断章のグリム〈9〉なでしこ〈下〉 (電撃文庫)

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<なでしこ>編、完結!
これは参った。この展開に真相は完璧に予想外、想定の枠内のさらに外側から来られた感じ。これまでの泡禍と同じパターンで、潜有者を特定していくものだとばかり思っていたから、それ以外の状況をまるで考えていなかったので、かなり愕然とさせられた。まさかそういう事になっていたとは。
確かに、上巻から妙な違和感ばっかりだったんですよね。どうにもこれまでと違って、起こる事件が<なでしこ>童話から想定される惨劇パターンにすっきり当てはまる感じでありながら、どこかそれが上滑りして身になっていないような、ちぐはぐで不気味な感覚が。
それが、下巻になってからさらに膨らんできて、いったい何がどうなってるのか訳がわからなくなってきて。
これまでの泡禍は、起こる惨劇が予想外でありながら、起こった後に吟味してみるとそれが常に明確な指向性を示していただけに、今回はその指向性が不鮮明で、混乱させられたんですよね。
なるほど。なでしこ、という童話の知名度の低さ、この童話の寓意などの研究度の乏しさを逆手にとった、これは見事な仕掛けでした。やられたわ。
下巻に入って、蒼衣といういつもの探偵役が現場を離れてしまったのも、事態の真相解明が混迷を深める結果を上手く導いていたように思える。

しかし、毎回言ってる気がするけど、蒼衣の異常性は今回際立ってませんでした? 普通の日常というものへの執着が、明らかに異常。明らかにこの子、普通というものを履き違えている気がする。普通なら、あのクライマックスで現場の方で異常事態が起こっている、しかも雪乃とも連絡がつかない、なんて一報を聞いて、現場に駆け付けようとせずいつも通り学校に通う方を優先しようとするかな? それも、一瞬も迷わずに。
わかってるのでしょうか、彼は? あの瞬間、自分が普通の生活のために、雪乃たちを見捨てた、ということを。全然、わかってないのか。それとも、わかった上で平然とそうしたのか。聡明な彼が、それを理解していなかったとは、とても思えないんだけど。その決断に、後悔や後ろめたさが一切感じられなかったのも……。
いつも、この子には違和感と居心地の悪さを感じていたけど、今回ばかりはかなりゾッとさせられましたわ。
本当に普通の人間が、目醒めのアリスのような強力で理不尽な断章を、断章保持者として維持できるわけがないのは確かなのですが、多かれ少なかれ他の断章保持者が異常性を有しているにしても、彼はどっか根本的におかしいんじゃないでしょうか。
雪乃さんなんか、今回さらっと明らかになってたけど、追いつけられて余裕がなくなるほど、普段の冷酷さや非情さが薄れて、情深い行動を咄嗟に取ってしまう人なんですよね。
過去編を読むと分かるように、彼女元々はとても優しく、親身になって他人を気遣える女性だったんですよね。そんな素の性格が、逆に余裕がなくなればなくなるほど、表に出てしまう。普段の【雪の女王】としての彼女の顔は、やっぱり造った仮面の顔だったってことなんでしょうけど。
まあ、自分の意志で外したりつけたりできるような類いの仮面ではないのでしょうけど。根深い憤怒や憎悪、絶望と自己嫌悪、そういった激情によって形作られ、貼り付けられた雪の仮面。
でも、それがやはり仮面に過ぎないというのは、何だかんだと言いながら、結果として彼女の行動が周りの人間を助け、心が傷つかないように気遣う形となっているものからも明らかなのでしょう。ただ、それに周りの人間も、本人も気づいていないようなのが不幸なのか、それともこの環境においては幸いなのか、複雑なところです。

そして、断章のグリム、としては今まででは珍しいパターンの結末。ただ、生き残った人間の心に刻まれた傷跡は、これまでのものと変わらないくらい酷いものだったんじゃないかな。いや、これまでが有無を言わさぬ悪夢の惨劇に、問答無用に心砕かれたものだとすれば、今回は明確に自分の責任によるもの、という意識がある分、背負った重荷はより重たいものなのかもしれない。エンディングの彼の暗いまなざしからは、そんな傷跡が伺える。
まあ、死人が思いのほか少なく済んだ、という意味ではやはり画期的なんだろうけど。