銀盤カレイドスコープ〈vol.8〉
【銀盤カレイドスコープ Vol.8 コズミック・プログラム:Big time again!

銀盤カレイドスコープ〈vol.9〉シンデレラ・プログラム:Say it ain’t so
【銀盤カレイドスコープ Vol.9 シンデレラ・プログラム:Say it ain’t so

 高い高い塔がある。
 遥かな頂、神のおわす座を脅かさんと、天高く積み上げられた塔の名は『バベル』。
 そう、神の逆鱗に触れて崩れ去った塔の名だ。


 三年半前、鮮烈な衝撃と共に現れたフィギュアスケート小説【銀盤カレイドスコープ】が、ついに完結を迎えた。奇しくも、その出現時と同様に、二冊同時刊行という形で。
 断言しよう。断言しよう。いやもう、させてください。

 大傑作。

 ネットの場末で細々と書いているだけの身とはいえ、これでも一応は物語を書く身である。あるだけに、この最終巻の顛末には
 ――震え上がった。
 なんということをするのだろうか、この作者は。今まで自分が積み上げてきたものを、ここまで9巻もかけて積み上げてきたものを。こうも完膚なきまでに叩き潰せるものなのか? 
 自分じゃ、とてもじゃないが恐ろしくて出来たものじゃない。一度壊してしまったものを、もう一度立て直せるかなんてわかったもんじゃないじゃないか。確証なんてどこにもない。
 なのに、この作者は自分が築き上げてきたものを、創り上げ、育て上げてきたものを、叩き潰してしまったのだ。
 意味こそ違えど、7巻末における桜乃タズサの覚悟はそのまま作者の覚悟だったのかとすら思いたくなる。

 振り返れば、この銀盤カレイドスコープは桜乃タズサの栄光の歴史であり、そして同時にトリノ五輪に始まって、全てがバンクーバー五輪に集約するために築かれ続けた塔だった。
 タズサのライバルであるドミニク・ミラーと至藤響子を描いた6巻から、いやタズサがフィギュア界においてどのような位置にいるかを知らしめた5巻。1・2巻で壁を乗り越えたタズサのメンタル面での安定を、妹の目から描いた4巻のリトル・プログラム。おおよそ、ここからバンクーバー五輪を集大成とするべく、このフィギュアワールドが拡大と加速を始めたのは間違いない。
 物語は、終盤にはもう桜乃タズサだけではなく、リア・ガーネットを頂点として桜乃タズサ、ガブリエラ・パピィ・ポッゾ、ドミニク・ミラー、至藤響子、ステイシー・ラングローブといった面々が、一人一人得がたい個性を煌かせていた。
 読者は主人公・桜乃タズサを追いかけるだけではなく、本物のフィギュアファンよろしく、彼女ら至高のフィギュア・スケーターの誰かのファンになり、その演技を前にして歓声をあげていたのではなかろうか。
 私なんぞは、5巻ラストの演技に魅せられて以来至藤響子のファンですよ。この9巻、幾度ものチャンスを不幸や不運で逃し続けた五輪出場を、ついに果たしたバンクーバー五輪での、サウンド・オブ・ミュージックに乗せた至藤の演技には、思わず貰い泣きしたほどだ。
 まあ、その直後にあれが待っていたわけだが。

 なんにせよ、斯くのごとく、リアに勝つと宣言したタズサのみならず、この物語に登場したフィギュア・スケーターたち全員の集大成の舞台として、用意された、いや築き上げられたのがバンクーバー五輪であったわけだ。 
 9巻冒頭の章タイトル【ロイヤル・ヘキサゴン】――上記した6人のフィギュア・スケーターを意味するそのタイトルは、今までこの銀盤カレイドスコープを読み続けてきた人にとっては、見ただけで興奮の坩堝に飲み込まれ、感極まるものだっただろう。

 この九巻までの道のりすべては、このバンクーバー五輪のために築き上げられた塔だった。

 そうして、タズサはバンクーバーという塔の頂上に昇りきり、この銀盤カレイドスコープという稀代の名作は、物語に幕を下ろす。
 そう信じて疑わなかったのに。

 生涯忘れられない衝撃というのは、ああいうのをいうんでしょうね。
 もし、早い段階からこの展開を考えて、このカレイドスコープが書き紡がれてきたのだとしたら、戦慄を禁じえない。
 これがために、この塔を築き上げてきたのだとしたら、もう腰を抜かしそうだ。

 あまりにも大胆で、それでいて緻密で、度肝を抜かれる大どんでん返し。


 『バベル』の崩壊。
 すべてを壊され、すべてを失い、のた打ち回る見るに耐えない無惨で無様で哀れな果て。
 そして、堕ちた大地の底から見る風景。

 一つだけ、考えることがある。
 彼女はそこで、もう一度彼と向き合い、別れを告げたのだろうか、と。

 シンデレラ・プログラム。原点回帰の演技の中で、王子さまはやはり彼だった。それがとてつもなく嬉しくて、少し哀しい。
 
 すべてを読み終え、改めて思う。
 本作【銀盤カレイドスコープ】は、まがうことなき桜乃タズサの物語だった。
 彼女のすべてを、弱さも強さも何もかもを、本当にすべてを余す所無く書き切った、稀代のシンデレラストーリーだった。
 もう一度だけ、声を高くして断言しよう。

 大傑作。

 この本に出逢えたことに、感謝します。