オイレンシュピーゲル 2 (2)

【オイレンシュピーゲル 2.FRAGILE!!/壊れ物注意!!】 冲方丁/白亜右月 角川スニーカー文庫
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冲方丁の描き出す物語に現れる男たちは、どうしてこんなにも哀切に打ちひしがれているのだろう。苦悩と哀しみを胸に秘め、だがそれらを鋼鉄で鎧うように表には出さずに、前進を続ける。
そして、彼ら男たちの殺しきれなかった哀切の果てを受け止め、見届けるのはいつだって少女たちなのだ。
マルドゥック・スクランブル然り。カオスレギオン然り。微笑みのセフィロト然り。そして、このオイレンシュピーゲルでも、ある男たちが一人の少女に哀しいまでの生き様と、その果て、生き切った果ての死に様を見せつけ、散っていく。
彼らが少女に見出したものはなんだったのか。託したものはなんだったのか。少女に残したものはなんだったのか。
希望だと、信じたい。この腐りきった現実に、自分達を裏切り、傷つけ、ゴミのように踏み躙ったこの現実に、それでも残る未来への希望だと。

この物語の世界の置かれた現実は、凄惨で、救いの無い、むごたらしいばかりの胸糞悪くなるような薄汚さで溺れそうな代物だ。
あまりにもくそったれな世界。
それでも、男たちの見出したものが確かなら。
これは、希望へと続く物語なのだと、哀切を受け止め、涙を拭って死者たちの残した生者の道を止まらず進む少女の姿に、確信を覚える。

これは、地獄の底から希望へと世界を導く犬と天使の物語。


とかく、今回は現在の冲方丁という作家の粋を集めたような出来栄え。ある意味、マルドゥックシリーズより薄汚い悪徳の底のような救いの無い世界観に、哀愁と爆炎をブレンドしたような燃える展開。これが今の冲方である、とばかりに結実したエンターテインメント作品。
なかでも、涼月が目の当たりにしたロシア人たちの最後の戦いは、凄まじい、凄まじいの一言。なにかもう、目の前を抵抗できない嵐が通り過ぎていくのを呆然と立ち尽くして見ているしかないような、圧倒的なまでの迫力と、無力感。
嵐が通り過ぎた後の、悪夢と虚無が静かに枕を並べて横たわっているような死の静寂。少女の慟哭。
震えた。何に対して震えているのか分からなかったけど、とにかく心の底から震えた。なんて熱く、寒く、虚しく、満ちたりた戦いの絵。
泣きそうだ、本当に。

痛みに、泣きそうになる。世情は乱れ、人の心は荒み、世はまさにソドムとゴモラだ。ここに登場するテロリストも、やめてくれと言いたくなるほど現実的な存在である。チェチェン人グループやキプロスなど。現実の世界の紛争や惨劇をそのまま引き継いだこの世の矛盾を、この物語はそのまま、たたきつけてくる。ノンフィクションの延長線上を容赦なく、だから、痛い。重たい。でも、目を伏せられない剥き出しの痛みだ。
前半は、上記した重たさ痛みが形を変えて幾重にも幾重にも、何度も重ねて読み手へと押し寄せてくる。加えて、ケルベロス小隊の三人が別々に配置されることも相まって、鬱屈した展開が続く。押し潰されそうな圧迫感。切迫感。不具合感。無力感。迷走。心細さ。

だからこそ、最後の爆発がくる。
地獄の番犬ケルベロスは、三匹揃ってこそ一頭の獣と成り得るのだから。
加えて、直接の接触こそ最後までなく、そして最後も会話すらなく交錯するのみで遠ざかっているのだけれど、彼ら三匹の番犬が一匹の心細さに押し潰されそうになりながら戦う戦場の空には、紫と青と黄の三つの輝きが。
番犬たちとは違う、もう一つの治安組織の特甲児童。スプライト・シュピーゲル。三人の天使たち。

犬たちと天使たちの邂逅のさせ方は、もう素晴らしいの一言。最初は見上げるしかない空を駆け抜けていく光。会話もなく、姿もはっきりとは伺えない。だけど、同じ目的のために同じ戦場で戦い、最後のあの、初めて間近から顔を逢わせ、手を取り合った瞬間に確かに一緒に戦う自分達と同じ存在、仲間と同じだと感じる瞬間の高揚感、感動は凄かった。
すべてが終わった後のあの無言のやり取りから見るに、落ち着いてしまうとかーなり相性悪そうでしたけど(笑
というか、あれは一方的にアゲハが涼月に目くじらを立てそうなw
アゲハ、生真面目だもんなあ。

来月には、この事件を天使たちの側から描く作品【スプライト・シュピーゲル供曚出版されるはずなので、今から死ぬほど楽しみ。
というか、なぜ今月じゃないのか激しく詰問したい気分なのですけど!