シフト 2―世界はクリアを待っている (2) (電撃文庫 う 1-21)

【シフト II ―世界はクリアを待っている―】 うえお久光/STS 電撃文庫


たとえ、別人になっているとしてもシフト世界での体験は、そのままその人個人の体験となる。ネットゲームなどと違い、五感を有し、暑さ寒さ、痛みや空腹も現実世界と同じように感じる世界。たとえ身体が違っても、世界を跨いでも、それはその人の経験であり記憶であり、生きた感覚そのもの。
だとすれば、シフト世界での殺人、人を殺したという経験は、人を騙し、犯し、傷つけた、傷つけられたという経験は、現実世界では夢の話と割り切れるはずがない。
やがて世界の境界は曖昧になっていく。
祐樹がセラを守るために現実世界でやろうとした行為は、現実世界では犯罪として社会的に許されない行為であったが、シフト世界においては誰かを守るために違う誰かを殺そう、という発想は決して珍しいものではないはずである。
いやそれ以前に現実世界でのセラに迫っていた危機は、現実とシフト世界を別の世界と区切っていては起こりえない出来事であったはずだ。現実に、過去に恋人を助けるためにシフト世界ではレベルが違い過ぎて太刀打ちできなかった相手を、現実世界で殺害するという事件が起こっているのだという。
二つの世界は繋がってる。別人になれるわけでも、なんでもないのだ。
主人公の祐樹は、それを嫌と言うほど、おそらくほかの多くのシフト世界移動者よりもはるかに身にしみて、それを理解している人物である。故に、彼は慎重で、臆病すぎるくらいに身を屈めて生きている。シフト世界でも、現実世界でも。
……でも、そんな風に隠者のように過ごし続けることのできる男なら、基よりかつて【魔王】と呼ばれるほどの存在になれるはずがない。魔王とは何と言っても【王】なのだ。異形としてシフト世界に顕現した怪物系たちに慕われ、人間型を含めて多くの人々を魅了し、惹きつけたモノを持った男が、無気力に周りの声に耳を閉ざし、周りの訴えから目を逸らしながら生きていけるはずがない。
現実世界で、彼が今の学校に編入してきた目的を目の当たりにした時、自分は愕然とした。
この男には、シフト世界が偽りの世界、所詮は夢の世界という観念はないのだろうか。多分、明確に自覚してそんなことは考えてないだろう。でも、この男の行動ロジックは、どう考えてもシフト世界でのそれだ。普通、そんな夢の世界のことでここまでしない。ただ、ただあれだけのことで、夢の世界でのあんな出来事だけで、現実世界であれだけの覚悟を決められるだろうか。
あの場面、日野の『悪に甘えるな』という叫びに、彼の漢を感じいって痺れまくっていたが、同じくして祐樹の生きざまに震え上がった。
この男は弱く、迷い、道化のようにうろたえている。でも、根底のところで何かが尋常でない存在なのではないだろうか。