戦闘城塞マスラヲ  Vol.4 戦場にかかる橋 (角川スニーカー文庫 150-14)

【戦闘城塞マスラヲ Vol.4 戦場にかかる橋】 林トモアキ/上田 夢人 スニーカー文庫


ヒデオは明らかに自分を過小評価してると思うんですよね。連戦連勝で聖魔杯を勝ち上り、今や優勝候補の筆頭格として名を馳せる存在になったとはいえ、決して調子に乗ってるとか、自惚れているという事はなかったはず。
ただ、彼は単純に、純粋に、勝とうと思っただけなのだ。真剣に、優勝することを考えただけなのだ。
この聖魔杯に参加するまで、世の不幸を一身に背負い、うつろな日々を送り、部屋に引きこもるだけだった男が、ただ真剣に勝利を願っただけなのだ。
そして、その熱意は、真摯な想いは、多くの人々を動かし、他者の思惑を飲み込み押し流して、聖魔杯の参加者の殆どを巻き込む熱狂を呼び起こすこととなる。
口も上手くなく、引っ込み思案でテンションも低気圧なこの男が、確かにその熱意で、人々を動かしたのだ。
そんなことができる男が、ただの弱者であるはずがない、負け犬でもひきこもりでもない。
彼を知らぬ無責任な有象無象と同じくらいに、ヒデオは自身を知らなさすぎる。その自己に対する低評価こそが、自身の増長を戒め、前に進もうとする原動力となっていたとはいえ、もう少しヒデオは自分を客観的に見てもいいんじゃないかと、挫折に苛まれるヒデオを見ると重たい溜息とともにそう思うわけだ。
むしろ、彼の価値を、彼の強さを知るのは、彼と戦い破れた者たちだったのかもしれない。読者の目には、それが単なる運や誤解、過剰反応の末の敗退だったとしても、その感違いは回りまわって実際的には本質を突いていたのではないだろうかと、これまでのヒデオの戦いの軌跡をみると思わずにはいられない。
そして、敗れてなお、かつて敵だったものたちはヒデオたちに対する評価を損なうことなく、彼の強さを信じている。
ならば、その信頼に応えようとするのが今のヒデオなのだろう。実際の力など、彼には問題ではない。ようは、戦う意思そのものこそが重要なわけなのだから。
その意味では、最後の大どんでん返しは…燃えたと同時に、一度折れたヒデオの心に支えを得るための、最大の燃料投下だったのではないだろうか。
あれは、卑怯だ(w