ムシウタbug    7th.夢高まる鳴動 (角川スニーカー文庫 163-57)

【ムシウタbug 7th.夢高まる鳴動】 岩井恭平/るろお スニーカー文庫


一号指定にも関わらず、本編ではついぞ口端にのぼることもない【槍使い】。
虫憑きでないにも関わらず、病死した親友の遺した虫に取りつかれ、【かっこう】薬屋大助をはじめとする幾多の虫憑きと出逢うことになった少女一之黒亜梨子。
彼女の、親友花城摩理が残した想いを探し、虫憑きとは何かを求める旅路は、もうすぐ終わりを迎えようとしている。
この物語の数年後にはじまる本編に彼女の姿はない。ただ、彼女は失敗したとだけ、語られている。それ以上、誰も彼女のことを口にしない。
だが、彼女に関わった虫憑きの全員が、おそらく彼女の影響を色濃く残しているのだろう。彼女を失ったことへの傷が、深く刻まれているのだろう。
今、亜梨子の元に集まりつつある虫憑きたちの姿と、その数年後の彼らの在り様を見比べて、ついそう考えてしまう。
数年後の、彼らのあまりにもバラバラで、殺伐として相容れず、拒絶し合うような、でもどこかお互いに未練を残しているような迷いを秘めているような、それぞれに思い詰めたような隙間のない決意や捨て鉢のような虚無の姿勢を覚えていれば、
この亜梨子が必死に、まっすぐ、自分の信じたものに向って突き進み、その眩しい光に吸い寄せられていくように集まってくる虫憑きたちの姿に、心震わされないはずがない。
【霞王】や【C】だけではない。やがて、各々が虫憑きたちを束ねて、特環との戦いに導いていくことになるあの【ハルキヨ】や【リナ】までが、亜梨子の声に耳を傾け、その魂に惹かれ、差し出された手を取るその姿に、確かに希望があったのだ。
本当に眩しいばかりの、お互い戦い傷つけ合うことしか考えられなかった力ある虫憑きたちが、手を取り合い、同じ方向に顔を向け、足を向け、夢を同じくする可能性の光が……。

思えば、<むしばね>のリーダーとして神がかりなまでのカリスマを発することとなる利菜をして、亜梨子と出会いその魂に触れなければあれほどの人物となることができただろうか。
まるで亜梨子との出会いなどなかったように、以前と変わらぬ孤高の戦いを続けることになる大助も、以前はどこか諦観のようなものを抱いて銃を握っていた。果たして彼女との出会いがなければ、あれほどの不屈の決意をもって独り戦い続けることができただろうか。独りで戦うその道は、亜梨子が大助に望んだ道ではなかったとしても、孤高の中で彼の心が折れなかったのは、亜梨子の願いに何かを見出したからではなかったのだろうか。
ハルキヨですらそうだ。本編では何を考えているか目的の判然としない彼。だが、その彼ですら亜梨子と出逢う以前とは明確に目的に向かっての意思の総量がまるで違う。
亜梨子と出逢うことで、どこか諦めのようなものを抱いていた虫憑きたちは、やがて各々に決意を宿し、それぞれが抱いた願いに向かってひた走ることとなる。なにか、血の止まらない傷口を抱え込むようにして。

亜梨子は、本当に失敗したのだろうか。彼女の願いは、虚しく潰え、虫憑きたちが傷つけ合う世界は何も変わらなかったのだろうか。
その答えが、もうすぐ導き出されようとしている。
一之黒亜梨子という自らの存在そのものをすり減らし、消滅の危機を迎えながら、なおも親友を信じ、その想いの真実に至り、自らの願いを見出し、虫憑きが好きだと叫んだ少女。
その物語も、終わろうとしている。希望の仮面を被った破局は近い……。

ただ、彼女が本当に失われてしまったのか、それは疑問である。
彼女は、偶然邂逅した<先生>に、どこか数年後のかっこうたちを暗示するようなことを口にしている。心を一つにして手を繋ぐ希望と同時に、どこか確信的に、それぞれの道を行く別れを。
いつしか、本編である【ムシウタ】の新刊発行が停止し、この【ムシウタbug】だけが進む期間が続いて久しい。
亜梨子の物語がもうすでに終わってしまったものではなく、一時期の眠りを必要とする形のものだったとしたら?
彼女の物語は終わりを迎えようとしている。だが、それは同時に彼女の復活をも暗示している、本編は彼女を忘れてなどおらず、彼女の物語の区切りを待っているのだと期待するのは、これも淡くも儚い夢の欠片でしかないのだろうか。
フユホタルは蘇り、鮎川千晴は記憶を取り戻し、アリア・ヴァレイは復活した。ならば、
すべての虫憑きの導き手。希望の光。夢を求めた人々の手と手を繋ぐ真ヒロインの再臨を期待してはいけないだろうか。
<先生>は去っていく彼女に、忘れなければ思いもよらぬ再会もあるのだと告げる。それは彼と摩理が遺したモルフォチョウとの再会を意味しながら、それはどこか将来を暗示するような言葉なのではなかったか。
そんな淡い夢を転がしつつ、この【ムシウタbug】の最終巻を待ちたいと思う。