刃を砕く復讐者〈下〉―封仙娘娘追宝録〈9〉
【封仙娘娘追宝録 刃を砕く復讐者 下】 ろくごまるに


正直、不安はあった。五年である。短編集を含めれば三年となるが。
これだけのブランクがある以上、はたしてろくごまるにクオリティは喪われていないと断言できるだろうか。
不安であった。
この限界にまで膨れ上がった期待は、生半可な出来では満たされることは無いだろう。
はたして、この手にある【封仙娘娘追宝録】は私が愛したあの【封仙娘娘追宝録】足りえているのか。
不安に背筋を凍らせながら、私はページを開いたのだった。










キタ━━━━━━\(T▽T)/━━━━━━ !!!!!


やべえ、もしかしてある意味パワーアップしてないか!?
い、生きててよかった〜〜。

凄まじく素晴らしかったです、はい。

実のところ、前回までの謎はまだ全く解明に至っていない。それどころか謎はさらに謎を読んでいる状態。もしかしたらこの世界の在り様は前回までに示されていた以上の深く絡み合った要素をはらんでいるのかもしれない。
今回提示された謎は読者の混迷を深めると同時に、ある種の手がかりとなる要素を秘めているのかも。導果先生の言葉は相変わらず何を言ってるのか本人の性格も相まって訳分からんのだが、その分深読みさせられるのだ。

とりあえず、これだけは言っておこう。

氷の和穂はやっぱりスゲエ。

以下、ネタバレ全快








まず読んだ人が仰天するのが、短編集とこの本編が繋がっていないというところだろう。だが待て。ただ作品編成上の都合というにはおかしくはないか? この巻に登場した深霜の様子では、彼女の所持者であった武人のオッサンは所謂彼女の欠陥の所為で死んでいる。短編集ではあれほど綺麗に決着させた話を、此方では悲劇によって終わらせているのだ。これを短編集と本編はパラレルワールドであり、作品上のつながりはありません、とするには決着のさせ方が穏当ではない。
それに、深霜に関する話題だ。深霜がどういう宝貝なのか、彼女がどういう性格で殷雷がどういう迷惑を被ったのか、そこの殷雷と和穂の会話が短編集の会話と内容が全く一緒というのは奇妙にも程がある。単に短編集と本編を繋げるのは難しいと言うか面倒なので、双方につながりはありませんとするには、こうもくっきりとパラレルワールドを意識させる会話を載せるものか?
いや、単に物語の構成上深霜刀の性格を描写する必要があり、それを表現するのに短編集の会話を使いまわした、もしくはあの会話以外には表現が難しかった、と考えることもできるかもしれない。手抜きだが、そうとも考えられる。
だが、と繰り返す。
実のところ、この作品ではパラレルワールドが存在の可能性を云々言う段階ではなく現実にあるものとして提示されている。短編【雷の饗宴】ではパラレルワールドから存在を引っ張ってくる機能を持つ宝貝によって無数の殷雷と和穂が一所に集まってしまいえらい事になっていた。
じゃあ短編集は別の次元の殷雷と和穂の話なんだから、関係ないじゃん。
ともとれるわけだが。そう単純に割り切ってしまうのもどうなのか。
全くの無関係とするには気に掛かるのが導果先生の言である。
「どっらにしろ同じことだからね」
あれを勘繰ると、単純なパラレルなのかと疑念が生じてくる。もしかしたら【CROSS†CHANNEL】なのか?

ただでさえ、この作品って振り返って見ると時間移動・多元平行世界・混沌の消滅など、時間軸やらが錯綜しまくっている。龍華たち中堅層はまだだが、神農や混沌氏などの五仙はこれらを掌握しているとは言わないがかなり正確に把握している節もあるので、野放図に無限の可能性がぶちまけられている、という風でもない。
なんか、皆川ゆかの【運命のタロット】並に裏側ではややこしい事になってそうだな。

ぶっちゃけ、斬像矛のように過去に飛ぶ宝貝や、村長代理みたいな人間まで出ている以上、和穂が宝貝をぶちまけた時点で回収する意味は殆ど無くなっている。ここらへん、一巻で仙主が神濃様の愛した世界は死んだ、というセリフがまったく比喩でも何でも無かった事が実感できる。
鏡閃の目論みはまだ明らかにされていないが、あの影が和穂の失敗によって死んでしまった世界の残滓であることは想像に難くない。ならば、鏡閃の復讐とはその喪われた世界の復讐なのだろうが、その復讐のやり方がまったくわからない。何故、これまで和穂を守る事を必要とし、何故此処に至って殺すこととなったのか。

今回、いわゆる再現劇というのをやったわけだが(これはやられた。違和感はずっと感じていたものの、殷雷が気付くあの場面まで自分もまったく気がつかなかった。推理は苦手だが、察知は得意だっただけにしてやられた感じ)、果たしてあれは単に殷雷の記憶回復のためだけだったのだろうか。物語的には恐らくそれだけだろうが、作品的……つまり対読者向けにこの作品の仕組みを示唆したものではないか、というのは穿ちすぎか。ちょっとこれは自信ないけど。
でも、裏側で大きな仕組みが動いているのは間違いないでしょう。これが果たして鏡閃の目論見によるものだけか、というとそれすらも一部ではないかと疑ってしまう。

これは間違いないと思うのは最初の「破片に映るもの」の文章。
これ、一見殷雷刀に思えるんだが……多分、龍華だと思うんだが、どうだろう?

と、背景に蠢く影を追うのも楽しいが、表層的な物語の進行もえらい事になっている。
まったくまったくまったく。
なんて展開。なんて結末。
度肝を抜かれるとはこの事だ。感嘆を通り越して畏敬の念すら生じさせられる。
五年、待った甲斐はあり。
あと五年待てるだけのものは得た。