薔薇のマリア  X.黒と白の果て (角川スニーカー文庫 182-14)

【薔薇のマリア .黒と白の果て】 十文字青/BUNBUN スニーカー文庫


あ、中てられた。なんかもうね、マリアの性別がどうだこうだなんて、この<愛>の前にはどうでもいいことのように思えてきた。本当は男だろうが、女だろうが、両性具有者だろうが無性者だろうが。
アジアンはあんな変態だし(この変態性は、マリアの前だけで、単にマリアの前に出るとテンパってしまってこんなキャラクターになってしまってたという事が、ここ数巻のアジアンのクラン<ランチタイム>編で明らかになっているのだが)、マリアはマリアで自分の性別を秘密にしていてなんかコンプレックスもあるみたいな上に、アジアンに対しては好悪が入り混じってグチャグチャになった感情を抱いていて、二人の関係ってのは一見複雑怪奇に絡まり合って、いったいどうなってるのかよくわからない混迷カオスな様相を呈していたものだけれど、アジアンがクラニィの事や今回の一件で追い詰められ、酷くその内面をシンプルにそぎ落とさなければならなくなったのと、マリアが事件を多く乗り越えることで精神的な成長と安定性を得だしたことで、霞がかってよく見えづらかったお互いの想いが、ここ数巻でよく見えるようになってきたんですよね。
その結晶がこの巻というべきか。
そうして、現れた想いは、たがえようのない強い<愛>。
赦しと優しさ。痛みと罪の共有であり、これまでよりもお互いをよく理解し合った上での、支え合い、背中合わせのぬくもり。
これじゃあ、文句のつけようがないですよ。こんなの見せつけられたら……ベディ、可哀想だなあ、んん(貰い泣
まあ、ベティは憐れまれるようなそんな女じゃないですけど。
いや、個人的にはベティよりもベアトリーチェの方が、なんとかしてほしいよ。あの娘だって、マリアのこと大好きなのになあ。言わないけど。マリアって、ベアトリーチェの前だと案外男の子っぽくて、この野郎とか思うんだけど、でもいかに男の子っぽかろうとその関係性ってのは特別仲の良い女の子同士にしか見えないのも確かで。
……実際の性別はともかくとして、マリアの精神的な性別ってのはどっちなんだろう。正直、ここまで男の子らしさと女の子らしさを等分に兼ね備えたキャラクターってのは、他に思い出せないんだよなあ。まあ、性別が不明でなおかつ精神的性別も曖昧というキャラクター自体、めったいないわけですけど。

まあでも、今回はアジアンとマリア以上にラブラブでお似合いのカップルが、これ薔薇マリ? かと思うほどにイチャイチャしやがってて、この野郎、もうニヤニヤしっぱなしだったんですけどね(笑
ユリカと飛燕。
マリアとカタリは大変お怒りのご様子でしたけど、これほどお似合いのカップルはそうそういないと思うのですよ。なにより、ユリカの照れっぷりと幸せそうなそぶりが、もう微笑ましくて。
彼女もね、そろそろ幸せになってもいい頃だと思うんですよ。小猿は、いい奴だと思うぞ、絶対。
いや、ここまでお似合いだと、もしユリカか飛燕のどっちかが死んだりだとかいう絶望展開なんかきたら、私発狂しますよ、しますよ?

戦闘シーンでは、やはりユリカ・飛燕組の戦いが一番面白かったかな。二人の息のあったコンビネーションも去ることながら(ちゅーしやがった!)、ユリカの中にしっかりとマリアの戦術が息づいているのが、妙にうれしかったんですよね。もうすっかり、仲間としてのマリアの存在感がユリカの中に根付いてて。サフィニアもそうだけど、一緒に戦ってる感がズワンズワンと伝わってきて。
このシリーズ、世界観は救いようのない残酷で悪逆ばかりが罷り通る地獄のような世界なんだけど、だからこそというべきか、人間関係の尊さが、絆の強さが、信頼が繋がっていく様が、ほんとに眩しい作品なんですよね。
絶望にまみれながら、なおも希望に支えられる物語。

ダリエロなんか、ある意味この作品を象徴してるキャラかもしれない。どう言い繕っても極悪人で最悪な人物にも関わらず、クラニィ亡きあとでの<ランチタイム>でのあの存在感。
この十巻、ちょっと泣けてしまったシーンがあって、それがこのダリエロのシーンなんですよね。その人の望む夢を見せる魔獣に囚われていた時に彼が見ていた夢と、エピローグでダリエロに訪れた現実が、重なったシーン。ベティのセリフとか、酒場の盛り上がりとカ。
ダリエロ、こんなろくでなしなのに……こいつが望んだ夢ってのが、本当に普通の風景で。この男の飢餓感の正体と、求めていた場所の姿が見えた気がして、なんか泣けたんですよね。
何気にランチタイムで一番好きなのが、彼だったりします、うん。