ダブルブリッドDrop Blood (電撃文庫 な 7-12)

【ダブルブリッド Drop Blood】 中村恵里加/たけひと 電撃文庫

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本編は前の10巻で完膚なきまでに完結しきっているので、これは短編集。
なんだけど。うーん。これはこれは。
確かに、片倉優樹というダブルブリッドの女性の人生は、10巻で余談を挟む余地がないほど完結しきっていたわけですけど、よく考えたら残された山崎太一郎の結末が残っていたわけだ。
この本、出すに至ったのはやはりそこを書き切らないとこの【ダブルブリッド】という作品が終らないと思ったからなのかなあ。
その太一郎の物語。「続いた世界のある顛末」は、太一郎が自分に後始末をつける話、としか言いようがなく。
優樹の去った後の世界で、自分がしでかしたことの大きさ、残酷さ、罪深さを、未知をはじめとした同じく残されたものたちの悲嘆、憎悪、感慨を目の当たりにしながら噛み締める太一郎。
彼は太田の言うように変わったんだろう。実際、あの他人の物言いに耳を貸さない傲然とした態度は鳴りをひそめ、自らを振り返る思慮を、耐えきれない痛みと人と言う在り様を失うことで身に着けざるを得なかったんだろうけど。でも、優樹の残した言葉に従い、自分の残った生に対するスタンスを決意し揺らがないその揺るぎなさ、自己の在り様の不動さ、というのは兇人と化す前の彼と遜色ないわけで、その辺はやはり太一郎は太一郎なんだな、と感慨深く。いや、その揺るぎなさとなる根拠となる部分が、以前とは比べ物にならないくらいに深く、広いものになっているという意味では、やはり別物なのか。
ただ、底が浅く、視野の狭いあの揺るぎなさは、他人に甘えるための、他人と繋がるための部分でもあったわけで、その意味では今の彼はやはりとてつもなく孤独で寂しく、哀しく強い。
優樹さんは、優しいけどやっぱり太一郎くんには厳しかったということだね。
彼女が人としてではなく、先達としてではなく、一人の女性として太一郎に対していたらどうなっていたんだろうとふと思う。
結局、太一郎が兇人と化していた頃、彼女もまた様々な要因から片倉優樹という自己を半ば喪失していたから、太一郎と自分との関係性に対して深く思慮をめぐらす機会はとうとう訪れることなく、物語は決定的な場面まで進行してしまったわけだけど。
答えの見えないIFに対して、ややも想いを巡らす。



「Dead or Alive」
「Momentary Happiness」
「汝の隣人は燃えているか」


太田、安藤さんと虎司、夏樹のお話。
これ単体でも面白いけど、上の本編後の話を読み終えた後此方の短編を思い返すと、色々違う感想も出てくるわけで。
安藤は幸せだろうし、虎司も今は今でいいんだろうけど。いつか安藤が死んだあと、虎司はどうなるんだろうね。
虎司は、色々と二人の関係について考え始めてる。今まで考えることなんてしない生物だったのに。その思慮は、やがてくる別離に対して彼に気構えを得ることを許すかもしれないけど、それ以前に安藤に対する食欲と愛情がイコールとなる現状に対して、ただ我慢していればよかった今と違う、深い苦悩を抱くことを招く結果を引き寄せてしまうかもしれない。
虎司はただの獣から、人に近いものになろうとしているのかもしれないけど、それは彼をきっと苦しめるんだろうなあ。
ただ、その苦しみは彼が今まで知らなかった幸せというものを伴うのだろうけど。

その虎司より、生まれた年月からするとさらに子供な夏樹さん。彼女が、お隣さんの名前、覚えようという意思があったことに、なんか妙な感動があった。あれは、お隣さんからの一方的な好意の素通りじゃなく、ちゃんと夏樹もあの二人に対して良い感情を抱いていたんだなあ、と。
もっと、人間と言う存在に対して無関心だと思っていたので。
この娘は生まれたてだけど、ある意味虎司や太田よりもよほど人間と上手く付き合えているように見える。それとも、生まれたてだからだろうか。

よく考えると不思議なもので、みんなの中でもっとも人間らしく、また人間とアヤカシの混血で、半分人間であるところの片倉優樹こそ、上の三人よりも人間と上手く付きあえてなかったのかなあ、と。子供だったころの片倉優樹の短編「こどもらしくないこどものはなし」「こどもらしくないこどもにすくわれたはなし」「こどもらしくないこどもとぶこつなおにのはなし」を読むと感じるわけだ。
お礼を言われた時の彼女の反応を見るとね、きっとやり様ってのはいくらでもあったんだろう。けど、この人は子供のころからだったんだね、ある種の達観に身を委ねてしまって、積極的に自分を取り巻いているものを打破しようという想いを抱かない人だったようで。
過去を気にせず、未来を期待せず、ただ現状をあるがままに受け入れる。
夏樹たちも今しか見ていないようだけど、それは未来を気にしていないからで、優樹は横目にじっと見続けていた気がするんですよね。人間と同じような価値観、感情がある癖に、人間という存在との違いに足を取られていた。たぶん、周り以上にそうした違いに拘ってたのは彼女本人なんでしょう。
彼女は死ぬまで生き抜いたかもしれないけど、全力で走り抜けたのかな。それがちょっと疑問で、哀しいような気に囚われています。
いや、これも確固とした一つの生きざまか。彼女はそれを選び、もう迷わなかったのだから、他人がどうこう言えるものではないのだろう。