もふもふっ 珠枝さま!〈2〉 (MF文庫J)

【もふもふっ 珠枝さま!2】 内山靖二郎/真田茸人 MF文庫J

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やっぱり、マヤちゃんが出てくると話がグッと引き締まる。彼女が、いわゆる妖怪の異質さの象徴とも言うべき役割を、この物語では負わされているからなんだろうけれど。
その異質さというのは、妖怪たちならば皆が持っているものなんですよね。珠枝だって、それはおんなじ。それでも、彼らの異質さは当面的には人間と対立したり、害するものではないから、うまくやっていけてるように見えるけれど、それはやっぱり共存ではあっても本当の意味で人と同じ位置には立っていないんだろうなあ。
マヤは、妖怪としての在り様がヤマイヌ。転んだ人間を食ってしまう、という弱者淘汰の自然界の鉄則を体現する存在だから、智宏に妖怪と人間との異なる存在としての境界を思い知らせるキャラになってるんですよね。普段のマヤが人懐っこく、可愛らしくて、それでいて理知的なキャラクターだけに、いざヤマイヌとしての在り様が発現した際の恐ろしさが際立ってくる。マヤにしても、他の妖怪にしても自分の在り様を発現させるのに一切、ためらいとか迷いというものがないんですよね。いっそ、自動的というくらいに。どれだけ仲良くなっても、心通わせても、それで迷うことがない。冷酷とか、そういう心や感情の領域の話ではなく、そういうモノ、としか言いようのないところに、隔たりがあるわけで。
智宏はずっとそうした人間と妖怪、神様との隔たりと付き合い方について考え続けているわけですけど、こればっかりはなかなか明快な答え、というのは出てこないんだよなあ。智宏の苦悩は、もしかしたら死ぬまで続くのかもしらん。でも、古来より人間たちが経験則的に編み出してきた異形との付き合い方や、民俗学の見地から導き出される妖怪たちとの接し方を一度は学ぼうとしながら、知識として取り入れた上で敢えてそれを捨て去り、自分なりの妖怪たちとの付き合い方を模索しようとしはじめている智宏の在り様は、やっぱり素晴らしいと思うんですよね。
そんな彼に何かを感じたからこそ、オオヒロは妹のスエヒロを彼に任せて、これまでの八咫烏としての在りようとは違う存在の仕方を、スエヒロに歩ませ、違う道を見つけさせようという、妖怪としては一大決心とも言うべき選択をしたんじゃないでしょうか。
スエヒロって、本当に他の妖怪とはちょっと違いますもんね。八咫烏という妖怪が特殊であるという点を踏まえても、転び掛けるという時点で妖怪としてはあからさまにおかしい。
オオヒロは、ほんとに何を狙ってるんだろう、と考え込んでしまいます。うーむ。

智宏の周りでは、人や妖怪入り混じって、女の子たちが賑やかになってきましたし、幼馴染のはじかれっぷりが涙を誘いながらも、スエヒロやコヒロ。真希もいい加減ありゃあ、段々自覚しはじめてるんじゃないか、というくらいに智宏のこと気にしてるし。修羅場空間が形成されはじめているわけですけど……智宏はそれどころじゃないんですよねえ(苦笑
彼としては、スエヒロのことをオオヒロに任され、今まで以上に妖怪との付き合い方について頭を悩ませているわけで、それで頭が一杯で自分が女の子から好意を寄せられているとか、恋愛ごとそのものに対して自分がその対象である、という考えが頭の中にない感じ。それは、鈍感とはまたちょっと違うすれ違いのようにも思えるんですけどね。ある意味、単に鈍感でスルーされてるより可哀想な状況かもしれないけど。コヒロなんか特に。真希はまだまだ積極的アプローチに欠けるから、自業自得ww
そんな私はやっぱり真希派です。

今週の珠枝さま〜〜(マテ
個人的には巫女服よりも私服姿の方がかわいいんですよねえ、神様、もふもふ。
ツインテールとかツインテールとか。冬服バージョンもなおよし!
今回は、神様としての怖さも垣間見せてくれて、改めて畏敬の念を抱かせていただきました。本来はけっこう怖い人なんですよね、この人。その意味では、智宏は上手くこの神様を鎮撫している、と言えるのかも。ぞんざいな扱いしてるように見えて。本心では、家族であるという感覚と並列して、ちゃんと神様として敬意を払ってるからなあ、智くん。その両者を両立させてるバランス感覚はやはりなかなかのものかと。
一方で珠枝さまは、今更のように彼がいなくなったあとの事に想いを馳せることたびたび。人と人外との間に流れる時間の差は、残酷なくらい異なっていて、結局それを理解しているのは別れを得続けていた妖怪や神様たちだけで、人間たちは本当の意味でそれを理解することはないんだろうなあ。珠枝さまと違って、智宏が色々と考えている割に、時間の流れの違いに関してはまったくと言っていいほど思う事がないあたりは、意図を感じるし、彼の若さみたいなものも感じるわけで。
うーん、珠枝さまって遊んでるようで、しっかりと守り神してるよなあ。