翼の帰る処 下 (3) (幻狼FANTASIA NOVELS S 1-2)

【翼の帰る処(下)】 妹尾ゆふ子/ことき 幻狼ファンタジアノベルス

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これまで結構な数の本を読んできたと思うんですけど、この作品のヤエトほど、虚弱体質極まってる主人公はちょっとお目にかかった記憶がございませんヨ!
前篇もまあ、かなりの割合で熱出してぶっ倒れてましたけど、今回もまあ登場シーン中の八割くらいは、ぶっ倒れてたんじゃないかと。というか、動きまわってる時でも発熱してたり、フラフラで意識朦朧だったりと健康な状態のときってなかったんじゃないのかな。
いきなり冒頭、皇女からおまえちょっとその状態危なすぎるからあったかいところ行って療養してこい、と南方の王都の皇女とは同腹の兄貴である第三皇子のところに送り出されるのですが、極寒の北嶺から灼熱の熱地に移動したせいか、バテて余計に体調悪化させるヤエト殿。
皇女、こいつダメです。どこに行ってもなんだかんだ理由つけて身体壊しやがります(笑
とはいえ、皇女も本気で心配して信頼している第三皇子のところに送り出したんだろうけど、あんな蒸し暑そうな所じゃ療養にならんですよ。その上、皇子側からは何か探りにきた密偵じゃないのかと疑われて、半ば軟禁状態に置かれるヤエト殿。
まるで隠居だ、と喜んでるこの人の神経もいまいちわかりづらいのだけれど。
いやまあ、閉じ込められるわ疑われるわ、実際なんだか陰謀が張り巡らされてる気配はあるわ、彼に備わった恩寵の力が勝手に発動しだすわ、と隠居だと喜んでいる場合でもなくなってしまうわけですけど。

それにしても、このヤエトの皇女への態度は何なんでしょうね。親愛、というには少し違和感があるし。
元々病弱で長く生きられないといわれてきたせいか、立身出世どころか自分の生き死ににも執着が薄く、俗世に煩わされることを厭いながら食べるために役人の仕事をやってると嘯くヤエト(餓死は苦しいから嫌なんだそうな)。出来れば隠居して余生を穏やかに暮らしたいと公言してはばからない36歳。
そんな彼が面倒くさい、とっとと引退したい、厄介事はごめんだとぶつくさ言いながら、皇女のために病身を押して本当に身を削るように、時に決死の旅に身をゆだね、奔走するわけです。
いつ死んでもまあ仕方ないなあ程度にしか考えていなかった彼が、皇女を助けるために、死ねないとまで思い定める。
そんな決意の発露は、どこから来ているのか。
皇族同士の身内同士で血で血を洗う権力闘争の泥沼の渦中にある皇女の立場を、王都で目の当たりにし。そんな境遇に絶望しながらも、皇族として奇跡のような心根の優しさ、只人であるかのような在り様、それでいて皇族に相応しい誇りと気構え、意欲を兼ね備えた彼女の人品を知り、ただの幼い少女である彼女を感じたことで、ヤエトが彼女に何を見出したのか。
入れ込む、にしては淡々としているんですよね。特別な感情を抱いている風もない。忠誠心、というには熱情が足りてない。
皇女からしたら、ほんとにわけわからん臣下なんだろうな、こいつ。
ただ、自分を帝国の皇女という地位ではなく、彼女個人として見てくれていることを分かっている。絶対裏切らず、自分を正しく、彼女が望む方へと導き誘ってくれる人だと感じている。だから、真名を教えたんだろうし、誰よりも信頼している。もしかしたら、淡い恋情すら抱いているのかもしれない。
でも、手応えはなかなかないんだろうなあ。ヤエトがあんなだから。

今まで何にも執着せず、何も得ようとせず、何も持たずに生きてきたヤエトにとって、皇女は初めて得た「守るべきもの」なのかもしれない。あの面倒そうな態度は、自分で気づいていないっぽいけど。
ただ、今のところは、今はあれは臣下のものだと思うんですよね。役職というんじゃなく、彼女個人とヤエト個人の公的なものではない私的な主従関係、という括りになるんだろうけど。ヤエトには帝国や皇族への忠誠心って、全然なさそうだし。
だから、皇女は彼個人の守る場所であり、皇女が言ってくれたように、皇女そのものがヤエトが帰る場所になったんだろう。
そうか、療養に送り出すときに皇女が言った言葉は、思いのほかヤエトには大きく響いてたのかもしれないなあ。

他の脇役衆も、なかなか味出てたなあ。
伝達官のおじさん、親戚のおじさん風味がよく出てて、ヤエトとの会話はオッサン同士の話なのに、これがなんか感じ良かったんですよね。
んで、さらにおっさん。ジェイサルド。上巻では、ヤエトと隠居談義していて、わりと温厚な人なのかと思ってたら、実はかなりの武闘派でえらいごっつい過去の持ち主だったことが発覚。砂漠の悪鬼て。
ただ、強面な言動とは裏腹にけっこうユーモアのある人で、この人との道中は頼もしいやらなんやらで、今後もレギュラーで登場してほしいなあ。
ルーギンとはまた別のタイプで、ヤエトと皇女の脇を固める臣になりそうだし。

うん、素晴らしいファンタジーでした。

あとがきを読んでたら、驚いたことに、というか嬉しいことに続編が決まっているみたい。これは実に楽しみです。良かったよかった。