狼と香辛料 9 (9) (電撃文庫 は 8-9)

【狼と香辛料 宗‖侘の町(下)】 支倉凍砂/文倉十 電撃文庫


いやあ、ブルった。怖い怖い、この人たち怖い。商人、怖い。
この狼と香辛料における<商人>という人種の化け物たちについては、そのしたたかさ、凄味、恐ろしさは散々味わったつもりだったけど、クライマックスでロレンスが逆転の種をもって駆け込んだあとの、エーブとルド・キーマンのあの直前までの出来事がなかったかのような振る舞いを見たときには、本気で怖気がはしりました。
そこまで切り替えられるモノなのかと。
ここまでくると、金への執着とか強欲という次元の話じゃないんですよね。この二人の商人の在り様は、そういう低俗な欲望によってもたらされるものとはとてもとても思えない。
もはやこれは<商人>という生き物の本能に近いものなんじゃないだろうか。それも、<人間>という生き物としてのナニカを削り落していった末に<商人>としてより純化していったような、そんな生き物――化け物。
だけど、そのあり様は決して<人間>としては幸福とは言い難いようにも思う。いや、もちろん純化した<商人>としての自分に満足し満喫している人もいるのだろうし、内面の明かされなかったルド・キーマンもまたそんな人種なのかもしれない。
ただ、エーブは苦しそうだったな。もともと商人ではなく、必要にかられて商売の道に入った孤高の狼。孤高であることでしか、自分の身と心を守れなかった狼。
そんな彼女だからこそ、同じ商人の道を歩みながら、人という生き物の枠を逸脱せず、人としての良心を多分に残したままでいるロレンスに、歩み寄ったのだろうけど。もちろん、ロレンスが商人としての能力が取るに足らないものならば、歯牙にもかけなかったんだろうけど。両立させているからこそ、だよなあ。だからこそ、敬意を抱く。狼ではなく女としての彼女なら、それを好意と呼んだのかもしれないけど。

ただ、ホロも述べているように、エーブやキーマンのような商人としての在り様は、ロレンスが進むべき道とはやはり違うんですよね。どれほどロレンスが成功しようとも、とてもこの二人のような商人になるとは思えない。目指す道が違うということか。
ただ、だったらどんな商人に、ロレンスはなろうとしているのか。
今回の激烈な、凄惨で容赦仮借のない商戦の凄まじさを目の当たりにすると、こんな息を吸うだけで火傷を負いそうな世界でまともに生き残れる、どころか勝利し、利益を上げ、生き残ることができるのは、エーブたちのような化け物だけのようにすら思える。
ロレンスが、今回の商戦で果たした役割は大きいとはいえ、それは急所を一刺しした針のような存在という意味でしかなく、商戦のグランドデザインを描き、実際に流れを動かすような存在ではなかったわけなのだから。
読んだ人は、ロレンスがエーブとキーマンの間に挟まれ、窮地に立たされながら、実際にやった行為は両者の間を行き来する伝言役に過ぎなかったことに、拍子ぬけしたのではないだろうか。
たとえ、それがどれほど重要な役割とは言え、細部の意味を見ない俯瞰的な構図から見たらそれはその他大勢の役名も与えられない端役的にすぎないのだから。第一、キーマンが彼を起用した理由に、ロレンスの商人としての能力は殆ど考慮に入っていなかったはず。
もちろん、そんな端役的立場から、一切合財をひっくり返す大どんでん返しの一手を繰り出したロレンスの活躍は、大したものなのだけれど。

高所に立ち、多くの部下を手足のように使うキーマン、策略を巡らし手練手管を駆使して相手を出し抜くエーブ。ロレンスが進む道は、そのどちらのモデルともそぐわない。なら、彼が大成したときどんな商人になっているのか。
ホロとの行く末とともに、これは興味が湧いてきたなあ。

さて、肝心のホロですけど。今回はもう、賢狼とかそんなんじゃなくて、完璧な良妻に徹してましたね(笑
賢狼としての経験や知恵から助言を与える、というんじゃなくて、ロレンスの心を支え、精神的なコンディションを整えてやり、常に最高速で頭が回るように励まし、叱咤し、能力を十全に発揮できるように勇気とやる気、モチベーションを与えてくれる。
もう、完璧に内助の功。それも、神業レベル。
古いけど<あげまん>ってこういう女を言うんじゃないでしょうか。
そんでもって、そんな彼女の意が、わっちの旦那のカッコイイところが見たいから、ときたもんだ。
こりゃあ、頑張るほかない。舞い上がる。男からしたら、限界まで力が振り絞れてしまう。
まあ、逆に言うなら、それは嫁さんに頭があがらないってことですけどね(笑
その辺を、ロレンスは実によくわきまえてる。男として尊敬に値するね。だから、最後のアレも、彼なら上手いこといい方にひっくり返してくれるんではないかと。粋じゃないですか、あの準備と言うか対策なんか(笑
ホロはあれで、感情が高ぶると理性を抑えきれなくなる瞬間がありますから、そこを突けば逆に、今まで必死に彼女が取ろうとしている距離を叩き潰せるかもw 逆手に取ってやっちゃえやっちゃえ(笑

コルが加わってどうなるかと思ってた三人旅だけど、思ってた以上にバランスが取れてるんですよね。夫婦とその子供みたいだ、なんて話もありますけどw
ただ、ロレンスの独白じゃないですけど、なにかあってロレンスが単独行動を取らなければならなくなったとき、コルがいることでホロが一人きりにならずに済む、というのは今まで全然考えていなかったですけど、読んでるこっちまで凄く安心させられたのが、ちょと意外というか驚きでした。
それだけでも、コルの存在価値は絶大だわ。

なんにせよ、面白かった。ま〜べらすまーべらす♪