とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫 い) (ガガガ文庫 い 2-4)

【とある飛空士への追憶 】 犬村小六/森沢晴行 ガガガ文庫


これ本編ストーリーとは直接関係ないんだろうけど、この作品世界で兵器群の発動機として使われてる水素電池って、もしかして常温核融合炉のことなのかしら?? とどうでもいいところに引っ張られる私。
もしそうなら、単発レシプロ航空機のエンジンに使用されるほどの小型化に成功してるというのは特筆すべき点にも思えるけど。

さて、肝心の本編でありますが……なるほど、ローマの休日かぁ。言いえて妙だけど、いやそれよりも切ないなあ。
皇太子の妃となる少女を、武装もろくにない水上偵察機で敵中突破して送り届けるために命を懸ける若き飛行士。
大空にただ二人だけ、次々と襲いかかる敵を振り払いしのぎ切りながら、生と死の狭間を飛び越えて、合間合間の穏やかな時間に思いを交わしていく若き男女。
でも、身分の差はいかんともしがたく、この任務を成功させ彼女を送り届けるということは、すなわち別れを意味している。身分制度が厳格な国で敵国との混血として生まれ社会の最下層を歩んできた飛行士にとって、この任務は何一つ報われることのない戦いだ。だが、彼はひたすら彼女の未来のために飛び続ける。幼い日、一瞬の邂逅で交わした約束。その後、泥を啜るような幼いころの日々に生き抜く力をくれた約束をくれた少女ために。
その彼の戦いに、優しさに、ただ高貴な存在への贈り物にすぎない自分の未来に絶望し心を凍らせていた少女は、温かい思いを思い出し、自らの未来を戦い抜くための勇気を芽生えさせていく。

見どころはなんといっても、質実剛健な空戦描写の数々。飛行機ものはいろいろ読んできましたけど、ここまで気合いの入った空戦描写はなかなか見たことはありません。むやみに派手さや華々しさに傾倒せず、耐え忍び我慢に我慢を重ねるという空戦の真髄を見るような空の戦い。

そして、旅の果ての別れ。引き裂かれる二人。
結ばれぬ想いの相克。
だけど、お互い忘れられない大切な思いを胸に、別れを告げる。

さよなら、さよなら。と

この作品の終章のまとめ方は、まさしく傑作。この締めがなければ、この作品の印象はもっと悲しく無常観に握りしめられたものだったでしょう。
だけど、この終わり方で、切なさのなかに柔らかな優しさに包まれたような思いを抱けて、この目尻に浮かぶものはただ悲しい涙ではなくなりました。
現実だけを見つめるならば、きっと記録に残ることのなかったあの飛行士の行末は、文字通り抹消されたものだったのかもしれません。
でも、想像の翼はいくらでも羽ばたける。夢はいくらだって見られます。
今はただ、幸せな夢をまぶたの裏に浮かべて、この胸を締め付ける切なさを散らすとします。

傑作でした。