山と高原地図『栗駒・早池峰』の登山道調査の中で最も難物なのが、秋田県東成瀬村椿台から岩手県奥州市下嵐江へ抜ける平安時代からの古道:仙北街道の区間である。
歩行距離はおよそ19.5km、累積標高差は850m。この数字を見ると健脚なら日帰りで歩けるルートであるが、峠越えとは言え、小出川まで下がり、支流の栃川からツナギ沢を繋いで登るルートの詳細が良く分らず、起点となる秋田側の豊ヶ沢林道の路面状態も現地に電話確認しても良く分からず二の足を踏んでいた。
しかも本行程を歩くためには必ず車2台が必要で、また各登山口間が林道走行を含めて37kmあるため、タクシー利用も車代が嵩み過ぎる。
そんな訳で当初は単独で行程の栃川落合まで二日かけて各々往復しようと考えていたが、今回ナカシィさんが車を出してくれる事になり、やっと仙北街道の走破に目途がついた。

【 9╱10 仙北街道(柏峠・1018m) 秋田~岩手 栃ヶ森山塊 】
豊ヶ沢林道終点駐車場~十里峠~藩境塚~丈の倉~引沼道~柏峠~山神~粟畑~中山小屋~小出の越所~栃川落合~ツナギ沢~マタギ坂~大胡桃山~大寒沢林道分岐~アドレ坂~小胡桃山~野がしら~下嵐江入口~おろせ広場

東北道金成PAでナカシィさんと待ち合わせ、車2台で胆沢ダムの奥、「栗駒焼石ほっとライン」のおろせ広場に向かう。ツブ沼キャンプ場の駐車場で朝焼けを望むが、低空に雲がかかり日の出は見られなかった。少しだけ焼けた空の下に五葉山と愛染山が確認できる。
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ナカシィさんの車をおろせ広場にデポして、SONE車で登山口へ向かう。
国道397号を通って県境を越え秋田県に入り、国道342号線へ左折。
そこから約3km南下すると椿台(ちんだい)地区に出る。
左に派生する道に、大きな『仙北道手倉越案内図』が立っている。ここが豊ヶ沢林道の入口になる。
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椿台の林道入口の標高が280m。林道の終点が840m。
林道の走行距離7.4kmで標高差560mを車で登る。

実はこの豊ヶ沢林道の状態がネット検索しても、地元に電話確認しても詳しい情報が取れなかった。
地形図では迷路のような錯綜した道筋が書いてあり、どの筋を辿れば効率良く林道終点まで行けるか全く分からない。
ネットで見ると『途中で迷って時間がかかった。』としか書いておらず、路面状態に至っては全く記載されていない。普通車で走行可能か否かが分からなかった点もタクシー利用を躊躇した一つの原因だった。

さて、実際に走行して見ると、➀途中3か所あった林道の分岐には一切道標がない。2つ目の分岐の手前まで舗装されている。②出てくる分岐は登りの場合全て右折すれば林道終点に着く。③3つ目の分岐から先は林道の傾斜がきつくなり、雨の影響で洗掘された箇所が数か所あり、掘れた部分を慎重に跨いで走行せねばならない。④何か所も出てくる排水溝の段差が意外に大きく、最低地上高の低い私の車では何回か腹を擦った。⑤路肩は刈払いが完璧に行われていて、轍を避けるのは容易。⑥現状は四駆しか林道終点には行けず、タクシーの場合、3つ目の分岐から先は行ってもらえないだろう。

一番懸念していた豊ヶ沢林道をノロノロ運転で何とか終点まで行けて、とりあえず一安心できた。
林道終点には車5台ほど置けるスペースがある。
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登山準備を整え仙北街道に入る。

「仙北街道」は奥州市胆沢町若柳下嵐江(おろせ)から秋田手倉までの24kmの古道である。
延暦20年(801年)に蝦夷の王・阿弖流為(あてるい)を倒した坂上田村麿呂は、翌年朝廷側の4000人の民を日高見の国:胆沢地方に移してここに胆沢城を築城し、東北を支配するための拠点とした。
そして奥羽山脈を越えて仙北地方の雄勝城に通じる軍事の道として拓かれたのが仙北街道・手倉越である。やがて
後三年の役(1083-87年)では源義家が通り、江戸時代には、飢饉を救うために救援米を秋田から大量に運んだと言われる。
さらに幕末には高野長英が江戸伝馬町の牢屋から逃げ、姿を変えて水沢の母に会うためにこの街道を越えた。戊辰戦争では仙台藩から300人が山を越えて、秋田に攻め入ったという。
しかし明治2年、相互の番所が廃止され、明治15年に現在の国道107号線の道筋と同じ平和街道が開通した事によって、千年以上に渡って人々が通った仙北街道はその役割を終えた。

歩き始めるとロープが張られた急坂を一気に登る。
それもほんの数分で十里峠に着く。あまり峠っぽくない尾根の一点である。
十里峠の意味は手倉より小里で十里あるので命名されたらしい。ちなみに小道六里が大道一里。)
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その先、仙台藩と秋田藩の境界を示す藩境塚は近い。
ここも県境と言う感じはしない。
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少し下ると岩ノ目沢の支流を跨ぐ
街道沿いの数少ない水場と言われている。
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広い尾根を登って行くが、古道らしく大きく掘られた道筋が随所で出てくる。
往時は幅2.7mの立派な歩道が続いていたと聞く。
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959m峰まで登り詰めると前方が明るく開けてくる。
その足元に丈の倉(じょうのくら)の道標が建っていた。
この高さ40cmほどの標石は古道の復元を記念して相互の町村が設置したものである。
古道の復元作業は平成2年から岩手県胆沢町愛宕公民館と秋田県東成瀬村公民館が共同で行い、平成8年には秋田県東成瀬村で「仙北道を考える会」、平成10年、岩手県胆沢町で「仙北街道を考える会」が結成された。現在は、両町村が古道の刈り払い整備と、歴史的な古道を通して交流を行っている。
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東側が岩ノ目沢まで一気に切れ落ちた丈の倉は本コース中、白眉の展望が得られる。
手前のこれから辿る柏峠(1018m)と、奥に笹森山が望めた。
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そして胆沢川の対岸に見慣れぬアングルで焼石連峰の山々が聳えている。
左から三界山、西焼石岳、焼石岳、そして横岳
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南には栗駒山も顔を出していた。
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刈払い整備された歩きやすい道をどんどん進む。
振り返ると丈の倉がある959m峰が見えていた。
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梢越しに西焼石岳と焼石岳、そして横岳が並んで見える。
西焼石岳の草紅葉はかなり色づいている感じだった。(写真では分かり難いが・・・)
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引沼道の標石がある広場。
尾根の南側に凹地が地形図上で読めるので、昔は沼でもあったのだろうか?
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本行程の最高点:柏峠(1018m)に着く。
昔は中山峠と言われた時代もあったようだ。
展望を少し期待していたが、低木と笹に視界を遮られちょっと残念なピークだった。
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柏峠から小出川(おいでがわ)まで標高差450m下る。
低木帯の日当たりの良い場所は笹が繁茂するようで、刈払われた笹が登山道に敷き詰められている。
刈り残されたマイズルソウの実が美しい。
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真っ赤に色づいたオオカメノキの葉っぱ。
北東北の秋は足早に過ぎる。
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高度を下げていくに従って、ブナの樹高が高くなる。
樹齢200年以上のブナの巨木も散見された。
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笹森山へ分岐する尾根を過ぎると大高鼻沢の右岸尾根を下るようになる。
その途中に古い山の神の石碑が残されている。
過去の遺構がほとんどない仙北街道にあって、江戸時代・文化年間の年号が刻まれた道中唯一の旧跡とか。
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山の神から少し下って湿地を通り過ぎると、この時期としては珍しいナメコを見つけた。
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標高860mにある粟畑(あわばた)の標石。
昔は粟が生えていたのか???
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粟畑を過ぎると顕著な尾根から離れ、左手の支尾根へ降りる道になる。
今まで素晴らしく刈払いされた道が、その地点から笹薮が生い茂った道になるので唖然としてしまった。夜露に濡れた笹の水滴を杖替わりにしていた棒で払落しながら通過する。
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大高鼻沢の支流を横切り、ジグザグな急坂をどんどん下って行くと、中山小屋の標石が出てくる。
秋田と岩手の荷物の交換を行った場所で、手倉からここまで3里(12km)と、ちょうど半分の距離となる。標石の左手に少し広い場所があるが、ここに簡素な笹小屋が建っていたらしい。
急坂の多い難所が続く仙北街道は、牛馬が使えず、全ての物資を背負子に載せて人力で運んだと言われる。
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その先、急斜面の縁に出る。
小出川対岸の928m峰が眼前に見えている。
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一帯はブナとミズナラの原生林。
小出川の河音が響いてきた。
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日当たりの良い草付きにはジャコウソウが咲いている。
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豊ヶ沢林道終点から約7km歩いて、ようやく仙北街道最深部の小出川河畔に降り立った。
小出川は原生林の中に緩やかな流れを見せている。
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栃ヶ森山塊は1990年3月に栗駒山・栃ヶ森山周辺森林生態系保護地域に指定されている。
仙北街道はそのほぼ中核となる地域を貫いており、学術的にも重要な山域と言える。

今回の足周りは二人とも長靴にした。
小出の越所(おいでのこえど)と呼ばれる渡渉点の水深は約20cm。
昔はこの場所にオサゴ橋がかかっていたらしいが、今は渡渉を強いられ、登山靴の場合は靴を脱がないと渡れない。大雨で増水した場合は渡渉は難しいと思う。
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仙北街道は少し下流側の右岸に道が続いている。
その前にテント場を確認するため、少し下流の右岸台地まで寄り道してみた。
そのテント場はブナの原生林に囲まれ、平坦でテント5張りはいける素晴らしい環境の中にあった。
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テント場に寄ったため、『小出の越所』の標石は見ないで通過してしまった。
小さな尾根を少し登って越し、少し下ると栃川に出る。
本流の小出川よりかなり水量は少ないが、川面まで近寄るとイワナの魚影が凄く濃い沢だと感じた。
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川縁の石に腰掛けてマスさんが持たせてくれたコーヒー羊羹『黒の月』を頂く。
コーヒー飲みながら食べるのはまた絶品。
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ネット情報で栃川を経てツナギ沢へ移行する行程が全くつかめなかった。
ある記録だと沢靴履いて沢筋を忠実に遡行しているものもあり、別な記事では滝場を登っている写真もある。とにかく沢を遡行するのか、別な正規の道があるのか皆目見当がつかないため、靴の選定に悩み、結局長靴にしたのである。

今回は登山道調査が主目的なので、道を無視して沢を遡行する事はできないため、赤布のマーキングを終始追った。その結果は。
➀栃川を遡ると直ぐに右岸から左岸への渡渉箇所がある。石飛びで渡れないこともないが、石がぬめって非常に滑る。②そこから先は川縁に近づくこともあるが、概ね左岸の登山道を歩く。③一か所倒木がある、それを乗り越えるのに苦労する。④日当たりの良い場所は草薮が繁り、一部踏み跡程度のところを辿る。④最後の亀の子岩と言われる小滝の下流を右岸に渡渉し、その上に栃川落合の標石がある。


何のことはない、ちゃんとした道が存在したのである。
道沿いは渓畔林が発達し、カツラやトチノキ、サワグルミの巨木が立ち並んで壮観だった。
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栃川の亀の子岩。
この沢は奥に遡行すると落差30mの大滝があるらしい。
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流れの縁にダイモンジソウが沢山咲いていた。
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栃川の最終渡渉地点から一段登った場所に設置された標石
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栃川落合から急坂を一気に高差100m登って、ツナギ沢の滝場を巻き上がる。
やがてツナギ沢が近づき、川沿いに咲く花が増えてくる。
キツリフネの花は秋を感じさせてくれる。
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ツナギ沢も沢を遡行するのではなく、右左に沢を数回渡渉しながら、沢に絡むように登山道が伸びている。赤布のマーキングを見逃さないように辿れば迷うことはない。
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オニシオガマが先週に引き続き見られた。
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ツナギ沢に出合ってから直線距離で500mほど沢に絡みながら登るとツナギ沢の標石が建っている。
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標石の下の流れのそばで休憩していると急に雨が降ってきた。
激しい降りではないので、ザックカバーを付けただけで歩きだす。
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右岸に石飛で渡った後は、掘れた沢の源頭部を思わせる急坂を登って行く。
そこを抜け出すと山腹を斜めに登る広い道に出る。
この一帯をマタギ坂と呼ぶらしい。

979m独標のある尾根に乗ると、穏やかなブナの原生林を辿る道になる。
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尾根上を歩いて行くと道が二手に分岐した。
道標がないが、一目で右が大胡桃山の巻き道、左が山頂を目指す道と分かった。
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大胡桃山山頂に近づくと、植生は低木林に変わっていく。
ここでも綺麗な黄葉が見られた
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先週登った金ヶ崎駒ヶ岳の最終行程に似た感じの急坂を登ると、眼前が明るくなり、東側を除いて270度の展望が得られる大胡桃山の山頂に立った。
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大展望を期待していたが、午後から急激に曇ってきてにわか雨も降る生憎の天気になってしまった。
それでも南には栃ヶ森山(平な山の右奥の小さな山)が見えている。
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栃ヶ森山塊のシンボル的な三角山の上東山は雲に隠れて見えなかった
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越えてきた柏峠が遥か彼方に見えている
手前左が928m峰、中央少し左の平頂が柏峠、右の大きな平頂が笹森山。
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焼石連峰は完全に雲に隠れてしまった。
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でも連峰東側の天竺山と経塚山は見えている。
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山頂で涼しい風に吹かれてノコンギクやヤマハハコを眺めながらおにぎりを食べた。
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まだ先は長いので、山頂であまり長居はできず、ここから下嵐江へ向けて歩き始めた。
掘れた急坂を下ると巻き道との分岐に出る。
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この先は北泉ヶ岳の大倉尾根を下っているような穏やかな尾根筋の道になった。
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しかし大寒沢林道分岐から先は刈払い状態が悪くなり、笹が道に被ってくる。
ちなみに大寒沢林道は途中で道が崩落したため、現在は軽トラ程度の車幅の車しか通行できないらしい。この方面から小出川へ行く場合は注意が必要である。

途中、一か所だけ東側の展望が開けた場所があった。
これから辿る小胡桃山が見えている。
南斜面が山頂直下まで植林地になっている事が分かり、少しがっかりした。
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樹間から正面に886m三角点峰(点名・大胡桃)が見えて来ると、そのピークには登らず、急に道は巻き下っていく。
そのポイントにアドレ坂の標石が建っていた。
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藪っぽい急坂を高差120m下ると巨木のブナ林に入る。
立ち枯れのブナも多く、キノコシーズンの最盛期には獲物にあり付けそうな雰囲気。
しかし古道を塞ぐ邪魔な倒木もあり、這いつくばって通過した。
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小胡桃山に緩登していくと右側がカラマツの植林地になってくる。
アドレ坂の手前で見えた植林地だ。

山頂手前に左に刈払いされた道があり、興味が湧いて立ち寄ってみた。
しかし獅子ヶ鼻岳と胆沢ダムが樹間から見えるだけだった。
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小胡桃山山頂は展望が全くない樹林の中のピークなので、標石の写真を撮っただけで通過。
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更に下ると急坂の途中で酷い棘藪区間が現れる。
ズボンにチクチク刺さってまったく先に進めないほどの棘藪なので、持っていた木の杖を刀替りに棘藪を叩き倒して何とか進めた。

カラマツ林の藪が酷い箇所を抜けると、再びブナの巨木林に入る。
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しかしこの先が急に里山ぽくなり、根元が曲がりくねったスギ林の中をしばらく歩く。
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この後、ミズナラ主体の雑木林、スギ林、またまた雑木林を抜けると野がしらの標石がある場所に出た。この場所は過去にあった
渋民沢銀山への分岐点であり、文政2年(1819)「西宮大神宮 右ハせんぷく 左ハかね山」、明和2年(1765)「南無阿弥陀仏 ミギハせんほくみち ひがりハかね山みち」と刻まれた追分け碑が二基建っている。
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野がしらから下嵐江入口の標石まで僅かの距離。
標石がまるで墓石のようでかなり違和感があった。
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車道に出て猿岩と奥州湖を眺めながらおろせ広場まで約400m歩く
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ここまでちょうど8時間の行程だった。
しかし豊ヶ沢林道終点までSONE車を取りに向かわねばならない。
明るい内に林道を下りたいので、急いで車を走らせた。
ナカシィさんの車は四駆の軽ワゴン車だったが、運転が上手いためか、林道終点まで問題なく達することが出来て一安心した。

明るい内に県境を越え、ひめかゆの湯で汗を流す。
今回のルートは調査目的だったが、以前から歩いてみたい山の筆頭であった。
その意味で自分としてはとても充実した山行だったと言える。

GPS軌跡です。(クリックで拡大。)
仙北街道


今回は急ぎの行程だったので動画は撮影していません。

9╱19追記
奥州市の愛宕地区センターに岩手県側の仙北街道の刈払い実施について確認してみました。
すると大胡桃山北側の大寒沢林道分岐から、下胡桃山を経て下嵐江入口までの区間は、昨年を最後に刈払いは今後行わないとの事でした。
今まで刈払いを担当していた方々が高齢になり、危険な作業に従事できなくなったため、止む追えず作業を行わないと言う苦渋の選択になったとの事です。
当該の区間は今後2~3年は歩けるでしょうが、現状でも藪が酷い場所もあるため、それ以降は自然に帰るものと思われます。