さよならピアノソナタ 3 (3) (電撃文庫 す 9-9)

【さよならピアノソナタ 3】 杉井光/植田亮 電撃文庫


うあああああ、うあああああああっあああっ。
すごい、すごいすごいすごいすごいすごい。とんでもない、とんでもない、これなに? いったいなんなの? なんなんだよ、これは!
そう、そうか、そうだ。これもきっと<クロイツェル>なんだよ。<クロウツェル>、クロイツェルだ。そうに違いない。
だとしたら? うんそうだ、この作品もまた、音楽そのものと言ってもいいんじゃないだろうか。音を奏で、旋律を誘い、魂を音符に変えて創り出し、大気を揮わせ心臓を高鳴らせて、メッセージを、想いを伝える、あの音楽というものと、この言葉を紡ぎ世界を作り出し、文字列の中に感情を生み出し、心の重なりを風景として描き、想いを導きだす文芸と言うものと、その根源において何ほどの違いがあるというのだろう。
これは、この作品は限りなくあの<音楽>というものに近しい創造物だ。ここには音もない、聴覚になんの作用も及ぼさない、だがこれはまぎれもない音楽だ。この引き込まれていく感覚。刹那の間、世界を飛び越えていく感覚。パッションと静けさが同居して、魂を奪われ衝動に突き動かされ、ただ茫然とさせられるこの感覚は、とてつもない名曲を、名演奏を聞かされ自我を吹き飛ばされている時の感覚に、恐ろしいほど似ている。
そう、今私は茫然となりながら物凄い勢いで自分の内側に生じた衝動を外に吐き出す行為に没頭している。
そうしないと、弾けてしまいそうだ。
頭の中が? 違う、胸だ。胸が、胸の奥が爆発しそうだ。
冗談じゃない、なんだこれは。信じられない。すごい、すごい、すごすぎる。
魂まで吸い込まれそうだ。その上で、壁に叩きつけられて身じろぎできないくらいの暴風に押し潰されそうだ。そんな圧迫感が快感でしかなく、逆に全部がくたくたに溶けてしまいそうな脱力感と、バラバラに吹き飛んでしまいそうな爽快感が同居していて、ぶっちゃけわけがわからない。
すなわち、これは興奮しているんだろう。これはロックか? クラシックなのか?
どちらでもあり、どちらでもないのかもしれない。わかんない。
なら、これは小説という名の音楽なのか? そうだな、それが一番しっくりくる。
信じられるか? 今日、俺は、<音楽>を本として、眼で、読んで、聴いたんだぞ?

じゃあもう、叫ぶしかないじゃないか。歓喜の、雄叫びを。
ああ、もう、泣きそうだ。泣きそうだ。