“文学少女”と穢名の天使
【“文学少女”と穢名の天使(アンジュ)】
 野村美月/竹岡美穂 ファミ通文庫


薄氷の上を歩くかのように。もしくは針金のように細い尾根を歩くかのように。
この作品を読んでいると、いつの間にかそんな気分になってくる。
思わず先端恐怖症(?)になってしまいそうなほど、この物語の少年少女たちの心は繊細で脆く儚げだ。
触れるだけで壊れそうな傷ついた心。息を吹きかけただけで砂と化して消えてしまいそうな怯えた心。
このあまりに繊細な心の移ろいを前にして、読むというささやかな触れ合いですらこんなに怖ろしいというのに。
よくも、こんなものを書く。よくも、こんなものを創り上げる。
絶妙の匙加減。自分なら、と考えてしまう。自分なら、この砂糖菓子の塔のように脆い登場人物たちに、壊れないようにと強さを与えてしまうだろう。それとも、いっそ壊してしまうか。
とにかく、このキャラ造成は、ある種想像を絶している。剥き出しの純粋さ。純粋であるからこそ、深く深く沈みこんでいく泉の底のような世界観。
参ったなあ、こりゃあ。
過程も方向も到達位置すらも違うかもしれないけれど、確かにこれは“文学”の境地に迷い込んでるよ。
前作の主題となった夏目漱石の『こころ』。あれが、一番ここに出てくる人々の純粋さ、潔癖さに通じているように思える。
これを読んで畏れを感じるということは、それだけ自分が適当に生きてる、って事なのかなあ、なんてことを思ったり。

まさかここでななせが心葉の世界に重きを成してくるとは思わなかったので、意外の念にうたれている。いや、考えてみれば前作で既に兆候はあったわけだし、キャラの配置から見るに『彼女』と対決するに遠子先輩という人はあまりに心葉に依存されていると同時に立場が不鮮明に過ぎるのを考えれば、ななせの重要性は無視できないどころか必要不可欠と見てもいいのかもしれない。
なんにせよ、ここまで悲惨で可哀相な、でも自業自得で自爆型なツンの人も珍しいので、ついつい応援してしまうのでした。