カッティング~Case of Mio Reincarnation~ (HJ文庫 は 1-1-4)

【カッティング 〜Case of Mio Reincarnation〜】 翅田大介/も HJ文庫


結局、最後までこの【カッティング】という作品への、<真摯さ><誠実さ>という印象はブレることがなかった。
その作品に課せられた命題に対する作者の誠実かつ真剣な取り組む姿勢は、いっそ求道的とすら映る。
かといってそれは渇望に引きずられた激情とは裏腹の、冷静な熟考の末に導かれる答えであり、苦悩する若者たちへの愛情が込められていた。
甘やかすことのない、突き放した、だが穏やかで見守るような距離感。
だからだろうか、激しくもせつない登場人物たちの痛みや苦しみに引きずられることなく、かといって他人事のように無関係の事項を眺めるようでもなく、彼らの揺れ動く感情、思い悩む思考のあがき、心の衝突を遠すぎず、近すぎない距離で読み綴ることができたように思う。
作者の姿勢を投影するように、自らが置かれた境遇とそれに伴う最も愛する人との関係に、真摯に、真剣に、そして誠実に向き合う登場人物たち。もっと、曖昧なまま濁してしまう事も簡単だろう。自分の心の在り様など、そっぽを向いてただダラダラと時間を過ごすこともできただろう。だが、彼らはあまりにも誠実すぎたのかもしれない。それがゆえに、彼らはきっと必要以上に苦しみ、ズタズタに心と体を傷つけることになったのだから。
だが、生きることに、自分の在り様を考えることに、人を想うことに真剣であることが、批難されるべきことなのだろうか。
それは、とても尊い行為だと、彼らのあまりに真摯な在り様に思い知らされた。それはとても美しく、眩く、敬虔な気持ちにさせられた。

彼らの選んだ未来と、彼らが見出した愛の形に、祝福を捧げたい。

傑作である。


余談。一つ、物凄く心に残ったエピソードが、カズヤが旅先で行きあった大学生のグループ。ほんの一晩、夜行バスで交錯しただけの関係なのに、彼らがカズヤに残したささやかだけどとても涼やかな善意は、心を凍らせかけていたカズヤに、確かなナニかを残したんじゃないだろうか。
もし、彼らのあの好意がなければ、カズヤはあの夢を見ることがなかったかもしれないし、場面でああいう行動に出なかったんじゃないだろうか、とふと思った。
ほんの一瞬の出会い。一期一会の関係。だからこそ、あのエピソードにはあふれんばかりの人間賛歌が詰まっていたように感じたのである。