【終戦のローレライ(上/下)】 著:福井晴敏

 内容(「MARC」データベースより)
1945年夏。敗け方を知らなかった日本。「現代日本はどこで道を間違えたのか」を真正面から問い直す。新世代だからこそ描けた太平洋戦争。渾身の書き下ろし。


これって「このミステリーがすごい!」の2004年度版二位だったんですね。なんでミステリーなのかとはたと考え込んでしまったのですが、あれですか? 下巻のあの展開ですか? あれは正直、まったく予想してませんでした。でも、ミステリーかぁ?(苦笑)

まず言っておきます。この作品は間違いなく読んでおいて損のない大作です。前作『亡国のイージス』同様、文章を読むという作業で実際息を呑み、圧倒されるという感覚を味わえる稀有な作品のひとつといって良いでしょう。なにより面白い。躍動感あるアクションに重々しくも痛切な心理描写、目まぐるしく次々に予想を裏切りながらも、本道をはずさないスッキリとしたストーリー展開。燃えます、手に汗握ります、そして感動と切なさに涙します。
傑作と呼んで過言ではないでしょう。実際、私ちょっと涙ぐんでしまいました。『亡国のイージス』で分かってたはずなのに、また外で読むから、もうどうしようかと!!

ですが敢えていいましょう。
私としましては『亡国のイージス』の方に軍配を上げます。多分、これは好みの範疇に入ってしまうのでしょうが、私の中のあのイージスを読み終わったあとの圧倒的な感動を、この作品には感じ取れませんでした。
最後のエピローグで、どうにもすっかり醒めてしまったから、のようです。

原因は幾つか考えられますが、結局の所、私がこれを少年と少女の物語だと思い込んでいたからでしょう。特に下巻の第4幕で主人公の征人が「あんたたち大人が始めたくだらない戦争で、これ以上人が死ぬのはまっぴらだ!」という台詞(さすがはガンダム書いた人)、ここでその認識は確かなものになりました。つまり、如何なる結末を迎えたとしても、この作品は征人とパウラが未来を紡いでいくという形で終わるものだと思い込んでいたんです。
所が、著者はこの二人の未来を、彼らが老人になり、生涯を終えるまでを終幕で書いてしまった。現代に至るまでの時代の流れを、二人が生きながら抱く印象と共に描きながら。
正直、私は此処から征人とパウラの個が曖昧となって、著者の歴史観・現代観を代弁しているようにしか受け取れなかった。あの多大な犠牲を出した戦争を経た今、一体我々は何をしてるんだろう。そんな鬱屈を最後にぶつけられたかのような気分でした。

彼らがどういう未来を歩んだのか、それは読者に預けてほしかった。海の亡霊、最後の戦い。その事件に関わった、あの戦争を戦った人たちそれぞれの思いを受けて生き残った二人。
この二人が、その後どういう未来を紡いだかは、ある意味読者がこの物語で感じたものに、どういう結論を見出したと同意だと思うのですよ。希望か、絶望か、厭世か、諦観か。
この物語で感じたもの。それにどういう結論を得るかは、読んだ人に預けて欲しかった。
あの終幕は、なんだか結論を押し付けられたようで、だから一気に醒めてしまったんだと思います。

これが、あの戦争で失ったもの、得たものをないがしろにする現代社会に提起するため作品だった事に気が付かなかったのが、この読後の感触の悪さなんでしょうね。

ちなみに『亡国のイージス』は最後にただ、幾らこの世が悪徳と絶望に満ち溢れていても、それでも希望を信じたいんだという気持ちが伝わってくる、そういう締めくくりの作品だったからこそ、あれだけ感動できたんじゃないかと。
今回のはいまいち何が言いたいのか分かりませんでした。

しかし、福井氏ってよっぽどアメリカ嫌いなんですかね? 確かにああいう酷い面のある国ですけど、此処まで一方的に悪く書かれると苦笑してしまいます。なんだか初期の火葬戦記のアメリカみたいだ。
日本民族に対してのあらわし方もそうなんですけど、民族的にどうのこうのって、そんな観念的、しかも一面的な捉え方で全部がそうだ、というのはどうだろう。本当にそう思ってるかはともかく、作中にはそういう書き方しかしてないしねえ。
戦争認識については、もうどうでもいいです。別段それほど極端に偏ってるって訳じゃないし。ただ、あの戦争のダメだった部分を強調するために出した具体例が国力の差(駐在して見て来たぜ!)航空主兵とか(戦艦なんか要らないぜ!)、防御力の軽視とか(装甲を厚くすればよかったんだ!)、そんなあまりにも枝葉瑣末の事で罵られても、薄っぺらいなあ、としか印象受けないわけで。
なんか、ベタな内容の仮想戦記とか何冊か読んで「ほう、なるほど日本が負けたのはこんな理由があったのか」と、なんだか賢くなった気になっていた高校生くらいの自分を見ているようで居たたまれないです(苦笑)
まさかこの程度の認識じゃないでしょうけど、だったらもっと大事な部分を書くか、もしくはキッパリそんな細かい事は書かずに行くとかあるでしょうに。

人物描写や展開の熱さや上手さと比べて、思想の背景となる見識がどうも底辺薄いような気がします、この人は。
私は前者の方をより重要視する読み手なので、読んでる間後者の理由で引っかかって楽しめない、なんて事はなかったのですが。


終戦のローレライ、パウラの言からなるこの題名の由来にはやられました。
映画では「終戦の」を抜いてしまうそうですが、冗談じゃない。ちゃんと読んでたらこの言葉を抜こうなんて思わないですよ。商業戦略上仕方なく、なんですかね。単なる不見識だったら許せん。
映画といえば、本作のアクションシーンは、これちゃんとした映像になったら物凄いものになりますよ。それくらい、ビジュアル的にド派手かつ印象的なシーンが多い。
潜水艦戦特有の、あの詰め将棋のような先の手の読み合いも見事です。ただ、ゴーストフリートとの最終決戦が、敵潜水艦の人間の描写がなかったのはちょっと残念。頭脳と頭脳の戦い、裏の読み合いの要素が、片方が描かれてないために、いささか減退してしまっている。まあ、あそこは一気に叩き潰す勢い重視の展開ですから、ああする方が正解か、うん。

ことエンターテインメント性に関しては、確実に前作より桁がアップしてると思います。
ただ、国家の切腹とか、あれは幾らなんでもなあ。分からん。極限状態の描写も、どうも迫真らしさが伝わってきませんでした。ああいう極限状態と思想的なものって、繋がりにくいのかも。

とまあ、ダラダラ長く書いてしまいましたが、書き出すと止まらんなあ(苦笑)
ここらへんで止めておきます。