876m峰を越え、広い雪堤の上を快適に歩く。
876m峰は東に朝日開墾方面へ派生する尾根のジャンクションピークとなっている。

ここまで来ると翁山が大分近づいてきた。
しかし手前に縦走中の760m最低鞍部があり、そこまで下ってから、山頂まで高差300m以上の長い登りが待っている。

今回のルートを辿った記録はとても少ない。
バックカントリーを目的の登山者には、あまりにもアップダウンが多い稜線なので、選ぶ対象にならないのであろう。
でも裏翁とも言える静謐の尾根歩きは、歩いた人を充分満足させてくれる内容を持っている。

ここから980m峰東側の肩まで辛い急登が始まる。
一部に雪壁状の雪堤部分があり、右手のブナ林に逃げて通過した。

焦らずに一歩一歩足を進めていくと、知らぬうちに高度を稼いでくる。
そしてその度に背後の景色も広がってくる。

980m峰の東肩に出たら、思いもかけずスノーモービルのトラックベルト跡に出くわした。
翁山よお前もか!!! と思わずため息をついてしまう。
近年、南の船形山にも大勢のモビラーが山頂まで集結して、登山者の不評をかっている。
この山も県立自然公園で、スノーモービルの法的な規制はないようであるが、トラックベルトの木々の踏みつけ、排ガス、そして山に暮らす動物たちの生存を脅かす騒音など、自然に与えるマイナスインパクトは計り知れない。
自然を荒らしまわる、誠に無粋な趣味との認識は、やっている人達にはないのであろう。
北海道と同様の法的な規制を早急に整備して欲しいものである。

山頂北側の標高1000m付近。ブナが矮小化して見通しが良くなった。
辿ってきた縦走路と神室連峰が一望できる。

杢蔵山の背後に鳥海山が霞んで見えている。

神室連峰から禿岳、そして虎毛山から栗駒山まで全てが見えている。

山頂までもう少し。禿岳を背景に登る。
ここまで3時間半かかった。
ここまで3時間半かかった。

白い丘と言った感じの茫漠とした翁山山頂。

二等三角点と山頂広場は土が出ていた。
背後に見える黒っぽい木はキャラボク。
その下に石組みの翁山神社が祀られている。

神室連峰をバックに記念写真。

ここで翁山の歴史について記したい。
この山は過去に信仰の対象になっていて、月山に対し翁山、戸沢山、そして大穴山を『東の三山』と称していた。
尾花沢市中島に『明光寺村』と呼ばれた門前町があった。
この村は現在は痕跡も見当たらないが、その盛衰を語った『明光寺盛衰記』に翁山の由来や末路が記載されている。
昔、京都東山の浪人・曽我明監という人物がこの地に来て狩りで暮らしていたが、庵の近くに一頭の白い鹿が現れた。
明監はこの鹿を追って、とうとう山頂近くまで分け入ってしまった。
するとそこに寂れた庵があり、中を覗くと一人の翁が座っていて、そばに例の白鹿が伏していた。
その翁は『儂は大和国春日大明神に使えた翁である。この国を開こうとしているが、この地の人々は神儒仏の尊いことを知らない。これを教えて万民を助けるのだ。』
と言い、この山に八万八千の仏を祀っていることを告げて山奥深く姿を消してしまった。
明監は翁のお告げになった仏を拝み、里に戻った後は、近在を廻って翁山の功徳を説き、先達を務めて参詣する人々を案内した。
それによって信者が増え、寺を建てて本院としたのが明光寺の開基である。
天台宗の流派のこの山は、後に明光寺を中心に宿坊を400軒も連ね、城下町にも劣らぬ賑やかさになったと言われる。
しかし時が経つと、この山の別当が幻術を使い、地獄の責苦や極楽の往生の姿を見せ、死人に会わせてやると信者をたぶらかし、信者から金銭を巻き上げる不届きな者がでてきた。
この悪別当の所業が、たまたま諸国を廻り歩いていた最明寺入道時頼の耳に入り、その7年後に別当は捕えられて八丈島に流された。
また神社仏閣の改めの最に、公儀の記録所に記載されていない翁山三山が繁盛するのはまかりならぬとされ、評議の結果、山の参詣を千年差し止める休山の仰が出た。
同時に明光寺村は上意により、村の人々を全て追い払い、その後に火をはなって門前町の全てが焼き払われた。現在はその跡かたもなく、礎石も残らずに水田になっているそうである。
尚、翁山を除く、他の二山、すなわち戸沢山と大穴山であるが、戸沢山は翁山北西の980m峰、大穴山は876m峰から東に派生した尾根上にある896m峰を指すらしい。
また、過去には翁山への北からのルートとして、矢柏沢をつめる『やがっしゃコース』が存在していたが、今は完全に廃道と化している。
こんな山の歴史に思いを馳せながら登ると、山の印象もより深まってくるものだ。
山頂から南に続く黒森山から吹越山への稜線を見下ろす。
初夏にはレンゲツツジ、夏にはヤマユリが咲き競う展望の稜線である。
黒森山への斜面にスノーモービルの走行跡が見えているので、奴らは吹越峠からアプローチしたようである。

南東には船形山が遠望できる。
その左手には北泉ヶ岳と泉ヶ岳が双耳峰のように見えていた。

山頂で風を避けて昼食を摂れる場所を探したが、一面の広い雪原なのでそんな場所は見つからなかった。
仕方なく、980m峰の東肩まで下って、矢柏沢の源頭付近で休憩する。
マスさんがご馳走してくれたケーキ『桜の頃』が美味しい。
スポンジケーキ、ムース、洋酒のゼリーが層になってるムースケーキで、塩漬けの桜を塩抜きしてからムースに入れてあるために少し塩っけがあって食べやすい。

お腹が満たされて、長い帰路を歩く気力が充実した。
急な雪堤は重力に任せて一気に下る。
最低鞍部付近で乾燥したナメコを見つけたが、痛んでいるので採れる状態にはない。

876m峰の登りから眺めた大穴山(896m峰)と考えられる山。
翁山三山詣での時には、どんな経路で参詣したのであろうか?

標高差100m超えの登り。
写真では分かりにくいが、右手に伸びる稜線の雪庇が大きい。

一番気になっていた876m峰北側の崩壊した雪庇のヤセ尾根。(maronnさん撮影)
往路と同じく西側斜面を巻くが、午前中より雪が緩んで滑落の心配なく通過できた。

850m峰で最後の休憩を取る。
正面の840mの鋭峰を越せば、後は然したる登りもなく、一気にスキー場まで下れる。

840m峰から葉山を望む。
空気が湿ってきて、南の空は高曇りになってきた。

人が少なくなった赤倉温泉スキー場のゲレンデサイドを下っていく。
結局、スキー場の営業時間が終わる午後4時に下れた。

結局、この日の歩行距離は13.5km、累積標高差は1050mだった。
先週歩いた離森山の方が展望は勝るが、山歩きの面白さや技術面の点では今回のコースの方が秀逸な感じがした。
但し、今回歩いたコースはスノーシューには不向きである。
クラストした急斜面のトラバースや、斜度40度を越える急な下りが随所にあり、下手に突っ込むと滑落の危険性が高い。
GPS軌跡です。

動画です。