Under the Rose (3) 春の賛歌    バースコミックスデラックス

【Under the Rose (3) 春の賛歌】 船戸明里 バースコミックスデラックス


なんなんだろう、この齟齬は。微妙に合わない歯車の歯のような、感情、想いの齟齬。それでも、ロウランド伯爵家という歯車はその齟齬を噛みつぶしながらも、回り続けていた。そこに、新たに現れた家庭教師レイチェルという新たな歯車。
時に歯車のズレがピタリと嵌まり上手く回り出す部分もあれば、逆にズレが破砕へと繋がり破綻が広がっていく。その繰り返し。
悲鳴をあげながらも、歯車は回り続けている。
キングの死、ライナスたちの家族への参入という大きな変化を迎えながらも、なおもいびつで破滅的で、それでも安定していたロウランド伯爵家の歯車は、レイチェルの出現で大きく揺れ動きだしたように思える。
レイチェルという歯車は決して大きくないはずなのに。
レイチェルという女性もまた、齟齬ばかりだ。表面的な情景から、自身の理想をロウランド家に透かし見て心躍らせ、またその真実の姿を見るや失望に埋没する。
牧師の娘という出自の彼女の倫理観は潔癖に近く、ロウランド家の人々との感覚のズレは大きい。これは、レイチェルがまだ登場しない時からロウランド家の物語を読んできた読者も同じで、レイチェルが抱くロウランド家への嫌悪や忌避感は、違和感として伝わってくるんですよね。
彼等家族がこれまで積み重ねてきた懊悩と、現在進行形で鬱積していく闇と光を見続けてきた身としては、彼女の背徳の家という表現は不快ですらある。よそ者が何を勝手で独善的なものの見方をして、と。
ただ、彼女の齟齬は非常にシンプルで分かりやすいんですよね。ロウランド家の人々が抱える闇は、さらに複雑でややこしく迷宮のように入り組んでその真の姿を見せることがない。おそらく、本人たちですらそれはわかっていないのだろうけど。もしかしたら、その複雑な暗部は表層に表そうとしたら泡のように溶けてしまうものなのかもしれない。それを見ようとしても、眼を眇めて闇の揺らめきを垣間見ることでしかその在り様を認識できない代物なのかもしれない。
なんにせよ、レイチェルがやがて正面から立ち向かわなければならないのは、真っ向から当たることのできないその闇の揺らめきなわけだ。
まだ、彼女はこのロウランド伯爵家の本当の病巣に気づきもしていないわけだ。でも、ミス・ピックとの対立や幼いロウランド家の子供たちと絆を深めていくことで、この家の光がどういったものかは徐々に分かり始めている。
彼女が、単なる家庭教師という役割から逸脱して、このロウランド家に何かをもたらす存在になるのか。そうした役割を担う認識と意志を宿そうとしていたその矢先に彼女がぶつかってしまうのは、この家のもっとも深く暗い負の意志。
想像を絶する展開に、ただ絶句するほかない。
闇に呑まれ、堕ちた彼女を待ち受けているものは……。
恐ろしいものほどその正体をはっきりと確かめたいという欲求に脅かされる。これは、きっとそういった類の傑作だ。