サーベイランスマニュアル 4 (GA文庫)

【サーベイランスマニュアル 4】 関涼子/真田茸人 GA文庫

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サーベイランスマニュアルも四巻にてすっきり完結。獣化ウイルスという題材から、当初は異能系特殊機関モノかと思っていたのですが、これがどうしてどうして。獣化というのはあくまで症状にすぎず、獣化してしまった罹患者をどうこうするという話ではなく、あくまで感染症に対する罹患者のその不治性に対する絶望や諦観、社会の偏見蔑視、排絶に対する苦悩や抵抗を描いた感染疾患モノとして、最後まで徹底して描いた感じ。
通常のバイオハザードものと違って、この病気は感染力は決して強いわけじゃないんですよね。空気感染は絶対起こらず、体液交換のような濃厚な接触がない限り感染しない。
ただし、このウイルスに感染したものは最終的に獣化が進行して理性を失い暴走し出すことから、危険度は非常に高くなってくる。
その悲劇性は、主人公の義姉である朝緋が、自分の両親を喰い殺してしまった件など、枚挙にいとまがない。
特に朝緋は、この物語におけるウイルスの悲劇の象徴ともいうべき存在として最期まで歩んでしまったなあ。彼女なりに、自分が犯してしまった罪に対して清算を果たしたんだろうけど、最後に愛する男にも弟にも逢えないまま逝ってしまったのは無性に悲しい。会わずに清算する方を選んだ彼女の生き様が哀しい。

朝緋が特にそうだったけど、この物語に登場する罹患者たちは多かれ少なかれ絶望に魂を引っ張られてるんですよね。どこか投げやりで、未来に対して色々と諦めてしまってる。結局、そんな彼らが歩みを止めず、絶望に打ちひしがれながらも足を引きずって前に進み続けたのは、それぞれに守りたい何かがあったから。自分ひとりのことだったら、きっとみんなすぐに投げ出してしまったに違いない、そんな弱さをもった人々の物語だったと思うんだけど、その中で独り異彩を放っていたのが橘さんだったように思うんですよね。
この人だけは、絶望や諦観とは縁がなく、最初から最後まで精力的に暴れ続けた。面白いことに、この人だけは他者のためという概念はなく、あくまで自分の望むとおりに世界を描くことに徹底していたという点。
過去回想から覗いて見える橘という人の本質は、あくまで自己本位。それもあれだけ俗っぽい人でありながら世俗的な欲求には興味がなく、あくまで自分の好奇心を刺激するものに邁進するタイプ。そこに善悪や倫理のくびきは存在せず、どちらかというとこの人、ものすごいラスボスタイプの人なんですよね。先代サーベイランスの都羽皓一が度々説いていた橘美貴という男の危険性は、完全に的を射ていたと言ってもいいと思います。もし一つ間違っていたら、獣化ウイルス「レックス」はこの男の好奇心のままに乱用され、惨劇はここで描かれたものとは段違いの人類社会に大ダメージを与えかねないものになっていたかも。
それがそうならなかったのは、面白いことに橘さんの過去における親友たちとの関わり合いにあるように見えるんですね。幸坂篤と早見大輔。大学の同窓にして、レックスに関わり志半ばで散っていった親友たち、そして彼らが遺した山咲亮輔と幸坂希という忘れ形見たち。彼らの存在のおかげで、橘という男の怪物的な自己本位性が、レックスを制し希たちを守るという方向に向いたように見えるんですよね。そりゃ頼もしいですよ、本来ならラスボスになりかねないような怪物が完全に味方として能力を発揮してくれたわけですから。国家から見放され、社会から弾かれ、レックス罹患者たちが狩られる存在にまで陥ってしまうという社会環境的には前回までよりもさらに絶望的な状況に追い込まれながら、雰囲気はむしろ前までよりも息の詰まるような先の見えないものではなくなっていたのは、もちろん亮輔の体内から生み出される治療薬の完成の可能性もあったのでしょうけど、橘という人の不気味な怪しさが今回彼の内面にぐいぐいと抉り込んで、彼が今何を考えて動いているのか、どれほど本気で状況を打開するつもりがあるのか、が明らかになったことが大きかったように思います。
たとえ国家を敵に回しても、橘さんが本気なら恐れることはない、ってところでしたか。
実際、彼が最後に打った大逆転の一手は、彼の政治力の怪物性を嫌というほど思い知らされるエグイ一手でしたし。国家や組織への帰属性など皆無。自分が生み出した組織に対する愛着や執着も一切なし。対レックス部隊の「エス」の幹部たちが、敵の手ごまに回りながらも自分たちを生みだし一線で戦える集団にひきたてた橘を敵にすることに躊躇や疑問を感じていたのに対して、何の躊躇いもなくエスを社会的に叩き潰したあたりとか、この人が自分のためには周りを切り捨てるのを一切躊躇しない人間というのが透けて見えて、怖い怖い。ほんと、彼のベクトルがほんの少しでも違う方向に向いていたら、この物語、とてもじゃないけどハッピーエンドとは程遠い結果になっていたに違いないでしょう。その意味では、幸坂博士も早見大輔も、守りたかったものを守ることに成功した、と言えるのかも。
希が、橘を好きになっちゃったのは驚いたけどね(笑
いや、案外と上手くいきそうではあるけど……さすがに今の年齢だと大犯罪だろうw
この二人だけでなく、宝と巴。寧と亮輔のカップルも随分と歳の差カップルになるんですよね、おいおいw

なんにせよ、最後まで歯ごたえのある内容で面白かったです。完結、お疲れ様でした。次回作も期待。