さよならピアノソナタ〈4〉 (電撃文庫)

【さよならピアノソナタ 4】 杉井光/植田亮 電撃文庫

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冬のイメージってなんだろうと思索する。静けさ、冷たさ。騒がしさから一歩引いた、粛々とした終わりの空気。終わりへと至る、眠りへの時期。
その冷たさは、体に刻まれた傷を疼かせ、その寒気は心の熱を奪い去る。
理性を吹き飛ばすほどの熱量もまた、冬は拭い去っていく。興奮は冷め、それでも消えない炎は、種火となって灯り続けるとしても、そこに出力するほどの熱量は残されていない。自然、人は温もりを求めて、内側を見つめる事となる。
自分を見つめなおすこと。相手との関係を見つめなおすこと。見て見ぬふりを許される時期は、もう通り過ぎてしまったということだ。
冬は、必然的に結論を要求される。

この四巻に流れる音は、ずっと静かだった。弾む事も弾けることもなく、同じところをグルグルと廻り続けるナオミの想いと、それを包み込む冬の空気が、静粛と言葉を綴り続ける。
秋に、進むべき道筋が示されてしまった以上、ナオミが突き進むべき道は本人を含めて皆が理解してしまっている。だから、きっとナオミが素直にその道を突き進むのなら、この第四巻からは賑やかなパレードを思わせる音が聞こえたのだろう。けど、この野郎はすでに出てしまっている結論を躊躇い、恐れ、逃げ惑い、後ずさりして、前に進もうとしない。ゆえに、真冬もまた同じところに足をとどめ、先輩はナオミの手を引き寄せようと抗い、千晶は忸怩と唇を噛み続ける。
誰もが傷つき、冬の冷気に傷口をさらわれ、のたうちまわる。

その先に、爽快などはどこにもない。ただ、動けず傷つけ合った先に待っていたどうしようもない現実に、見っとも無く叩き伏せられたナオミが、でも這い蹲ったまま、立ち上がれずにでも前に進もうと這いずって這いずって、這いずった先に、真冬が待っていてくれた。
そういうこと、なんだろうね。

もし、彼らに音楽と言う言語がなかったら、彼らはたとえ出会ったとしても何一つ心通じることなく、そのまますれ違っていたのだろうか。
じゃなくて。ナオミにしても、真冬にしても、その在り様はあまりに音楽に特化していて、二人とも、音楽を解さない相手とどれほど繋がる事が出来るんだろう。二人とも、あまりに不器用で人の心を理解するに疎くて、鈍くて、意地っ張りで。言葉でも態度でも、上手くコミュニケーションが取れなくて。
それでも、あの二人があれほど深く繋がれたのは、お互いの奏でる音が何もかもをすっとばして、心の一番深い所に叩きつけられていたからなんだろう。でも、二人はそれでも言葉によってコミュニケーションを取らざるをえない人間でしかなく、この上なくお互いに気持を繋げていたとしても、それが本当の気持ちなのか、自分の感じているこの感覚が本物なのか、確信し続けることはやはり不可能なことで、最終的にはやはり言葉と態度で示さなければならないところを、音に縋ってしまったのが、この二人の長い長い回り道の原因だったのかもしれない。
きっと、これから先も、ずっとずっと、この二人は繋がったまま何度もすれ違い、重なり続けるんだろうなあ。


この作品は、杉井光の作品の中でも、地の文がとびっきり素敵で、叙情的で、見ることで音が流れだす♪のようで、とても好きでした。
文章を文字列として捉えるだけでなく、どこか感覚的に入力されていくんですよね。【時載りリンネ】のそれが文章的な美しさの極致にあるのと、似て非なる、音楽的な美しさ。普段は家で本を読むときは、何かしらの音楽をかけてたりするものですが、このシリーズを読むときは意識して無音状態にしてから読んでましたね。
まあ、没頭してしまえば外界からの音など認識しなくなっていたでしょうけど。
うん、素晴らしかった。感動した。傑作だった。そういうこと。