虎は躍り、龍は微笑む落日の賦、暁星の詩 (ファミ通文庫 う 1-5-3)

【虎は躍り、龍は微笑む落日の賦、暁星の詩】 嬉野秋彦/オカアサハ ファミ通文庫


まさに、コハクとリュードの友情に尽きる物語でした。そりゃ、カーシャもツイフォンも妬くよ。前回のコハクの素性の判明に続き、リュートも不明だった父親の正体が判明する。
やっぱり、あの人だったのか。
これまで常にクールで冷静で思慮深く、短気で喧嘩早いコハクを諭し手綱を握る役回りだったリュードが見せた、年相応の感情の爆発。
だが、それが理不尽な方向に歪もうとしたとき、本気で怒り狂い拳を叩きつけたのがコハクでした。
なんかもう、友情に鉄拳といえば定番なんだけど、泣きそうになった。嬉野先生は、書いて書いて書きまくってた多産型作家さんだけど、書いて書いて書きまくって経験値増やした人なのかなあ。近年の情感たっぷりの物語を読んでると、ほんとにいい作品書くようになったと実感する。昔から好きな作家さんでしたけど、歯ごたえのある話、書くようになったと思う。
リュードの母ルージュとその父親との悲恋が、思いのほか両人の想いが深くて、胸にキました。リュードの父親との邂逅と別れ。それが無為なものにならなかったのは、やはりコハクのさまざまな思いがこもった一発があったからなんでしょうね。
そして、互いに互いの危機に躊躇いもせず死地に飛び込んでいくコハクとリュードの友情。いや、友情なんて言葉では表しきれない絆。お互い、気持ちを通じ合わせた女に引き留められながら、それを振り切って、だもんなあ。
あの氷と謳われたツイフォン先輩の、縋るようなしがみつくような告白と訴えを振り切って行くリュード。
こういっちゃなんですけど、もともと気障でしたけど、このときのリュードの気障っぷりは尋常ではなく、ああもう、認めよう。めちゃくちゃカッコイイ。私も男です。泣いてすがって好きだ、行くなという女を振り切って行く男は、とてつもなく憎たらしく、それでいて憧れるものなのです。
んでもって、コハクもおんなじことやらかしてんだよなあ。自分の生き方を曲げてしまったら、その瞬間自分は自分でなくなってしまう。みなに認めてもらっていた自分でなくなってしまう。カーシャが好きになってくれたのもそんな自分。なら、どんなに引き留められようと、自分の生き方を貫く。信念とはまた少し違う、生き様のようなもので。不器用だな、ほんとに。でも、そこが魅力的なんだから仕方ない。

これは一つの国の滅びの物語で、同時に二人の男の子が少年の時代を終えて大人になる物語。

いや、それにしても、嬉野先生は昔は全くと言っていいほど恋愛話は書かなかったのに、チキチキの最終幕で鳳月と麗芳の見事な活劇恋愛譚を完成させて以降、ほんとにイイ恋愛話書くようになったなあ。
今回もまた、堪能させてもらいました。