“文学少女”と神に臨む作家 上 (ファミ通文庫 の 2-6-7)

【“文学少女”と神に臨む作家 (上)】 野村美月/竹岡葉月 ファミ通文庫


ついに“文学少女”のラストエピソード。なんだけど……これは心葉が幾らなんでも可哀想すぎる。
というか、もう読んでて腹立って腹立って仕方なかったですよ、今回は。なんで心葉がそこまでされなきゃならないんですか。どいつもこいつも勝手なことばかり言い腐って(激怒
遠子先輩も、そりゃないよ。心葉傷つくよ。心葉が利用されたと思うのも仕方ない、というか客観的にはそうとしか見えないじゃないか、これは。むしろ、もっと心葉は遠子先輩に怒りや失望を感じてもいいと思うくらいに。
だいたい、小説を書いてほしいなら自分で直接そう言いなさいよ。言った? あんなの誤魔化しじゃないか。自分の想いも何一つぶつけず、佐々木さんに手をまわして、書かせようとするなんて。
それで、断られたらあんな詰め寄り方して……。
もし、彼女に直接語れない何かがあったとしても、頼めない事情があったのだとしても、心葉の立場からすればそんなのは勝手でしかないじゃないですか。もしそれが心葉のことを慮ってのことだったとしても、それは遠子先輩の独善でしかないのじゃないだろうか。このあんまりな状況を見れば、そう思わざるを得ない。
まあ、今回それ以上に外道なのが、流人の野郎なのですが……思い出したらまた腹立ってきた。今回、本気で頭来てますよ、私。
ハッキリ言って、心葉には小説を書くべき理由が一切見当たらないんですよね。書かずにはいられないという欲求も理由も本能も業も、何も見当たらない。もし、何か一つでも心葉の中に、書きたい、書かなくちゃならない、という想いが、敵意や憎しみ、書くという行為への強い強い感情のかけらでもあったなら、まだわかるんですけど。
彼の中には、それらしきものは見当たらない。少なくとも私の読解力では、見当たらなかった。
だったら、彼が小説を書く必要がどこにあるのか。書かなくていいじゃないか。書かなくていいよ。
美羽も、ななせも正しい。
とにもかくにも、流人のやり方はあまりにも酷過ぎる。そんなやり方の果てにもし小説が書かれたとしても、それはどんな味のする小説になるのだろう。ヘドロのような、重油混じりの海水のような、吐しゃ物を煮詰めたような、グロテスク極まりないものになるのではないだろうか。
そんなものを遠子先輩に食べさせようというのだろうか。

……なんかもう、今回はえらい感情的になってしまった。ものすごい嫌な気分です、はい。