狼と香辛料〈3〉
【狼と香辛料 3】 支倉凍砂

 欲情した! 悪いかッ!!

 直截的な性的描写は一切ない。それどころか、ポロリもチラリといった微エロな描写も、セクシーシーンも第一巻のホロの登場シーンを除けばまったくの皆無である。
 にも関わらず、そこらのライトノベルよりよっぽどエロいと感じてしまうのは私だけだろうか。私の性癖なんだろうか。
 からかい混じりに耳元で囁かれるホロの誘惑。旅の相棒であるロレンス弄りの一環なのだが、これがやたらと興奮させられる。もしホロという狼少女が、単にロレンスを翻弄するだけのキャラなら、容姿だけが若いだけの妖艶なお姐キャラになるんだろうが、彼女ときたら海千山千の老獪な顔と、小娘そのままの無邪気であどけない顔がクルクルと入れ替わる二面性の持ち主ときた。いや、二面が入れ替わるというよりも、二つの側面がまったく同時に存在していると言った方が合っているか。
 そんな彼女が囁く言葉だ、本音とも冗談とも定かではない。からかっているようで、本心が混じっているような。試されているようで、本気が混じっているような。
 これほど男心を擽らせる絶妙な間合いが、他にあろうな。

 対するロレンスの反応もまたかわいいんだ。たとえ本音混じりだろうと、表向きにホロのそれはロレンスとの言葉遊びだ。ロレンスはホロの戯れ言を真っ向から受け入れるわけでも、反駁するわけでもない。実に真っ正直に、言葉遊びには言葉遊びで勝とうとする。
 まったく、善良を絵に描いたような男だ。もう少しずるがしこく相対しても許されるだろうに。商人らしく、頭が良くて賢い男である。にも関わらず、その明晰さが本当に健やかなのである。
 こりゃあ、ホロも惚れるわなあ。
 商人である以上、利を得るためにあこぎな方法も厭わない。にも関わらず、ロレンスという男が好漢なのは、やはりヒトに対して真摯で誠実だからなのだろう。謙虚に自分の言動を振り返り、他人の気持ちを慮り、誤ったことをしたと思えば、即座にそれを認められる。
 そりゃあ、ホロも惚れるわな。
 ホロからすれば、こうしたロレンスの性格はもどかしいぐらいなんだろうが、でもそこがまた好きなんだ、というのが行間から滲み出てる感じがする。
 今回、ホロに求婚した若者を、結局ホロが選ばなかったのは、付き合いの長さだけではなく、ロレンスと彼の微妙な性格の違いもあったのではないだろうか。若者は基本的にロレンスと同じくらい善良な人間だったはずである。むしろ、その思い込んだら一直線なところは、ロレンスよりも善良という意味では上ではないだろうか。
 でも、彼は良かれと思えば、強引なところのある人でした。自分の良いほうに、物事や他人の言葉をズルく解釈してしまえるヒトでもありました。
 確かに彼なら、優しくしてくれたでしょう。真摯に愛してくれたでしょう。でも、相手のことを曇りなく見てくれたでしょうか。
 結局のところ、ホロがロレンスからまるで離れるつもりがなかったのは、やはりロレンスがホロのことをホロそのままに見てくれる相手だったからではないでしょうか。孤独に飢えていたホロからすれば、若者よりもロレンスの方が遥かにパートナーに相応しい相手だったのでしょう。
 今回のホロの行動は、こっ恥ずかしいくらいに女の子のものだったわけで。ロレンスはそこんところ、イマイチ分かってないんですよね。だから、今回みたいなややこしいことになる。ロレンス当人はホロのことを完全に女の子として好いているくせに。ま、ホロも紛らわしい言動するから悪いんですが。
 いや、それにしても、ほんとにこの二人はかわいいわ。
 商人ものということで、巻を重ねてどうなるかと思ったけど、ますます面白くなってる。商売の駆け引きと、ロレンスとホロの気持ちの駆け引きを見事にセッションしてるんだもんな。そりゃ、面白いに決まってるわ。

 それにしても、ほんとにこの二人はかわいいなあ。
 それを当人に聞かれたら、おしまいですよロレンスくん(苦笑