神様のおきにいり 4 ねこまたの巻 (4)
【神様のおきにいり 4.ねこまたの巻】 内山靖二郎/真田茸人 MF文庫J
Amazon bk1

驚いた。と、同時に嬉しくて。
人間、こう、予想していた位置よりポンと上を行かれると無性に悔しいか嬉しいかのどっちかだわね。
どうやら、この作品は自分が考えていたよりももっと真摯にテーマに取り組んでいるらしい。人間と妖怪の関わり方。ヒトとは異なるものとの接し方。冒頭、主人公の智宏はもっと妖怪たちのことを理解するために、民俗学的なアプローチで妖怪の事を記した書籍の類いを読み漁っている。
実際、この作品に登場する妖怪たちは和気藹々としてコメディ調にディフォルメされてはいるけれど、その基盤、根本的なところは非常に『妖怪』という存在の在り方に忠実である。
民俗学の見地から妖怪を知るという行為は、妖怪との付き合い方を探るにはとても有用な知識となるはずだ。
実は、私はこの作品も結局はその民俗学の方向から前人のやり方をなぞる形で妖怪との付き合い方を確立していくものなのだと思っていた。実際、三巻まではわりとその流れで事件に対処していっていた感じだったから、なおさらだ。
ところが、作者はここでそれまでの流れを逆手に取り、引っくり返す挙に出てきたのだ。

ここからはネタバレありなので、ご注意を。




オオヒロという男装の麗人。コヒロ姉ちゃんなのだけれど、彼女は神代の時代から人間と付き合ってきた妖怪の末裔であり、何千年かけて両者が確立してきた付き合い方を熟知し体現している人物でもある。
その彼女が、智宏の家神である珠枝に今回、ちょっかいを掛けてくる。
私は、今回の彼女の提案は無理のない正答に思えたし、珠枝本人も熟考の末に彼女の提案に賛同する事になる。
ところが。
ここで、智宏が異を唱えるのだ。
思わず、ほう、と感嘆を漏らしてしまった。
彼はここで、理解の助けになると勉強してきた先人からの知識を放棄し、自分の気持ちや考えを以って、オオヒロの意見を退ける。
そこには、まだ確かな論理的帰結は存在しない。でも、私はそれをこそ喝采をあげたくなったのだ。
この展開。どうやらこの作者は、人間と、人間とは根本的な所で異なる存在との付き合い方の結論を、民俗学というマニュアルを丸写しするのではなく、自分なりに表現しようという見地に立ったように想像できるのだ。
智宏は、嬉々と読み漁った書籍類が、結局人と彼らは違うものだと確認するためのモノに過ぎないと思い至り、だが同時に自分達と彼ら妖怪たちはどうしようもなく違うものであることには変わりないという事実との狭間に、懊悩する。
その懊悩は、おそらくこの物語が続く限り終わらないのだろうけれど、彼のその恐れ悩み迷いながらも、考える事をやめようと思うことすらしないその姿勢は、まったく素敵極まる。
数いる物語の主人公の中でも、彼は特に好きな主人公ですね、うん。

しかし、いつの間にか彼の最大の理解者は、コヒロになってるなあ(笑
コヒロ、この娘は本当にいいです。クールなのに間が抜けてたり、すべてを見透かしているようで何にもわかってなさそうだったり、何考えてるかさっぱりわからない態度のくせに、妙に何考えてるか分かりやすかったり(ここ、矛盾してるが、ほんとにこんな感じなのである)。
あと、今回の好香はイメチェンしすぎ(笑
カラー口絵のイラスト、誰だかわからなかったよ。本文でも、ポニテにノースリーブ姿の彼女は何歳か若く見えるって表記があったけど、どこのはっちゃけ姉ちゃんかと(笑
いや、でもポニテ、タンクトップでニヤリ笑いしてる好香は、まじよござんしたw